学ぶとは、未来を信じること
2020年の教育改革で新指導要領に加えられた「探究」という言葉。
なんだか教育が変わるらしいということはわかっても、「探究型学習って何なの?」と疑問を感じている方も多いと思います。
「知窓学舎」は設立当初(2014年)から「受験×探究」をコンセプトに掲げる唯一無二の学習塾として知られています。塾長の矢萩邦彦先生をはじめとする講師陣の指導方法は「探究型学習」を実践するものとして注目され、教育界からの相談や視察が殺到しています。
かきほめノート編集部がおうかがいしたのは三月の中旬。コロナの感染拡大を防止するための休校要請を受け、教育界は揺れていました。
進級や入試を控えた子どもたちをどう支えていくのか、知窓学舎でも全授業をオンラインに移行するなど対応に追われているなか、家庭で勉強している親子を支えるようなメッセージが欲しいとお願いし、貴重なお時間をいただくことができました。
先の見えないこれからの時代に、矢萩先生が子どもたちにどうしても伝えておきたいこと。これから「親と一緒に」子どもの学びをどんなふうに支えていきたいと考えているか。熱い思いをおうかがいすることができました。
ズバリ、探究型学習とは?
かきほめ:しゅくだいやる気ペンを使ってくださる親御さんのなかには、学校から宿題が出てはじめて「家庭学習」の難しさにぶつかったという方もいます。
何が子どものためになるのか、不安を感じている親御さんも多く、その不安が、英語やプログラミングの先取り教育とか、過密な習い事スケジュールという形で出てしまうのかなと思います。
そういう我が家も長女が年長に進級したのをきっかけに、数字や言葉のドリルを試しましたが、あんまり興味を示してくれませんでした。
学びの入り口に立ったばかりの私たち親に、これからの教育ではどんなことを目指しているのか、わかりやすく教えていただければと思います。
矢萩先生:わかりました。いちばんイメージしやすいポイントをお伝えしますね。
教育改革は、今回で戦後7回目。これまでの改革は「戦後の復興」を目指し、文科省の主導で行われたものでした。しかし、今回は、はじめて「社会からの要請」で行われる改革なんです。ここが今までとの大きな違いです。
現実社会で、義務教育を終えた子どもたちが全然活躍できない。稼げない。これは大きな問題であるという声が上がったんですね。
時を同じくして、さまざまな未曽有の事態が起こったこともこの流れを後押ししました。「リーマンショック」「二度の政権交代」「東日本大震災」です。
今まさに起こっている新型コロナウィルスの問題もここに加わることになるかもしれませんね。
こうした出来事に、現場の人々がうまく対応ができない。なぜなんだろうという疑問を突き詰めると、「答えのない問題に向き合うのに慣れていない」「マニュアルがないと動けない」という人間を作り出してきた過去の教育の問題に行き着いたわけです。
シンプルに言うと、この改革が目指すのは上記のような緊急事態に対応できる子、予測できない時代でも豊かに生きていける子を育てるということです。
では、どこから変えていったらいいのか。そもそも、受験がダメなんじゃないのか。そういう議論も出てきました。しかし、変えようと動いている人たち自身が、従来型の教育のなかで育った人たちばかり。心のどこかで改革なんてほんとうはできないのではないかと思っている。この改革のいちばんの難しさは改革者たちのマインドセットが追い付いていないということでしょう。
かきほめ:なるほど。何が変わるのかよくわからないというのは、そこに理由がありそうですね。教育を変えなければいけないことはわかっていても、その方向を教育界も手探りしているということなんですね。
矢萩先生:はい。そして、改革の一つの方向として「探究型学習」という言葉が出てきました。僕が「探究型学習」をはじめてもう25年になりますが、じつは「詰込み型教育」ではなく「探究型教育」へ移行すべきという提案はそれよりもずっと前からありました。
けれど、今や「探究型学習」を唱えた最初の人たちは、もうこの世にいなかったりします。だからこの言葉の真意が現場で理解されないまま宙に浮いてしまったんです。
