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「愛とご飯と倫理」を描く、マンガ『一緒にごはんをたべるだけ』が素晴らしい。

 安全なレールに沿っていればそれなりの成果が得られるとしても、人は時にはその路線から外れたくなる。

 というわけで! 「まったく知らないし興味もなかったマンガをタイトルと表紙の印象だけで読んでみるシリーズ」第一弾です!

 大町テラス『一緒にごはんをたべるだけ』。

 ブックウォーカーに載っているあらすじを転載すると、こんな話。

料理教室講師のタキと料理雑誌編集者のレイは、家で一緒にご飯を作って、一緒に食べている。仕事の取材のためでもあるけれど、その時間も今では日常のひとつ。料理の過程を共に楽しめるし、美味しくて健康的な食事を追求したい! という気持ちも共有できて、二人で囲む食卓はとても特別なもの。この時間がずっと続きますようにと、二人とも願っている。しかし、そう願わずにはいられない理由が二人の間にはあるーー。おいしいとは何かを問いかける、愛とご飯と倫理のお話。

 思わせぶりですねえ。「そう願わずにはいられない理由が二人の間にはある」? うーん、何だろ。気になる。

 そういうわけで、とりあえず第一話を読んでみることにしました。

 おお、読み進めるほどにつのる微妙な違和感、何かが違う、どこかがおかしい、そんな隔靴掻痒の感覚がある一ページで「そうだったのか!」に変わり――このネタ、つまり「ふたりの間にあるこの時間が続きますようにと願わずにはいられない理由」、カンの良い人ならすぐに気づくのかもしれませんが、ぼくはまったくわかりませんでした。

 なるほど、これは面白い! 大当たりじゃん。やったね。

 しかし、これは困った。ネタバレなしでは何も語れないじゃないか。

 とはいえ、このネタをばらしてしまうのはさすがに鬼畜。Xにこういうことを書いている人がいるけれど、ほんとにその通りなんですよ。これは「第一話から順番に」読んでいくことが大切な作品。

 というわけで、まずはちゃんと上のリンクから第一話をお読みください。ここから先は「第一話を読んでいることを前提に」書きます。

 良いですね?

 行きますよ?

 そう――めちゃくちゃ仲が良い恋人同士のように見えるこのふたり、じつはふたりとも既婚者なんですね。

 かれには妻と子供がいて、彼女には夫がいる。それでも、どうしようもなく惹かれあっていってしまう。

 だけど、まだ肉体関係はないし、おたがいに自分の気持ちを言葉にして伝えあっているわけでもない。ただ「一緒にごはんをたべるだけ」。

 きゃー! 何でしょう、この、この、背徳感? いや、そうじゃない、そうじゃなく、どんなに赦されないとしても、認められないとしても、「やるせないほどに人を好きになってしまう」気持ちがめちゃくちゃ上手く描かれているんですね。

 これは良いマンガだね。素晴らしい。人がどうして人を好きになるのか? それはやっぱり、自分の感性なり体感なりが「合う」「なじむ」ことがいちばん大切なんだよなあとわかる気がします。

 「この人は善い人だから」とか「仕事ができて頼りになるから」とか、究極的には関係ないんですよね。自分にとって「合う」か、「合わない」か、それがすべて。

 で、「合わない」人と結婚してしまった後に「合う」人と出逢ってしまったら、それは悲劇ですよね。

 作者インタビューによると、この第一話が公開されたとき、「気持ち悪い」という意見が殺到したそうだけれど、それはまあそうだろうと思う反面、そういう「社会的に正しい」関係しか認めない感性の狭さってイヤだな、とも思うんですよね。

 社会はひとにさまざまな「正しさ」を圧しつけてくるけれど、ひとは本来、そういった「正しさ」を背負って生まれてくるものではない。

 正しくなくても、社会が許容してくれなくてもある方向へ流されることはありえる。

 その人間の地獄絵図にこそぼくは興味があるんだけれど、わが日本はそういう意味ではいたって許容範囲が狭いよな、と思いますね。

 不倫ものというと、ドラマ化された『あなたがしてくれなくても』とか、石田衣良の不倫小説『禁漁区』とか、いくつか思い浮かぶ作品があるのですが、この『一緒にごはんをたべるだけ』は「不倫未満」の関係を描いているところが良いですね。

 芸能人のセックススキャンダルへのきわめて神経質なバッシングを考えても、現代日本はどんどんピューリタン的な潔癖主義に向かっているように見えるので、「清く正しく美しい」ものしか認められない状況はこの先、加速していくのかもしれません。

 でもね、本来、人間ってめちゃくちゃで「何でもあり」だと思うんですよ。そういった人間性の一面を象徴するものがセックスであり、だから人間は面白いと思うんだけれど――道徳教育的にはよろしくない話なんですかね。

 まあ、ぼくは清くもなく、正しくもなく、美しくもないそういう人間が大好きな人だからなあ。

 作者さんもインタビューで書いているけれど、極度に「正しい」恋愛観しか許さないいまの社会って、どこか怖いですよね。

 ひとを一方的にジャッジして攻撃することの怖さ。

 まあ、そういう「正しい人たち」は一生をそのままに過ごせるのかもしれないけれど、しかし、たとえ安全なレールに沿っていればそれなりの成果が得られるとしても、人は時にはその路線から外れたくなるものなのだ(つながった!)。

 予定調和しかない「しあわせな」人生がほんとうにしあわせなのか、だれしも一度は考えてみても良いのではないでしょうか。

 とりあえず「まったく知らないし興味もなかったマンガをタイトルと表紙の印象だけで読んでみるシリーズ」第一弾は大成功! あしたかあさってあたり第二弾を発表するので、よろしく。

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