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ロック派 VS ポップ派 ロックはいつからエラソーになったのか




Googleさんは、いろいろおせっかいで、「あなたが今年、Youtubeでいちばん聴いた曲」とか「いちばん聴いたアーティスト」とかを、この時期になると知らせてきます(YouTubeMusicの機能の一つとして)。


私の音楽の趣味は高尚だから、バッハとか、ショパンとか、ワーグナーとかかな、と思ったが。

Googleさんによれば、私が今年いちばん聴いた曲も、アーティストも、ほとんど「K-Pop」ばかりでした。


それも、ちょっと前のK-Popですね。Mamamooとか、f(x)とか、RedVelvetとか、そのあたりが私の好みで。


このジジイは、韓国のきれいなネーチャンのビデオばかり見てたのか、「キモ」と、Googleさんに思われたかもしれない。

と思うと、ちょっと恥ずかしいけどね。


でも、K-Popが音楽として好きだ、ということがあるんですよ。

それは恥ずかしくない!


ポップ派とは何か


K-Popは、ただ受動的に聴いているだけで、とくに詳しくないから、ここでしたいのはK-Popの話ではありません。

「私はポップ派だ」という話をしたいんですね。


ロック派(rockist)とポップ派(poptimist)の対立、というのがアメリカにはあるらしい。

Rockism and poptimism(wikipedia)


ロッキスト Rockist は、「ロック主義者」と言ってもいいけど、それだと日本語では、「イギリスの政治哲学者ジョン・ロックの思想を支持する人」という意味になるらしいので、「ロック派」としておこう。


簡単にいえば、ビヨンセとブルース・スプリングスティーンとで、どっちがエラいか、といった議論です。


ロック派に言わせれば、スプリングスティーンのほうがエラい。なぜなら、彼には「ロックの魂」があり、「言いたいこと」を持っているから。それにくらべて、ビヨンセは、ただ商業主義で歌っているだけで、価値が低い、ということになる。

でも、ポップ派からは、それは不当な評価だ、ビヨンセを差別するな、ということになる。


こういう対立は、日本でもあるんでしょうかね。


今の若い人たちは、J-Popとかシティポップとかを評価するし、そんなにポップ音楽を差別していないように見える。

でも、我々の世代(いま60代)には、そういう差別が牢固としてありました。「ロック派」は「ポップ派」を差別していた。


たとえばーー私は福岡に住んでいたことがあるけど、同じ福岡出身のミュージシャンでも、鮎川誠のシーナ&ロケッツや、ルースターズとかの「ロック」のほうが、チューリップとか海援隊とかの「ポップ」よりエラい、みたいな差別があった。

まして、福岡出身の松田聖子のような「アイドル」ポップになると、ロック派から見れば、アイドルとして好きだとしても、「音楽としては評価の対象外」でした。


アイドルの曲は「ポップ」か?


この「アイドル音楽」をどう評価するか、というのは、ロック派VSポップ派とは、また別の問題の気がしますね。

ポップ派でも、いわゆる歌謡曲やアイドルポップについての態度はさまざまでしょう。


アメリカでは、いわゆるポップ派ですら、日本のアイドルポップは認めないように思われる。

アメリカ人は「口パク」を嫌うし、歌唱力にうるさい。坂本九や宇多田ヒカルは認められたけど、ピンクレディーは通用しなかった。


ジャニー喜多川の性加害問題のときも、日本の「識者」たちが、

「そもそもジャニーズのタレントなんか、海外では通用しない。あんなので商売できるのは日本だけだ!」

みたいにギャーギャー言っていた。


同じようなことは、トーンは違うけど、K-Popについても言われることがある。

K-Popなんて、欧米のヒット曲をいいとこ取りしただけで、オリジナリティがない、ニセモノ音楽だ、みたいに。


でも、私は、「ロック」より「ポップ」が好きなだけでなく、アイドル音楽までふくめて「ポップ」として認める、まあ「超ポップ派」なんですね。


アイドルの源流としての「バブルガム」


ここで告白しておきたいんだけど、私は、音楽の趣味について、見栄ばかり張って生きてきた。

恥ずかしい人生でした。

それも、我々の世代で「ロック派」が強かったからです。


1960年代初めに生まれた私は、

「ロック? ああゼッペリンとか、キング・クリムゾンとか聴いてたよ。うん、子供の頃から、リアルタイムでね」

みたいにエラそーに言うことがありますが、本当はちがう。


子供の頃は、そういうのではなく、「バブルガム」を聴いていた。「バブルガム」が大好きでした。


「バブルガム」とは、1960年代後半から1970年代前半にかけて、英米で若者向けに生産されたポップスです。若者といっても、思春期前の、ローティーンやプレ・ティーンが主な対象でした。