僕のところに「来年からわが校で探究コースができることになりました。何をすればいいのか教えてもらえますか」という相談が来るのもそうした理由からです。
探究心は家庭で育める
矢萩先生:探究についてのシンプルな定義があります。
「探究」という言葉が日本に最初に入ってきたのは、おそらく、19世紀のアメリカの哲学者・思想家であるジョン・デューイの翻訳ではないかと思います。著作のなかでデューイは、『探究は「思考」とほとんど同義である』と言っています。
つまり、探究というのはかんたんに言うと「ちゃんと考える」ということなんです。
でも、ただ考えるだけでは十分な探究とは言えないと僕は思っています。「考えたことを振り返り、経験として落とし込む」。これが真の探究で、考えた以降の自分、未来の自分が変わらないと探究とは言えない。
「ちゃんと考えること」そして「振り返り、経験に落とし込むこと」の2点を探究のポイントとし、目下、いろいろな学校や塾にお伝えしているところです。
かきほめ:「ちゃんと考える」。そんなシンプルなことをこれまでの教育では置き去りにしてきたということですね。
矢萩先生:そうなんです。教育が、テストで点数を取るための逆算の学びになってしまっていた。考えなくても、正解を出せる方法を教えてしまった。
そして実は、これが子どもの学習へのやる気を削いでいるいちばんの原因でもあったんです。
僕は、10年以上、大手予備校で授業を担当していました。ですから、点を取るための教育、詰め込み型教育が子どもの学習へのやる気を奪っている現状を身をもって実感しています。
もちろん、点を取ることや、競争が好きでスイッチが入り、伸びていく子もいましたが、大多数の子がそうではない。
学ぶことの楽しさを知らないから、受験が終わったら勉強をしなくなってしまう。
このままではいけないと学校も民間の塾も、なんとか進む方向を変えようとしているところですが、すぐには変えられないと思います。だから当面は、探究型学習の実践の場は「家庭」なのではないかと僕は思っています。
かきほめ:親は責任重大ということですね……。
矢萩先生:難しく考える必要はないと思います。探究型学習というのは、個々の子どもの興味を見抜いて、そこに火をつけるということです。
子どもがどんなことが好きなのかよく知っているお母さんたちは、すでに探究型学習を実践していると言っていい。
一方で、1クラス40人もいる学校の先生たちにはそれが物理的に難しい。だから、家庭で子どもと一緒に学びながら着火ポイントを探していくほうが効率がいいのです。
僕は自分自身の講義は、最高でも12人までと決めています。
全員の興味を拾い、全員を主役にして、全員にフィードバックをするためには、ベテランの講師であってもそのくらいの人数が限界です。そういう授業をやっていると、子どもたちと対話が生まれ、お互いを分かり合うことができ、やる気の着火ポイントが見えてくるんです。
親子で「ニュース」を見て話そう
矢萩先生:子どもの学びを深める機会は家庭のなかにもたくさん転がっていると思います。一番かんたんな方法は「ニュースの推測と予測」です。子どもと一緒にニュースを見ながら、それがこの先どうなっていくかをお互いに話すんです。
「なんで、マスクがなくなっちゃうんだろう」「オリンピック、どうなるんだろうね」って。
かきほめ:なるほど、それなら日々の時間でできそうですね。
ふと、思い出したんですが、子どもが先日「空はどうして青いの?」って聞いてきたので、前のめりになって説明しようとしたんですけれど、そのときにはもう聞いていませんでした……。何がいけなかったんでしょうか。
矢萩先生:ハハハ。ありがちですね。理系の親御さんだと「光学的に説明するとこうで……」って始めてしまうんでしょうけれど、子どもが欲しいのは「解答」じゃなくて「応答」なんですよ。
「ほんとうだね、どうして青いんだろうね。でも、夕方は赤いよね」と返してやる。
「たしかに、赤いな……。なんでだろう」と子どもが思ったらこちらの勝ちです。
子どもへの応答のコツは二つあります。
