見出し画像

忘れられない愛模様『薔薇のない花屋』

テレビドラマの全盛といえば、トレンディドラマや『月9』というブランドが築き上げられ、軒並み25%~35%の高視聴率を誇った1980~1990年代だろうか。

その頃から30~40年ほどが経ち、録画視聴や見逃し配信といった多様な選択肢が増えた現在、今や視聴率は15%も取れれば大ヒットと捉えられるようになった。
 
だが、視聴率など作品の良し悪しを絶対的に評価するものでもない。それぞれが「どうしようもなく好き」だとか「どうしても忘れられない」と思えるものが、その人にとっての名作だといえるだろう。

2000~2010年代に学生時代を過ごした僕の場合、この頃に観たテレビドラマは数多く、そのひとつひとつが今でも大切な宝物だ。
その中でも、今回は心の岸辺に咲き続ける作品、『薔薇のない花屋』(2008年放送。脚本:野島伸司)を紹介したい。


昔からお人好しな英治には大切な人、瑠璃がいた。
しかし、瑠璃は一人娘、雫を出産した直後に命を落としてしまう。
 
英治は雫を男手一人で育て、8年が経ったある雨の日、英治が営む花屋の前で雨宿りをする盲目の女性、美桜と出会う。その出会いから、二人は次第に心を通わしていく。
だが、実は美桜は盲目のふりをして英治に近づいていた。その裏には、美桜が勤める病院の院長で、英治を憎む安西の存在があった。


主人公の英治を演じるのは香取慎吾。
当時、国民的グループの一員として活躍していた彼の出演作では、本作以外では2004年の大河『新選組!』が個人的に印象深い。同作は、僕にとって大河ドラマにハマるきっかけをくれた作品でもあった。
 
男くさい『新選組!』とは打って変わり、今回はサスペンス要素も含んだラブヒューマンストーリー。そんな役どころでも、彼は役に溶け込むように演じている。

特に、彼はどこか影のある役柄がよく似合う。気怠さの中にも、目の奥には何か秘めているような今作の主人公像がぴったりなほどに。
そして、大人びた演技や表情で作品を盛り立てる当時の彼が、今の自分と同い年というのにまた驚いてしまう。
 
驚くことはほかにもある。目の見えないふりをして英治に近づく女性を演じた竹内結子の芝居だ。
彼女が務めるのは、罪悪感を抱えながら安西の指示により英治に近づくも、どこまでも優しい英治に次第に心惹かれ、板挟みに苦しむ難しい役。でも、本心を打ち明けられない、そんな複雑な心理を映す芝居があまりにも卓越していて、観るたび心を揺り動かされる。表情や所作、声でこんなにも儚さを体現できる役者を、僕は彼女以外に知らない。

「あなたはまるで、花が咲くように笑う」英治が美桜に向けて言った台詞。
実際に彼女は、本当に花が咲くように笑うのだ。でも、その笑顔には憂いも含まれていて、そんな表情を見て思わず泣いてしまうくらい琴線に触れる経験を、僕は初めてした。

彼女の演技を観ていると、頭ではフィクションであるとわかっているつもりなのに、本当は実在する人物なのではないかと思えるくらい、つい感情移入してしまう。“演じている役を観ている”という感覚が消えることほど、ドラマの視聴者にとって幸せなことはないと思えた瞬間でもあった。


作品の根底に流れる、親子愛、友愛、かけがえのない人への愛。
アクションなどの過激で、瞬間的に、強烈に目を惹かれる場面は、もしかしたら本作にはないのかもしれない。でも、どんなに冷たい気持ちであっても、じんわり内側から温めてくれるような野島作品の特色が、本作にはいたるところに散りばめられている。

どうしようもなく疲れ切ってしまった時、僕はこの作品のことを思い出す。そのたび心を癒し、「この世界も悪くないもんだよ」と励ましてくれる。

 
ちなみに、あどけなくもしっかりした英治の娘、雫を演じた当時8歳だった八木優希は、2020年に放送されたバラエティ番組で、久しぶりに香取との再会を果たした。

香取が「雫、大きくなったね」と八木を抱きしめると八木は涙を流し、香取も涙を浮かべた。二人は共演以来、10年以上文通を続けていたそうだ。
八木は毎年香取の誕生日や、学校の入学日など折々に手紙を送っていて、香取から届いた手紙は嬉しくて自宅の机に飾っていると話す。そして、手紙の始まりは決まって「父ちゃんへ」だった。

『薔薇のない花屋』のように、二人には本当の親子以上の絆があった。そのエピソードが、僕の心をまたひとつ温かくしてくれる。
そんな、どこまでも愛に満ちた本作を、僕はこの先忘れることなどできないだろう。


いいなと思ったら応援しよう!

海人
皆さんから大事な大事なサポートをいただけた日にゃ、夜通し踊り狂ってしまいます🕺(冗談です。大切に文筆業に活かしたいと思います)

この記事が参加している募集