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ドイツ人とオーストリア人は「サウンド・オブ・ミュージック」を知らない

ドイツ人とオーストリア人は、一部の例外を除いて、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を、観たこともなければ聞いたこともない。

という事実を、4日前にアップされたYouTube動画で知って、私はとても驚いた。


なぜドイツ人とオーストリア人は「サウンド・オブ・ミュージック」をまったく知らないのか(英語) Why Germans & Austrians have NEVER HEARD of "The Sound of Music" (Feli from Germany 2024/12/1)


今さら言うまでもなく、「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)は、第二次世界大戦前夜の、ドイツに併合された時代のオーストリア・ザルツブルクを舞台にした、非常に有名なミュージカル映画だ。

作品賞、監督賞、編曲賞など、アカデミー賞5部門受賞の名作。

「風と共に去りぬ」が1940年に記録した歴代興行収入世界記録を更新した、歴史的大ヒット作である。


今さらあらすじの紹介はしないが、来年は公開60周年だ。

日本でも、40周年、50周年の区切りで、新しい吹き替えによる記念DVDが製作されている。来年、60周年記念版が出るかもしれない。


2015年の50周年記念DVD


ちなみにこの映画、国によっては、クリスマスシーズンにTVで流れるらしい。

映画の内容とクリスマスはとくに関係ないのだが、挿入歌「マイ・フェイバリット・シングス」が、冬の風物を歌い込んでいるので、クリスマスソングと思われているからだと思う。


その映画を、舞台となったドイツとオーストリアの人が知らない、とは。


まあ、その前に、日本の今の若い人は、「サウンド・オブ・ミュージック」を知ってるだろうか。

私の子供の頃(1960〜70年代)は、子供も大人も、知らない人はいなかったんじゃないかな。

「ドはドーナツのド」という、ペギー葉山訳詞の「ドレミの歌」は、たしか教科書に載って、日本中の学校で歌われていた。

「マイ・フェイバリット・シングス」はジャズのスタンダードにもなった。


何より、何度も繰り返しテレビで放映されていた。

健全で、ラブロマンスがある一方、子供も楽しく、音楽も撮影も素晴らしく、しかも反ファシズム、民主主義万歳で、ちょっと長いけど、ほぼ非の打ちどころがないクラシックだ。

およそ映画という文化がある国なら、だいたいの人が観て、知っていると思っていた。


上に紹介したFeli さん(アメリカ在住のドイツ人)の動画は、大反響を呼んでいて、2日で20万回視聴を超え、世界中から4000以上のコメントが寄せられている。


それを見ると、英語圏だけでなく、南米でも、中東でも、ベトナム、タイ、中国でも、この映画が非常にポピュラーだったことが証言されている。

英語の入門用としてちょうどよかったり、音楽の授業で使われたり、とにかく子供のころから親しんだという人が世界中にいる。


いっぽう、ドイツとオーストリアの人は、「この映画は観たことなかった」「聞いたことなかった」という声が、本当に多い。


「ドイツ人である私は、実際に今まで『サウンド・オブ・ミュージック』やトラップ家の物語全般について聞いたことがありませんでした。今日、この動画で学びました。ありがとう、フェリ。」
(Greetings from Germany. I actually never heard of The Sound of Music, or the story of the Trapp family in general until now. So i learned something today. Thanks, Feli.)


「オーストリアで育ったドイツ人と日本のハーフである私は、自信を持って言えます。私があの映画を知っているのは、ドイツ人の家族ではなく日本の家族のおかげであり、オーストリアで育ったせいでは決してありません。」
(As a half-German and half-Japanese who grew up in Austria, I can confidently say, I only know that film because of my Japanese family, not the German one and definitely not because of me having grown up in Austria.)


「私は68歳のオーストリア人で、音楽ファンです。1985年に、我が家がアメリカからの客人を迎えた時、アメリカ人の一人がお礼の意味で『エーデルワイス』をバイオリンで弾き、アメリカ人はみんな歌い、我々も一緒に歌うよう促されましたが、我が家の者は誰もその曲を聞いたことがありませんでした。」
(I'm Austrian, 68 years old and very much into (classical) music. In 1985 we had some young guests from the US, one of them playing the violin. As a "thank you" to our familiy the young lady played "Edelweiss", all the young Americans sung and they wanted us to join their song. But we never had heard it before...)


「エーデルワイス」なんて、私はオーストリアの第二国歌になってると思ってた!


なるほど、日本語wikiの「サウンド・オブ・ミュージック」を見ると、この映画が、オーストリア含めてドイツ語圏で不評であったことは書かれている。

だから、この映画がドイツ語圏では人気がないことを、知ってる人は知ってるんだろう。


でも、映画公開時に不評だっただけでなく、その後、テレビ放映もほとんどされていないので、2世代をへて、普通のドイツ人・オーストリア人は、映画そのものを知らない、認知していないらしいのだ。


なぜ、「サウンド・オブ・ミュージック」は、ドイツとオーストリアで受け入れられなかったのか。

私の乏しい英語リスニング力で聞き取った限りでは、以下のような理由らしい。


1 「リメイク」であったこと

物語の主人公である、トラップファミリーとマリアはドイツ語圏でも有名で、マリアの自伝によるドイツ語映画「Die Trapp-Familie(邦題・菩提樹)」(1956年)が、すでに国民的映画として大ヒットしていた。「サウンド・オブ・ミュージック」は、その二番煎じに過ぎず、興味をひかなかった。