キャッチーで、子供にもわかりやすい、アップテンポの楽しい曲調の曲がほとんど。

一流のソングライターによる曲、一流のスタジオミュージシャンの演奏を、ルックスがいい架空のバンドが「演奏しているフリをする」、というのが一つのパターン。

モンキーズのように。

それで、大ヒット曲がたくさん生まれました。


話を進める前に、「バブルガム」ポップを一度も聴いたことがない、という人もいるだろうから、「バブルガム」の代表曲だと誰もが認める「サイモン・セッズ」の動画を貼っておこう。


「サイモン・セッズ Simon Says」  1910 フルーツガム・カンパニー(1967)



「バブルガム」という名は、この「サイモン・セッズ」のプロデューサー、ジェフリー・カッツが、「自分たちの顧客はバブルガム(風船ガム)を噛むような子供」と言ったことに由来します。

バブルガム


今のアメリカでは「アイドル音楽」は受け入れられない、と前述したけど、「バブルガム」は、まさにアメリカの「アイドル」ポップでもあったわけです。

そして、1960年代の日本は、それを真似して「アイドル」を創造したんですね。


同時代のグループサウンズ(GS)の代表であるタイガーズは、「バブルガム」であるモンキーズをモデルとしてプロデュースされました。

タイガーズのテーマ


そして、GSの人気が衰えたのを見て、ジャニー喜多川はフォーリーブスをプロデュースしましたが、これもオズモンズのような「バブルガム」を真似したものでした。


要するに、「バブルガム」モンキーズの、

「一流のソングライターによる曲、一流のスタジオミュージシャンの演奏を、ルックスがいい架空のバンドが、演奏してるフリをする」

というスタイルは、すべての「アイドル音楽」の基礎になったんです。


それは、K-Popでも、基本的に同じなのではないでしょうか。

アイドル自身が歌ったり演奏したりする場合があるとしても、「モンキーズ」的にプロデュースされたもの、という本質は変わらない。

そういう音楽を何と呼ぶか、といえば、「バブルガム」と呼ぶのが、音楽史的に正しいと思うんです。


K-Popは、日本のアイドルポップより、欧米でよく聴かれています。

そして、それが「バブルガム」の後継であることは、わかる人にはわかるらしく、以下のような英文の投稿がネットにありました。


私は1960年代に子供でしたが、K-Popは今日におけるバブルガムミュージックだと思っています。K-Popはバブルガムのすべての要素を備えています。キュートな男の子や女の子がプロデューサーのもとに集められ、世界レベルのソングライターが超キャッチーでアゲアゲの曲を書き、10代の子に向けて届けられる。いろんな罠はあるにせよ、K-Popは現代最高のポップです。

I was a kid in the 60's and it seems to me that K-Pop is today's bubblegum music. It has all of the elements. Cute boy or girl idol groups put together by producers, world-class songwriters writing the super-catchy mostly fun songs geared mainly towards teens. If you can get by all of the trappings, K-Pop has some of the best pop being produced today.

https://www.reddit.com/r/Music/comments/1bkr88z/what_exactly_is_bubblegum_music/?rdt=44943


私もまったく同感です。

実は、この記事を書き始めたのも、この投稿を見つけたからでした。


そういえば、今年のNew Jeansの新曲に「Bubble Gum」というのがあったし、12月6日に発表されたばかりのTEMPESTの新曲も「Bubble Gum」です。

