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ハミガキ嫌いの赤ちゃんが綺麗な歯並びのイケメン高校生になった話

▪️序章

今となっては思い出すのも少し難しい。
我が家の高校生の長男が赤ちゃんだった頃のことだ。当然だが彼にはもう、赤ちゃん時代の面影はない。

親バカ承知で世に言い放つが、息子はいわゆる『イケメン男子高校生』だ。
パーマをかけた髪にオーバーサイズの今風なTシャツ、首にはネックレス、部活でたくましく鍛え上げた筋肉に色黒の肌、整った目鼻立ちにシャープなラインのアゴ…そして綺麗に並ぶ白い歯。
(そうだよ、あたしゃ親バカではない、バカ親だよ!笑)

天から与えられたものと、彼自身の努力で勝ち得てきたものが彼を作る。
しかしひとつだけ例外がある。
…はにかんで笑う彼の口元からチラっと見える、整った歯並びだけは。。。

▪️マウスピース矯正というノーベル平和賞

息子は中学生になってから、マウスピースの歯列矯正を始めた。
柔らかく透明なマウスピースは、一昔前のワイヤーとは全然違い、親の私でさえ彼が矯正具を付けていることを忘れてしまう。
見た目が気になるお年頃だけに、こういった技術の進歩は大変にありがたい。医療の最前線にいる人全員にノーベル賞を勝手に授与したくなる。

矯正の進捗も順調で、始める前のガッタガタだった歯並びのことも忘れてしまうくらい自然に綺麗に変化していった。

いや〜しかし、お金はかかったなぁ。
ざっと、ひゃくまんイェンくらい。。
でも、徐々に矯正するためのマウスピースの数や通院のきめ細かさ、そして何より結果を考えると妥当だとも思う。
綺麗な歯並びは見た目だけでなく、噛み合わせの悪さや虫歯のなりやすさ、歯並びの悪さが原因の頭痛などから彼を未来永劫守ってくれる。
私がこの世から去っても残るものを、彼にはひとつでも多く与えたい。
彼の歯並びだけは、私の親心と、確かな技術の歯科医師が授けたものかもしれない。


▪️彼が大好きだったカーズ、そしてメーター

ところで、歯列矯正を始める前の彼の歯並びは、例えて言うならディズニー映画「カーズ」のメーター(古いアメ車で主人公マックイーンの親友)そっくりだった。
…カーズ、大好きで100回は観たよなぁ。。

実はアメ車の内部構造に精通してるキャラ

いや、画像に誇張ゼロだから。なんなら息子はもっと酷かった。

アメリカ社会では、上流社会に行くほど歯並びが良いと聞く。
生まれつき歯並びが良いわけではなく、皆、歯列矯正をしているのだ。
それが、親から手をかけられてきちんと育った証になるという。
逆に言うと、歯並びが悪いというのは、出身家庭に不安があるとか、お金がないとか、健康や美意識への関心が低い現れだと受け取られる。そんな話を何かで見る事がいっとき多くなった。

別にアメリカじゃなくここ日本でも、最近はこどもの歯列矯正は全く珍しくなくなった。
彼らの世代というのは、乳幼児対象の無料の歯科検診やフッ素散布、赤ちゃんを持つ親への歯磨き指導、啓蒙活動が官民問わずものすごくなされている。
行政の手厚いバックアップと歯科医師会の活動のおかげで、歯への意識は若くなればなるほど高くなっているのが分かる。
申し訳ないけど、歯のないおじいちゃんのポリデント世代から、医学も一般ピープルも色々学ばせてもらったのだ、多分。。
(おじいちゃんごめんね、disってないよ!愛してるよ!!)

だから、虫歯だらけで歯のない子なんてのは今時本当にいない。
私の住まいは比較的富裕なご家庭が多いのもあるのかもしれないが、歯並びの良くない子はほぼ皆歯列矯正しているらしい。だから本当に、歯並びの悪い子ですら滅多に見つけられない。

…が、しかし。
そんな環境の中、我が子はメーターだった。

メーター…
いや、メーター、君はすごくいい奴だよ。
でも歯並びだけは…アカン。

周囲との比較でそう思ったのもないわけではないが、もう単純に、本当に絶望的な歯並びだった。
中学生になったら歯列矯正をさせてあげたいと、当時まだ専業主婦だった私は必死で夫を説得した。
中学受験が終わり成長が緩やかになってコスパの良い時期になったら、という条件で、彼の歯列矯正の約束をなんとか取り付けた。

