マリー・アントワネットのピアノ(189)
この有名な逸話は、モーツァルトの妻のコンスタンツェの再婚相手であるゲオルク・ニコラウス・ニッセンのモーツァルト伝に書かれているもので、モーツァルトに纏わる山ほどの胡乱な伝説の中では割と由緒正しいものと言えます。
1762年10月13日の午後3時から6時にかけて、モーツァルト一家がシェーンブルン宮殿にてフランツ1世とマリア・テレジアの御前で演奏を披露したことは事実で、もちろんマリー・アントワネット Maria Antonia Josepha Joanna von Österreich-Lothringen (1755-1793) もそこにいました。彼女はモーツァルトよりも2ヶ月だけ年上で、当時同じく7歳でした。
1778年にモーツァルトがパリを訪れたとき、生憎ながら王妃は妊娠中で面会は叶いませんでしたが。
輿入れ直前のアントニア皇女を描いたこの肖像画は「スピネットの前のマリー・アントワネット」と呼ばれていますが、鍵盤を見るにこれは画家の空想上の楽器でしょう。楽譜は3/8拍子のアンダンテと読め、ギャラント式のソナタのようですが、ちょっと心当たりがありません。
マリー・アントワネットは勉強嫌いで、少女時代はろくに読み書きもできないほどでしたが(家庭教師のヴェルモン神父曰く「一般に考えられているよりは賢い」)、音楽には才能を示し、ハープ、フルート、クラヴサンを嗜み、作曲もしています。
パリの流行を体現する彼女は、もちろんピアノも弾きました。マリー・アントワネットが所有していたセバスチャン・エラール(1752-1831)製作のスクエア・ピアノが現存します。これは革命後に売りに出されたところをエラール本人が買い取ったものです。
ストラスブール出身のエラールは、メルケンと並ぶフランスのピアノの開拓者で、王室からも数々の注文を受けました。この楽器は王妃に相応しい精巧な仕上がりですが、アクションについては、後にダブル・エスケープメントの発明でピアノ史に名を刻むエラールながら、この時はツンペ式の模倣に留まります。彼はマリー・アントワネットのために他にも特別な移調式ピアノを製作したといいますが、残念ながら現存しません。
モーツァルトは6ヶ月2000リーヴルでヴェルサイユの王室礼拝堂のオルガニストの職を打診されるも、これを蹴っています。1世紀前であれば音楽家として最高の栄誉であった「王のオルガニスト」の地位も、もはや若い音楽家にとって魅力あるものではありませんでした。
ちなみに1693年にフランソワ・クープランが就任した際は、4人の持ち回り制で、3ヶ月の報酬が600リーヴル。物価の上昇を考えれば大分目減りしているとはいえ、それでも2000リーヴルはかなりの高給であったはずです。もっとも例の「首飾り事件」のネックレスは約160万リーヴル相当であったといいますが。
1789年7月14日、財務総監ネッケルの罷免に激怒したパリ市民が圧政の象徴たるバスティーユ監獄を襲撃してフランス革命が始まりました。
王室との繋がりによって出世したエラールは逆に窮地に陥り、ロンドンに移住を余儀なくされますが、彼はそこでハープの改良において成功を収め、やがてまたパリに帰ってきます。
この時ウィーンのモーツァルトは借金の無心でそれどころではありませんでした。こんな手紙3行も読めば捨てたくなりますが、よくも残っていたものです。ちなみにこのプッフベルク氏はモーツァルトのレクイエムの依頼主であるフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵とも知り合いで、おそらく彼が伯爵にモーツァルトを紹介したのでしょう。
1793年1月21日にルイ16世が断頭台に上り、同年10月16日にマリー・アントワネットも運命を共にします。
彼女の最後の言葉は、壇上で死刑執行人のサンソンの足を誤って踏んでしまった際の「御免なさい貴方、わざとではないの (Pardonnez-moi, monsieur. Je ne l’ai pas fait exprès)」というものだといわれています。
これの初出はオラス・ド・ヴィエル=カステル『マリー・アントワネットとフランス革命』(1859)で、ただしこちらでは単に「御免なさい、貴方 (Je vous demande pardon, monsieur)」とされており、カステルはその情報源として、昔サンソン本人から話を聞いたという人の手紙を載せています。「パンがなければ」の方は彼女の言葉でないことが明らかですが、こちらは多少は信憑性があるでしょうか。
デュセック Jan Ladislav Dussek (1760-1812) は、若い頃マリー・アントワネットの寵愛を得ていましたが、彼もエラールと同じく革命が始まるとロンドンに避難することになりました。その彼は王妃の処刑に際しピアノ独奏のための描写的な組曲《フランス王妃の受難 Op. 23》を上梓しています。
1. 王妃の監禁、2. 栄華の回想、3. 子供たちとの離別、4. 死刑宣告、5. 運命の甘受、6. 処刑前夜の状況と反省、7. 行進、8. 暴徒たちの野蛮な騒乱、9. 死を前にした王妃の全能の神への祈り、10. 神格化。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?