これは偶然だろうけど、K-Popのアーティストたちは、自分たちのルーツに意識的なのかもしれません。

まあ、日本にも、「バブルガムブラザーズ」というのがいましたけどね。


「バブルガム」の遺伝子


「バブルガム」のヒット曲には、どういうのがあったか。

それを紹介し始めると、それだけで長くなるので、べつの記事にまとめようと思います。


とにかく、本国アメリカでは、「バブルガム」は、日本や韓国のような「アイドル」ポップの方向には、進化しなかったようです。

しかし、その後のロックやポップに大きく影響したことは認められています。


「バブルガム」についての議論は、2001年の本「Bubblegum Music Is the Naked Truth」などを皮切りに、アメリカでかなり進んでいるようです。

やっぱり、「バブルガム」を聴いて育った私のような世代が、昔を懐かしむからだと思います。


Bubblegum Music Is the Naked Truth(2001)


その議論によれば、バブルガムは、パンク以降のロックに影響した。

とくに「ラモーンズ」のようなキャラクター化したバンドは、「バブルガム」の後継ととらえられています。

同じ意味で、「キッス」のようなパワーロックにも影響を残している。

「B-52ズ」や「トーキングヘッズ」のようなニューウェーブにも、ひねくれた「バブルガム」要素が認められます。


私は、カーペンターズとかABBAとかも「バブルガム」の遺伝子が濃厚だと思う。後者はとくにそうです。

K-PopのTWICEの曲を書いているスウェーデン人作曲家は、ABBAを参考にしていると言っていたから、そういう意味でもK-Popに影響している。


日本では、ご承知のとおり、忌野清志郎がモンキーズの「デイドリーム・ビリーヴァー」を歌いました。日本のロックアーティストの「バブルガム愛」を感じます。他にも、いろいろカバーされていると思います。

いわゆるロック世代にも、「バブルガム」は、子供の頃の無垢や純真さの象徴になっているのでしょう。


バブルガムをリアルタイムで聞いていた日本人としては、「アイドル」ポップ以外への影響も目撃しました。


バブルガムポップは、ノベルティ・ソングの一種ととらえられることがあります。

ノベルティというのは、珍奇なもの、販促のための「おまけ」みたいな意味。

ノベルティ・ソングというのは、「冗談音楽」というか、パロディや戯れ歌のような、「真剣ではない音楽」のことで、「バブルガム」より長い歴史があるわけです。日本にも昔からありました。


