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いのちの削ぎ落とし

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短編、掌編小説など。
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2020年6月の記事一覧

掌編「磔の女がいる部屋」

掌編「磔の女がいる部屋」

※本文は投げ銭制です。全文読めます。

 目をつぶりながら、おれは千春の奥にある指を動かし続けている。

 オレンジ色の残光が、瞼の裏に残っている。それは日によってかたちが変わる。ある時はうさぎだったり、ある時は壊れたコップだったり、ある時はいつかどこかで出会った、でももう思い出せないひとだったり。でもたいていはぼんやりした、水ににじんだ絵の具みたいな影に過ぎない。今日は、そうだ。

 耳に、千春

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詩「みんな、おれより先に死んでいく。」

※本文は投げ銭制です。全文読めます。

みんな、おれより先に死んでいく。

腎臓が片方つぶれ、

心臓も不規則な動悸を起こし、

一日に七回も薬を食らい、

尿道に管を突っ込んでしか小便をできない、

こんなぼろぼろの、半分棺桶に鶏がらのような細い脚を突っ込んでいる、

おれより先に死んでいく。

Wさん、なんでおれより先に死んだ。

職場に入りたての頃、手取り足取り仕事を教えてくれて、

時には

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掌編「名前をつけよう」

「わー、かわいー」

梱包をといた車いすをみるなり、千春ははしゃいだ声をあげた。

三ヶ月前から、なじみの補装具業者に頼んでいた彼女の新しい車いすがようやく届けられた。桃みたいなピンクのフレーム。ぴしっとした黒い背もたれや肘掛け。きらきらのスポーク。溝がくっきりとしたタイヤ。

「やっぱ新しいのはちがうよな」

ぼくもしげしげと眺めてから、隣にある自分の車いすをみた。もうメタリックのブルーのペイン

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