「Die Trapp-Familie」のポスター


2 文化考証的な不正確さ

地元の人たちから見ると、おかしな文化的描写が多かった。たとえば「マイ・フェイバリット・シングス」の歌詞で、「ヌードル添えシュニッツェル  schnit with noodles」というのが出てくるが地元ではあり得ない料理であるとか、映画の中で踊られる「レントラー」が伝統的なものとちがうとか、距離的にかけ離れた場所が同じ場所のように撮影されているとか。


3 音楽がドイツ・オーストリア的でない

映画の有名なシーンで、ザルツブルクの人たちが「エーデルワイス」を合唱する。でも地元の人にとっては、まったく知らない曲だし、伝統的な音楽ともかけ離れていた。1984年にオーストリア大統領が訪米した時、レーガン大統領が「エーデルワイス」を流して迎えたが、オーストリアから批判の声があがった。映画の曲は、ドイツ語訳で歌われたものでも、ドイツ・オーストリア人には自分たちの音楽に聞こえず、ディズニー的にしか聞こえないらしい。


4 歴史的不正確さ

オーストリアにおけるナチスの描き方も不正確だし、トラップファミリーの描き方も不正確だった。子供たちの年齢や性別が変えられていたり、実際のマリアとトラップ大佐の関係も事実と異なる(二人の間に恋愛感情はなく、マリアは子供の面倒を見るため結婚した)。マリアの自伝にもとづいた映画「菩提樹」で事実を知っていたので、ドイツ語圏の人には受け入れがたかった。


5 政治的に複雑な感情

映画が公開された1965年には、まだナチス支配下で生きた人たちが多数おり、その時代の記憶が生々しかった。自分たちや自分の親戚・知り合いたちが悪者に描かれる映画が心地よいわけはなく、できれば無視したい映画だった。だから、できるだけ無視され、語られなくなった。


なるほど、言われてみれば納得できるし、とくに最後の理由は、同じ敗戦国として、日本人にもわかる。


これは、私が何度も書いてきた、映画「サヨナラ」(1957年)が、日本で語られない、観られないのと同じだろう。


この映画で、梅木美代志はアジア人で初のアカデミー賞演技賞(助演女優賞)を受賞した。現在まで、日本人で唯一のアカデミー演技賞受賞者である。

そのことは、アジア人がアカデミー賞を取るたびに、英米のニュースで触れられる。

ミシェル・ヨーが昨年「エブエブ」でアカデミー賞を取った時も、「サヨナラ」と梅木のことは言及されていた。ヨーは、梅木から数えて、3人目のアジア人女優受賞者だ、と(2人目は、「ミナリ」で取った韓国人のユン・ヨジョン)。


にもかかわらず、日本人は、「サヨナラ」と梅木を、ガン無視である。

普通の日本人は知らないし、語らない。マーロン・ブランド主演で、日本を舞台にした映画であるにもかかわらず、「サヨナラ」がテレビで流れたのを見たことがない。


それは、日本に駐留するアメリカ軍人が、日本人女性を愛人にする、というストーリーに、日本人が屈辱を感じたからだと思う。1957年には、まだ敗戦の傷が癒えていなかった。

だから、日本で映画は不評で、梅木も不評で、その後、「観られず」「語られず」、その結果、「サヨナラ」と梅木美代志のことを、日本人は知らない。

「サウンド・オブ・ミュージック」も、ドイツ・オーストリアで、同じような運命をたどったわけである。


その映画が、いいとか、悪いとかではなく、「観ない」「語らない」という態度がある。

不満をあからさまに言うと、政治的に問題になるおそれがある。

だから、「観ない」「語らない」。ある意味、徹底した拒否、徹底した「批評」だと言えるだろう。


それにしても、ハタから見れば、オーストリア、とくにザルツブルクにとって、「サウンド・オブ・ミュージック」は、2つとない観光資源に思える。

もったいなくないか?


実際、「サウンド・オブ・ミュージック」を観て、オーストリアやザルツブルクを訪れたいと思っている人は世界中にいて、実際に訪れる。

英米人や、ドイツ人以外のヨーロッパ人が撮った、「サウンド・オブ・ミュージックの舞台は、今こうなっている」というYouTube動画は、私も何本も見た。


ザルツブルクに行けば、「サウンド・オブ・ミュージックのロケ地を巡るツアー」があることは、上の動画でも紹介される。

でも、ドイツ人は、そのツアーに参加しない。「サウンド・オブ・ミュージック」を知らないから。最初からドイツ人は相手にしておらず、主にアメリカ人を相手にしている。


いくら「サウンド・オブ・ミュージック」目当てで観光客が訪れても、オーストリアも、ザルツブルクも、決してその観光価値を認めず、宣伝にも使わない。

ザルツブルクは、

「そんなアメリカ製映画のことは知りません。うちは、モーツアルトと、カラヤンが名物、ということで、やらしてもらってます」

ーーてなもんだろう。


こういうことを知ると、その国ごとの事情というのは、ヨソからはよく分からないものだ、と実感する。

「サウンド・オブ・ミュージック」のような、ユニバーサルな価値を持つと思えるものですら、越えられない国境がある。


それを言うなら、中国や韓国で作られている反日映画も、映画好きは劇場や配信で見るとしても、ほとんど日本のテレビでは放映されない。

チェ・ミンシク演じる李舜臣が豊臣秀吉軍を打ち破る「バトル・オーシャン」(2014年)などは、日本で劇場公開すらされなかった。

同じチェ・ミンシク主演で、今年韓国最大のヒット作となったホラー映画「破墓(パミョ)」も、反日要素を含むので、劇場公開はされたが、日本の地上波で流れることはないのではないか。


ということで、戒厳令騒ぎの韓国の話に持っていこうと思ったが、あんまり知らないので、ここまで。



<参考>


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