私の子供のころは、「バブルガム」とともに、「ノベルティ・ソング」もたくさんヒットしていたんです。

「帰って来たヨッパライ」(1967)、 「オーチンチン」(1969)、「老人と子供のポルカ」(1970)など。


GSのスパイダーズが歌った「エレクトリックおばあちゃん」(1970)などは、「バブルガム」であり、「ノベルティ・ソング」でもある好例だと思います。

冗談要素は「バブルガム」にもあり、「バブルガム」と「ノベルティ」は、互いに影響しあい、ほぼ見分けがつかない音楽の流行に見えていました。


そういう意味では、今の音楽は、真面目すぎるんですよね。


また、「アイドル」ポップとは少し離れたところに、たとえばNHKの「ステージ101」のような存在がありました。

NHK「ステージ101」


これは、1970年から1974年まで、NHKでいちばん広かったスタジオ101で収録された若者向け音楽番組でした。

私は毎週見ていたんだけど、番組の録画がほとんど残っていないというのは残念なことです。


この番組では、宮川泰などのオリジナル曲が使われていたのですが、「バブルガム」要素がかなりありました。

当時の「セックス・ドラッグ&ロックンロール」と一線を画して、「健全」なロックやポップを模索していました。それは「バブルガム」と同じです。

番組から生まれた「怪獣のバラード」などは、今でも小中学校の合唱曲として歌われてるようです。


さらに広げれば、「バブルガム」の影響は、やなせたかしの「アンパンマン」(1973)にも及んでいると思いますが、収拾がつかなくなるので、このあたりにします。


「ロック」と「ポップ」はいつ分離したか


話が長くなりすぎました。


最初の「ロック派VSポップ派」の話に戻れば、そもそも、「ロック」と「ポップ」は別だ、という認識が、わりに新しいわけです。

我々の世代は「ロック派」に差別された、という話をしましたが、それは私が、中学や高校生くらいになってからの話です。

私が小学生のころ、少なくとも1960年代半ばまでは、そういう区別はありませんでした。


そのころは、ロックも、ポップも、歌謡曲も、価値の高低はありませんでした。洋楽が好き、邦楽が好き、とかいうのは、ジャンルの好みに過ぎませんでした。


ビートルズが来日した頃、歌手の伊東ゆかりが、「ビートルズさんはコーラスが上手」と褒めていたのを覚えています。

今では、日本の歌謡歌手がビートルズを「評価する」なんて、違和感があるでしょう。でも、当時は、そんな違和感はなかった。

まあ、ドリフターズが、武道館でビートルズと「共演」したくらいですからね。


「ロック」と「ポップ」の区別がなかったことは、上記の英語版wikiにも、書かれています。


1960年代後半まで、「ポップ」は、「ロック」「ロックンロール」と同義語だった。60年代、70年代を通じて、「ローリング・ストーン」や「クリーム」のような音楽雑誌は、ポピュラー音楽を真面目な評論の対象にしようと試みつづけた。1967年のビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」をきっかけに、こうした雑誌は「ポップ」と「ロック」の区別をつけはじめた(そして、「ロックンロール」は、1950年代のロックを指すようになる)

Until the late 1960s, "pop" was synonymous with "rock" or "rock and roll". From the 1960s to the 1970s, music magazines such as Rolling Stone and Creem laid the foundation for popular music criticism in an attempt to make popular music worthy of study. Following the release of the Beatles' 1967 album Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band, such magazines began drawing a contrast between "pop" and "rock" (with "rock and roll" now referring to the 1950s style),
Rockism and poptimism(wikipedia)


そして、「ロック」と「ポップ」が分離したあと、


ロック>ポップ>バブルガム(=アイドル音楽)


みたいな価値の序列、音楽カーストが、できたわけです。


背景にある左翼イデオロギー


なぜ、そんなカーストができたのか。

上記記事では「サージェント・ペパーズ」がきっかけのように書いていますが、背景には、新左翼によるいわゆる「1968年革命」がありました。

「バブルガム」が流行った1960年代後半は、一方で、「バブルガム」的なものが嫌われる潮流ーー音楽の「左傾化」が起こっていたのです。


ロックは「カウンターカルチャー」だと現在は常識のように言われます。

でも、上記のとおり、1960年代半ばまでは、必ずしもそうではありませんでした。


事情が変わったのは1960年代後半で、いわゆる新左翼の文化革命の時代だったのです。


その一環として、映画に「作家性」が必要だ、といったおフランス思想の影響を受け、ポピュラー音楽でも「作家性」「音楽性」が必要だ、となりました。

そして、その頃に流行っていた「反戦思想」や「ヒッピー文化」のメッセージが音楽に込められるようになります。


なかでもロックは、そうした潮流の騎手になりました。

ロック>ポップ>バブルガム(=アイドル音楽)

という序列は、要するに、商業主義、資本主義から遠いほどエラい、という価値観なわけです。

すなわち、それは、反資本主義の左翼イデオロギーです。


左翼の文化活動がヘゲモニーを握った結果、この「セックス、ドラッグ&ロックンロール」の潮流に乗ったバンドや曲が、ロックの正統派とされ、「正史」に残ることになります。

ひとたび「正史」が確立すると、成功者たちはひたすら「神格化」される。評論家も、成功者たちを神棚に上げて、否定的なことは言わなくなり、名曲だレジェンドだ、と持ち上げる。

ビートルズ、とくにジョン・レノン、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、クイーンなどがそのように神格化されていくのを、私は同時代に見てきました。

一方で、「バブルガム」周辺の音楽は、「正史」の中では価値の低いものとして忘れられていきました。


「バブルガム」は、「セックス、ドラッグ&ロックンロール」から、「セックス」と「ドラッグ」を抜いたもの、とも言われます。

バブルガムのような「健全」なポップは、主張がなく、批評がなく、プログレッシブでなく、商業主義的で、反動的な代物だ、というふうになっていくわけですね。


1965年時点では、「バブルガム」の先駆だったハーマンズ・ハーミッツの前座を、「ザ・フー」がやっていました。

しかし、60年代後半には、ハーマンズ・ハーミッツは人気を失い、ザ・フーがトリを取るように地位が逆転する。

それが一つの象徴です。


こうした、ロックの左傾化、「1968年革命」的文化の代表として、ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったのだと思います。


