三島芳治【児玉まりあ文学集成】
「ムンガスジーホコ症候群」という病気をご存知だろうか。
というと、恐らくは誰も知らないと思われる。何故ならこれは私が今適当に作った症候群、言葉であり、そんなものはこの世に存在しないのである。少なくとも現時点では。
だが三島芳治【児玉まりあ文学集成】の児玉まりあは、笛田くんとのしりとりの中で咄嗟に「リタタリウム」なる存在しない言葉を創り出し、言葉に追随するように、その三日後に遠い国で「リタタリウム」という新たな元素が発見されるという状況を引き起こす。そして言う、「それが文学よ」と。
なるほど優れた文学、あるいは言語表現は、未知の概念に輪郭を与える、どころか時にはゼロから創造してしまう力があるのかもしれない。私に力があれば、ここで記述したことによって「ムンガスジーホコ症候群」なる珍妙な病がパプア・ニューギニア辺りで発症・流行してしまう可能性もなくはないのだ。
【児玉まりあ文学集成】は文学的な漫画というか、上述ような言語表現・世界認識に関する思索・議論を主軸としている漫画であり、思索の内容自体にはそこまで目新しさはないものの、それを展開・処理する手際がよいというか、漫画として激烈に面白くなっている。
「静寂と浮遊感ただよう作風に、とびきりのポップさが加わった新境地。」というのが本作の惹句であり、一読した印象もまさにその通りで、思索的な割にはくどくない。思索を塊としてぶつけてくるのではなく、児玉さんと笛田くんを中心とする軽妙なやり取り・エピソードに落し込んでいるからだろうか。 版画のような、擦れた黒のような色味の絵柄もとても好みで、全体的に柔らかい印象を残してくれる。架空の言葉を創出した理由も、「笛田くんとの会話を終わらせたくなかった」という、お前は恋する文学乙女か。と言いたくなるようなとてもキュートなもので、二人の関係性の行方も見逃せない。 光用千春の【コスモス】と並んで、四月は素晴らしい漫画を読むことができて嬉しい。