ちゃんと最後まで子どもの言葉を聞くこと。そして、シンプルでコンパクトな言葉で返すこと。応答に困ったら「そうだね」「不思議だね」でいいんです。
親子がそれぞれに学びの目的をもとう
かきほめ:子どもの学ぶ意欲を引き出すため、親はどんなサポートをすればいいでしょうか。
矢萩先生:「学ぶ目的が大事」というのは教育の世界ではよく言われることです。でも、みんなの目的が同じである必要はないというのが、僕がいま探究しているアイデアの一つです。
むしろ、「同じ目的」を強要することが損失につながることもあります。家庭という狭い空間ではそれが特に起こりやすい。
ある子どもは、好きな本を読みたいがために漢字の勉強をしている。
ある子どもは、漢検で合格するために勉強している。
教師は、カリキュラム通りに進めたいから漢字を教える。
目的は違っても、リンクさえしていればいい。
親子関係にも同じことが言えて、お母さんは子どもに良い教育の機会を与えたいから勉強をさせる。子どもは、ただ自分がやりたいことをやるために勉強をする。
これが許容されていいはずなのに、親は、将来のためとか、受験のためとか、ついつい子どもにも同じ目的を持つことを強要してしまいます。
そして、そのことで、子どものやる気を削いでしまうことがあります。
学びとは、人が生み出した魔法である
矢萩先生:子どもには大人のような「決断力」や「思考力」はありません。でも「直感力」はあります。直感的にやりたい、おもしろそうと思ったことに、明確な理由もなく熱中することが多いです。
ですから、親は、大人目線ではなく、子ども目線の目標を確認し、受け止めてあげてほしいと思います。親のそうした態度が、深い学びを育む土壌になります。
かきほめ:親都合の期待や、学ぶ動機、学びへの姿勢を子どもに押しつけないということですね。子どもにすぐに火がつかなくても、あるいは「そんなことが好きなの?!」と思うようなことに情熱を持っても、受け入れる心の広さを持つことですね。
矢萩先生:学びへの情熱というのは、究極的には、人生に意味を感じたい、どうしたら意味を感じられるのかという個人的な葛藤から生まれてくるものだと僕は思っています。
学びをとおして、自分の周りで起こっている出来事に意味を与える。そして、一瞬先の未来のために過去を活かす。
学ぶというのは、どんな出来事をもプラスに変える魔法なんです。
後半に続きます。
【PROFILE】
矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
実践教育ジャーナリスト、知窓学舎塾長、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO、教養の未来研究所所長、聖学院中学校・高等学校学習プログラムデザイナー、探究型の中学「ラーンネット・エッジ」カリキュラムマネージャー
1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場で「パラレルキャリア×プレイングマネージャ」としてのキャリアを積む。15000人を超える直接指導経験を活かし「受験指導×探究型学習」をコンセプトにした統合型学習塾『知窓学舎』を運営、「現場で授業を担当し続けること」をモットーに実践教育ジャーナリスト・教育カウンセラーとしても活動を広げ、日本初の「バレエ×探究」を手がけるSHOW BALLET JAPANの監修顧問も務めている。代表取締役を務める株式会社スタディオアフタモードでは人材育成・メディア事業に従事し、ロンドン・ソチパラリンピックには公式記者として派遣。主宰する教養の未来研究所では「教養と豊かさ」「遊びと学びの方法的結合」「キャリア編集」をテーマとした研究を軸に、研修・コンサルティング・ブランディング・監修顧問を手がける。一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を目指し探究する独自の活動スタイルについて、編集工学の提唱者・松岡正剛より、日本初の称号「アルスコンビネーター」を付与されている。
テキスト・岡田寛子/撮影・今井美奈/イメージ写真・上野俊治
撮影協力・知窓学舎横浜本校