「傾聴」カウンセリングの原点を介護に
介護に従事していると様々な場面において、相手の"話を聞く"ということの重要性を感じます。この仕事は肉体労働として一般的に認知されているように思われますし、社会的にもいわゆる3K労働者と捉えられているようにも感じています。そうした側面が大きいというのも事実ではあるのですが、一方でそれよりも円滑なコミュニケーションがとても重要なのです。
または、その人が自分の意思を相手に伝えられるかどうかに関係なく、いち早くその人のニーズを把握して、それに対応するための洞察力や観察力、そして判断力が求められる職業なのです。このことは、私自身が日夜実感しています。そうした事を考えると、人間の総合力を高めていく必要性があるという難しい労働です。つまり、単純に技術を極めれば成り立つ職業ではないところに難しさがあることを日々痛感しています。
しかも、この場合の円滑なコミュニケーションは、世間一般に言われるような"流暢な"コミュニケーションとは異なり、誤解や摩擦を生まないように、相手の気持ちを汲み取ったり、本質的に必要としている支援は何だろうかと思考していくといったものです。だからこそ非常に奥深いものがあるのですが、このような理解が広く一般的になると嬉しく感じています。
さて、深い理解に基づいた共感的で思いやりのあるコミュニケーションを志向するとき、「傾聴」技術は大きなカギになるところです。アメリカの心理学者であるカール・ロジャースは、カウンセラーにおけるクライアント中心療法を提唱したことで知られています。パーソンセンタード・アプローチの基礎を築き、相談の対象者を患者ではなく、クライアントであると初めて定義した人物です。
ロジャースは心理療法士としてクライアントとの対話を通じて、人が自己の問題を解決し、そこから成長するプロセスを観察しました。その経験から、心理療法における「治療者が主導権を握る従来の方法」に疑問を抱くようになります。そして、クライアントの主体性を尊重し、彼らが自分自身で解決策を見出せるように支援することを提唱しました。
このような彼の考えた傾聴の技術は、我々の職種においても大きな意味を持つと考えています。ニーズを聞き出し、不安感を除去し、相手の自己実現を支援する。これはまさに我々のような介護従事者にとっては重要なテーマになります。そして、これを日々の生活から導き出すことの出来る「傾聴」は、下記のようなアプローチによって支えられるとしています。
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●受容(無条件の肯定的関心)
クライアントが何を話しても、評価や批判をせずに受け止めます。それは言葉だけでなく、表情や態度でも「あなたの話は重要だ」と示すことが重要となります。このような態度により、クライアントは「自分が否定されることなく、安全に話せる」と感じられるということです。そうすると防衛的な態度が減って、心を開きやすくなるとされます。
●共感的理解
援助者はクライアントの話をただ聞くだけでなく、感情を深く理解しようとすることが重要です。その時に必要になるのが、その感情を言葉にして返すという感情のリフレクションです。
例えば、クライアントが「最近、誰からも失敗を責められて辛い」と話した場合、援助者は「受け入れられていないように感じているんですね」と共感を示します。これにより、クライアントは「自分の気持ちが理解された」と感じ、安心感を得ることになります。そして、自分の感情や状況を客観的に見る力が育っていくとされます。
●自己一致(真実性)
そもそも援助者側がクライアントに対して誠実であり、自分の感情に正直であることが重要です。必要に応じて自分の感情を伝えます。「あなたが話しているとき、私はその状況の厳しさをとても感じています」と共有するようにします。援助者が偽りなく接することで、クライアントは信頼関係を感じたり、「本当に自分を理解しようとしている存在」であると認識することが出来るとされます。
●反映(リフレクション)
クライアントが言った内容を繰り返したり、要約します。「最近何かおかしい感じがする。ちょっと前の事がすっぽりと抜けおちているんです。」と言った場合、援助者は「そうしたことが重なって不安なんですね」と繰り返します。これにより、クライアントが自分の考えや感情を整理しやすくなります。そして、自分が言葉にしていなかった感情に気が付くことが出来るとされます。
●沈黙の活用
クライアントが考えたり感情を整理したりするための時間を沈黙で提供する事も大切です。沈黙の時間を怖がって、無理に質問したり、言葉で埋めたりしないことも必要になります。これによりクライアントは自分のペースで深く考えることができ、言葉では表現されない感情に向き合う時間を得ることが出来るとされます。
●非指示的態度
クライアントに対してアドバイスや指示を与えないというのも重要です。クライアントが自分で問題解決の道を見つけるよう促していきます。たとえばクライアントが「何が何だか分からずに、どうすればいいか分からない」と言った場合、「どんな選択肢があると思いますか?」と問いかけてみます。これにより、クライアントは一度自分で考え、自己決定する事による満足感を得る事が出来きます。これが自己成長や自己信頼の促進に役立ちます。
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傾聴はこれらの技術によって支えられています。
日常生活においても、多くの場合、相談相手はアドバイスを求めているというよりも、話を聞いてほしいとか自分を受け止めてほしい、存在を認めてほしいとか肯定してほしい。そんな風な気持ちを持っている事が多いです。「そんなんだからだめなんだ!」というような態度では無く、まずは受け止めること、そして自らで解決する事の手助けが、本来必要な態度であることが伺えます。
では、介護現場での事例検討に移っていく事にします。
施設利用者における認知症の人が「家に帰りたい」と繰り返し訴え、玄関から出て行こうとしている。出口を探し回っている。しかし様々な状況を考慮して、それを実現する事はとても難しいというような状況を考えてみましょう。この場合、実際に家に帰すことができない状況でも、ロジャースの傾聴技術を応用することができます。
傾聴技術は例えば不穏と呼ばれる状態。このような行動心理症状が悪化してから対応するという訳では無く、日頃の関わりの中、そして訴えが始まった当初などから求められているものだと思います。これらの技術を多くの現場職員、もっといえば全員が共有しておくことで、その人の居場所を作ることに繋がります。
そして環境の制約下にあって、言葉通りの"帰宅したい"というニーズを直接的に解決、または充足できなかったとしても、「自らが常に受容される居場所に存在する」というような普遍的な価値が提供されることが重要です。この存在価値は、誰にとっても大切なもの。ロジャースの言う傾聴は、そんな人間の根源的なニーズを充足していく手助けが出来るものと考えています。