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魚食のススメ!健康との素敵な関係
2013年、日本の伝統的な食文化が持つ良好な栄養バランス、自然との調和、地域性を大切にする食文化の多様性が認められた結果、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されました。和食は主食である米を中心として、季節ごとの野菜や大豆、それらを用いた発酵食品。そして魚介類を巧みに取り入れることで、心身における健康的な食生活を実現しています。
中でも魚は、タンパク質や脂質、ミネラル、ビタミンといった栄養素を豊富に含み、歴史的にみても日本人の身体的・精神的な健康を支えてきました。
日本は地理的に海に囲まれた島国であり、古来より魚介類を中心とした食生活を連綿と続けてきました。近年、魚に含まれるオメガ3脂肪酸とよばれるEPAやDHAなどの栄養成分が、心血管疾患の予防、認知機能の維持に特に有益であることが数多くの研究で示され、注目を集めました。そのような、魚食が日本人の健康に与える影響は極めて大なるものがあります。
世界的に見て、日本は平均寿命も健康寿命も共に上位に位置しています。OECD諸国においては、同じく魚介類を食す文化のある地中海のカトリック教国。イタリアやスペイン、フランスなども平均寿命が長いというのは特筆すべき点です。
魚食の素晴らしき栄養と健康効果
魚介類は、高品質なタンパク質を豊富に含み、脂肪の質が非常に優れている特徴を持っているとされます。特に青魚であるサバ、イワシ、アジなどや赤身のサケ、マグロなどには、オメガ3脂肪酸が多く含まれています。こうした食事は、明らかに和食において好まれている食材でもあります。
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オメガ3脂肪酸は、体内で合成できない必須脂肪酸であり、食品から摂取する必要があるとされます。この脂肪酸のうち、EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)は特に健康増進への恩恵も大きいのです。例えば、慢性炎症の抑制、血液中の中性脂肪の低下、血管拡張作用を通じて動脈硬化を予防、心血管疾患リスクの低減と数多の効能があります。
2001年イギリスの医学誌「The Lancet」に掲載された研究では、魚食の多いグループが心筋梗塞のリスクを大幅に低減することが発表されました。また、「New England Journal of Medicine」の研究で、EPAとDHAの摂取が血中コレステロールの改善に寄与し、特に心臓発作後の患者において死亡率を下げる効果があることが報告されてもいます。これらの結果から、魚の摂取はカロリー補給以上の健康効果をもたらすと結論付けられています。
魚食と脳機能の関係
更に魚食の効果は心血管系に留まらず、脳機能にも多大な影響を及ぼします。特にDHAは脳の構造を形成する重要な成分であり、神経細胞間の情報伝達を円滑に行うために不可欠でもあります。脳のシナプス密度を維持し、ニューロン同士の通信を最適化する役割を果たすDHAは、認知機能の維持や学習能力の向上に寄与することが多くの研究で示されているのです。
東京大学医学部が2006年に発表した日本人を対象とした研究で、50歳以上の日本人約1,000人を対象に魚食頻度と認知症の発症率の関連を調査した結果。魚を多く食べる群では認知症発症率が30%以上低いことが明らかになりました。同様に2010年「Journal of Alzheimer's Disease」に掲載された研究では、DHAの摂取が認知症やアルツハイマー病の予防に役立つことが確認されています。
さらに、魚食は精神的健康にも影響を与えます。DHAやEPAは、神経伝達物質の一つであるセロトニンの分泌を助け、気分の安定やうつ症状の軽減に寄与するとされています。2007年「Journal of Clinical Psychiatry」に発表されたランダム化比較試験では、うつ病患者に魚油サプリメントを投与したところ、症状の改善が見られたとの研究もあります。魚食は明らかに心身の健康増進に有益であることがうかがい知れるところです。
日本の伝統的な魚食文化と健康長寿
つまり、日本が世界的に長寿国である背景として、魚を中心とする伝統的食文化が深く関係していると考えられる訳です。焼き魚、煮魚、刺身など、多様な調理法で魚を食す文化は、日本人の胃袋を支えてきました。特にこのような食し方は揚げ物などの高温調理を行わず、AGEs(終末糖化産物)が発生し難いということにもなります。
厚生労働省が発表する国民健康・栄養調査によれば、日本人の魚介類摂取量は2000年代をピークに減少傾向にあるものの、依然として世界平均を大きく上回っています。2016年「British Medical Journal」に掲載された研究で、日本人の魚介類摂取量と総死亡率、心血管疾患の発生率が低いことの相関が示されました。この研究では、魚の摂取量が多いほど心筋梗塞や脳卒中のリスクが低下することが統計的に証明されたのです。
魚食は、子供の知性にも影響する
2007年イギリスの科学雑誌「The Lancet」の大規模な研究では、約11,875人の母子を対象に、妊婦が摂取する魚の量と子供の認知機能発達の関連性を調査しました。妊婦が魚を週340g以上摂取した場合、その子供たちは言語能力、視覚認知能力、社交性のスコアが高い傾向があることが判明しました。
一方、魚の摂取量が少ない妊婦の子供では、これらのスコアが低くなる可能性が指摘されています。この研究は、DHAを豊富に含む魚を妊娠中に適度に摂取することで、胎児の脳の発達が促進される可能性が示唆されています。
また、2016年にスペインで行われた研究においても、妊婦が魚を週3回以上摂取した場合、子供の知能指数が高くなる傾向が確認されました。この研究では約2,000組の母子を対象とし、特に青魚や脂肪分の多い魚。サーモン、サバ、イワシなどを摂取した妊婦の子供はIQスコアが高くなることが分かりました。
無視できない魚食のリスク
一方、魚食に潜むリスクについても知る必要があります。近年、海洋汚染による水銀やダイオキシンといった有害物質の蓄積が懸念されています。大型魚であるマグロ、カジキ、サメなどには水銀濃度が高い傾向があるのです。有機塩素化合物や有機水銀化合物等の生態濃縮は、水俣病の原因メカニズムでもあります。
そのため、妊婦や乳幼児において、過剰な水銀摂取が胎児の神経発達に悪影響を与える可能性も指摘されています。しかし、環境省が発表したデータによれば、適切な範囲での魚の摂取は健康にとって大きく有益であり、妊婦も適量を守れば、やはり魚の摂取による恩恵が大きいことが指摘されています。
この場合、水銀のリスクが低い小型のサバ、サケ、イワシなどは比較的安全な魚であるとされており、これらを中心に食事を組み立てることで重要な栄養素を懸念無く摂取することが出来ると考えられます。何事も"過ぎたるは猶及ばざるがごとし"であり、バランスの良い食事を心がけ、魚を食す習慣を作るというのは結構大切であると思っています。
伝統的食生活を見直し、魚資源を守る
これまでも伝統的な魚食は、日本人の健康長寿に極めて重要な役割を果たしており、魚に含まれる必須脂肪酸が身体的・精神的な健康に多大な効果をもたらすことが多くの研究で示されました。特に認知症予防、心血管疾患のリスク低減、うつ病の軽減といった効果は顕著であり、日本人の伝統的な和食文化は、これらの健康効果を最大限に活かしているといえます。
同時に海洋汚染や魚介類の資源枯渇といった課題を踏まえ、持続可能な形で魚食文化を維持するための取り組みが必要なようです。陸上養殖や人工孵化といった最新の養殖技術の進展や漁業管理の強化などを通じて、良質の魚が安全かつ安定的に供給される未来に期待しています。また、この素晴らしき食文化を次世代へ継承し、日本風土にあった食生活で健康寿命を延ばしていくためにも、食育の大切さを身に染みて感じているところです。