でも、私のようなのは、「1968年革命」も評価しないから、それ以降の(多くは雰囲気だけだが)左傾化したロックが好きではない。


べつに、音楽は「健全」でなければいけない、と思っているわけではありません。


しかし、ジョセフ・ヒースらが『反逆の神話』で論じたように、正統ロックの反抗や革命のポーズは、たいがいインチキだったじゃないですか。

それなのに、いまだにそうした「カウンター性」を信じたふりをして、ロックが語られているのがおかしいと思うんです。


ビートルズの内紛


1960年代後半という時代の事情を知るためには、ビートルズの例が有益です。

ビートルズは、批評的に大成功を収めた「サージェント・ペパーズ」(1967年)の次に、いわゆる「ホワイトアルバム」(1968年)を世に送り出します。


ポール・マッカートニーは、自らの曲である「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」を、ホワイトアルバムからシングルカットしたかったそうです。

だけど、ジョン・レノンとジョージ・ハリソンが強硬に反対しました。

だから、この曲は英米ではシングルカットされませんでした。

でも、日本など一部の国ではシングル盤が出て、大ヒットしました。


私は、子供時代、この曲を、ほかのバブルガムの曲とまったく同じように受容したのを憶えています。

私に言わせれば、ポール・マッカートニーの音楽の本質も「バブルガム」です。

「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」は、一般にバブルガム音楽と認識されていませんが、それは、みんながそれがビートルズの曲だと知ってるからに過ぎないと思います。虚心に聴けば「バブルガム」です。


ジョン・レノンなど、この曲が本当に嫌いで、セッション中にスタジオから逃げ出しました。

彼は、最初の「ロック派」でもあったわけですね。


いっぽう、ポールは、その前も後も、ジョンが「おばあちゃんの音楽」と呼んだ、「バブルガム」的な曲をたくさん書いています。

「イエロー・サブマリン」とか、「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」とか、ウイングス時代の「メアリーの子羊」とか。

ポールが14歳の時に初めて書いたオリジナル曲「I Lost My Little Girl」も、きわめて「バブルガム」的です。


ポールは、1968年に、「悲しき天使」のメリー・ホプキンをプロデュースしました。

彼は、メリー・ホプキンを、ロックの潮流と区別された「アイドル」にしようとしたのだと思いますが、ホプキンとうまく行かずに挫折します。成功していたら、彼女は「バブルガム歌手」として記憶に残ったかもしれません。


とにかく、ビートルズ解散の真因は、ポールの「バブルガム」性と、それを認めないジョン・ジョージの対立、つまりは「ポップ派」と「ロック派」の対立ではなかったか、と思うほどです。


正直に音楽が好きになるために


話が長くなり過ぎたので、締めくくりましょう。


「バブルガム」や「K-Pop」を愛好することは、しばしば「ギルティ・プレジャー guilty pleasure」だと言われます。

「ギルティ・プレジャー」とは、本当は好きなんだけど、世間的な評価が低いから、好きであることに罪悪感を感じてしまう、という感情です。


以上、述べてきたように、「罪悪感」を感じさせようとするのは、「ロック派」や、その背景にある1968年派左翼のイデオロギーなわけです。

「オタク」というのは、そういうイデオロギーにとらわれず、好きなものに突進できる勇気ある人たちですね。

オールドメディアは「オタク」が嫌い。なぜなら、オールドメディアは基本的に左翼だから。自分たちの価値観にしたがわない奴らが嫌い。


好きなものを、好きだと正直に言えるような世の中にするため、音楽評論から、ゆがんだイデオロギーを駆逐しなければなりません。

そのため、このイデオロギーによって、カーストの「最底辺」に位置づけられた「バブルガム」を復権させることは、意味があると思います。


最後に一つだけ言えば、AIが音楽を作るようになれば、「ロック派」と「ポップ派」の対立は、自然に消滅するはずです。

AIには、音楽で「言いたいこと」は、ないはずですからね。



<参考>


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