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チェンバロ名盤紹介(9):ブランディーヌ・ヴェルレのルイ・クープラン全集

Blandine Verlet – Les Piéces de Clavessin de Mr. Louis Couperin - Tome I (Astrée, 1987)

1987年から1992年にかけて全5巻のCDでリリースされたルイ・クープランのクラヴサン曲全集。ただし、第1集(1987)と第2集(1990)の間が開いていて、第1集だけ明らかに音質が違います。まあ、彼女のフランソワ・クープラン全集に比べればどうということもありませんが…

楽器は一貫してコルマーのルッカース(1624)を使用。「ハンス・ルッカース2世」などとややこしい書き方をしていますが、要するにヨハネス・ルッカースのことです。

この辛口の名器を、ほとんど素の1/4コンマ・ミーントーンで調律しているらしく(若干違うようですが)、初期バロックらしい鄙びたサウンドはヴェルサイユ楽派のクラヴサン音楽には異例の選択。現在でもこんなことをする人はまずいないでしょう。そしてヴェルレの演奏もレオンハルトとは別のベクトルで非常に癖の強いもの。病みつきになる人多数。

実はヴェルレは1972年にもアンリ・エムシュ(1754)でルイ・クープランを録音しているのですが、こちらは音も演奏もあっさりしていて少々物足りないですね。普通にイネガルしていたりするのは興味深いのですが。

Blandine Verlet – Louis Couperin: Pièces De Clavecin (Telefunken, 1972)

ルイ・クープランのクラヴサン曲は、個々の舞曲をカタログ的に素っ気なく収録した「ボーアン写本」がメインソースになります。現代に演奏する際にはそこから適宜選んで組曲を編むことになるので、その採択が注目されます。

ただし、第3集の最後のイ短調の4曲からなる組曲「OLDHAM」は例外で、これはオールダム写本にこの様な組曲の形で載っているもので、おそらく作曲者本人に由来する組曲であると考えられています。当時、オールダム写本はまだ非公開であって、この曲目が聴けるのはこのCDだけでした。

Blandine Verlet – Les Piéces de Clavessin de Mr. Louis Couperin - Tome III (Astrée, 1992)

そして、ルイ・クープランといえば、何といっても「無拍の前奏曲プレリュード・ノンムジュレ」。この答えのない謎を秘めた抽象画を、ヴェルレはまったく自らの内から出てきたかのように淀みなく描き出します。

個性的でありながら典雅に薫り高い《フローベルガー氏の模倣によるプレリュード》。《ブランロシェ氏のトンボー》を含むヘ長調の組曲は珍しく小プレリュードを添えて哀悼の鐘は破調にて打ち鳴らされます。そして第1集を締めくくる《パッサカーユ ト短調》の雄渾にして高雅な演奏は余人の及ぶところではなく。

「組曲」としては第4集にあるニ短調の《3つのサラバンド》が秀逸。実際ニ短調のサラバンドはやたらとあって余るために、全集となるとこういうものができてしまうわけですが、ここではサラバンド3つだけで最初からこのために作曲されたかのような見事な組曲を作り出しています。

そして、いかなる組曲も拒絶する孤高の《パヴァーヌ 嬰ヘ短調》は第2集に。胸を抉る腐り落ちるような和音、息苦しいほどの橙色に染まる黄昏。歪める真珠。

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