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短編小説

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#記憶

池袋12:30 (真夏)

その煙草の味を変えて見せます。 はあ。 いちごの香りがするかもしれません へえ。 僕ら三人は困惑している。 僕はそういう変人によく絡まれる。 宗教団体の勧誘ももちろん多数経験済みだ。 彼および、その後に二人いる女性は相手に警戒感を抱かせない為の あの「ちょうどいい」表情をしている。 その顔は僕もよくやるからわかる。 掴みは最高だ。俄然興味か好奇心が湧いてしまった。 そして、催眠だとか暗示だとかには大変引っかかりやすいと思われる単純な思考構造をしている僕が

【短編】荷物も、未来も、過去も、捨てられたらいいのに。

済みませんね、今日はメニューが一種類だけなんですよ。 どのような事情があったのかは知らないが、この汚い中華料理屋は今日、観測史上最大の客入りだ。 厨房では時折大きな炎が上がり僅か三名のアルバイトがひっきりなしに料理を供給し続けている。 テーブル、カウンタ、そして立ち食い。本来であれば15人程度のキャパシティしかない店内は300パーセント以上余計に充填された人間の呼気で酸素濃度が著しく低い。 特別美味くも不味くも無いはずのこの店がこんなことになってしまっている事に対する

【短編】左打ちの彼女。

彼女は僕を苗字で呼んだ。 誰だろう。 肩まで伸ばした髪。細い目。 見覚えがあるような気もするし、無いような気もする。 ただ、ここには見覚えの無い人間は現れないはず。 という事はどこかで会ってはいるが、忘れてしまっただけだろう。 豚の子供を抱えている。 床に降ろされたそれは直ぐに歩き出した。 部屋の四隅やテーブルの下、僕の足。一通り匂いを嗅ぎまわったあと、安心したのか部屋の中央に戻り、向かい合った僕達の目の前で猫のようにごろりと寝転がったあと、震えながらゆっくりと糞