息子は綺麗な歯並びになり始めた頃から更にイケメン度が増した。やはり綺麗な歯は、カッコよさに貢献してるのだよ、きっと。
(息子よ、ママンの執念に、ちょっとだけ感謝してくれ)


▪️育児のキラメキ、最後の記憶

さて、少し話が変わる。
彼が小さかった頃の話をしたい。

今の時代なのか私の市区町村の文化なのか分からないが、少なくとも私の住まいでは、小学生までは親がこどもの歯を仕上げ磨きすることが推奨されている。
私はそういうとこだけは妙に律儀なので、息子の仕上げ磨きの儀式は中学入学までキッチリ行っていた。

小学校高学年になった頃、この儀式は私にとって、ただの歯磨きではなくなった。
息子は中学受験生だった。
バカ親だからまたしても告白するのだが、彼は学業成績が優秀で、受験界ではトップ集団の子だった。
そのせいもあったのか、彼に対しては親として、年相応の対応が出来なくなっていた様に思う。まだ小学生の少年だというのに。
年齢以上に大人びている彼に、年齢に見合わない多大なる要求をしてしまっていた。
親も子もストレスフルな時期が一時期あった。
今でも心から申し訳なく思っている。

そんな中、仕上げ磨きだけは唯一彼がこどもとして年齢以下の扱いを受ける時間だった。
赤ちゃんの頃から12年間やってる事が変わらないなぁ〜…と、ささくれだった心にふと面白おかしく、立ち止まるような瞬間を毎晩くれる仕上げ磨きの時間。
「ハイ、口開けて〜。」
自分と背丈の変わらなくなった息子の歯を、毎晩磨く。
夜の歯磨きの儀式は少し滑稽で、それでいて大きくなった我が子との唯一の触れ合いだった。

いつからだろう、寝る前の絵本も、お風呂のシャンプーも、その日着る服を用意してあげることも、時間割の確認も…とうの昔に卒業していた。
そんな中残っていた、幼少期の子育ての最後のキラメキ。
懐かしい、育児の記憶の一コマ。


▪️育児鬱と愛する息子と

時間を更に遡る。
彼がもっと小さい赤ちゃんの頃は、猛烈にハミガキを嫌がって逃げ回る彼をとっ捕まえるのが日課だった。
柔道の締め技よろしく息子を羽交締めにしながら、鬼の形相で必死に仕上げ磨きをしたことが何度もあった。
やけに骨太でずっしり重く、筋骨隆々とも言いたくなるような、身も心もパワフルな赤ちゃんだった。

(はぁ、毎日が戦争だ…私かなり疲れてる。
専業主婦、ワンオペ、無理解、孤独。
なにひとつ思い通りにならない生活、頑張り過ぎる育児、自分の時間はゼロ。そして社会に取り残されてる感覚。追い討ちをかける元気過ぎる息子。もう体も心も限界。
この子を産んでからの私はいつもイライラしている…)

ふと顔を上げると、カーテンも閉める余裕がなかったのか、真っ黒なガラス窓に鬼ババと暴れ泣き叫ぶ赤ちゃんがうつっていた。
育児疲れ全開だった私は己の姿に強烈にギョッとした。

あの赤ちゃんでさえ、10年経ったら静かに口を開けてただ歯を磨かれる少年になったのだから、赤ちゃん時代の母親の育児不安というものは、ほぼ取り越し苦労なのだろうと思う。
渦中にいる時は、手探りでもがいて、子と同じくらいの超スピードで人として成長していく、そんな時期だとも思う。
私が若い母親として乳幼児の育児に奮闘していた頃、街中で育児経験者のおばさま方から掛けられる言葉はいつだって優しかった。
本当に、涙が出るほど優しかった。
その理由が、今なら分かる。


▪️今を生きる君へ


今日もまた彼は、最近お気に入りのアーティストの最新曲をヘッドホンで聴きながら、ゆるっとしたシルエットのパンツに大きめなパーカーを合わせて街へ出て行った。

最近、将来への夢も固まりつつあるらしい。
日本の為に、海外と渡り合う仕事。
彼の希望の赴任先はアメリカだという。

彼は、心から大切な子だ。
でもそれは、イケメンだからじゃない。
ましてや、学業優秀だからでもない。

人を愛する事に自信がなかった私にも、それが出来ると教えてくれた存在。
生まれてから今まで、ただ彼の存在そのものを慈しんでいる。

彼の心身の健康を一番に願い続けてきた自分自身の親心を、彼の綺麗な歯並びの中に、改めて見た。

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