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秋吉理香子『殺める女神の島』第1章丸ごと試し読み【1/6】

女子高を舞台にした『暗黒女子』で女子高生たちのキラキラな「嘘」に彩られた世界を描いた秋吉理香子さん。
新刊『あやめる女神の島』は、女子高生モデルからコスメ会社経営のアラサーまでの七人の女性が登場し、連続殺人が発生する孤島で「嘘」を暴かれていくというミステリです。
第1章の最後、衝撃の展開で終わるところまでを特別に公開します!

あらすじ

リゾートアイランドに集められた、外見と内面の美を競い合うコンテストの最終候補者。メンバーは女子高生モデル、経営者、小説家、医師、シェフ、インフルエンサー、大学院生の七人。これから二週間、互いを知りながら、高め合いながら、助け合いながら、最終選考の準備を行う。その日々を見守ってグランプリを決めるはずだった主催者が、二日目の朝、瀕死で見つかった。次々と殺人が起きるなか、巧妙に隠された参加者たちの「嘘」も明らかになっていく――。この中で、一番嘘つきの殺人鬼は誰? 最高に後味の悪いイヤミス長編!


『殺める女神の島』試し読み【1/6】

〈ミューズ・オブ・ジャパン募集要項〉
 ○十八歳から三十二歳の独身女性
 ○日本国籍を有すること
 ○結婚、出産経験がないこと
 ○心身ともに健康であること
 ○身長百六十五センチ以上であること
 ○タトゥー、ボディピアス、豊胸手術を行った方の応募はご遠慮いただいております


プロローグ


 灰色の空からは容赦なく雨が降り注ぎ、海は荒々しい波を立てている。視界が悪い中、船員は必死で目を凝らして双眼鏡をのぞき込んでいた。やがてレンズの片隅に、赤い色が浮かんで消える。もう一度見る。間違いない。
「ボートを発見しました!」
 船員が緊迫した声をあげると、救命艇のそう室は騒然となった。モルディブから二百キロほどの海域から救助信号を受信し、捜索していたところだった。
「甲板に人が倒れているのが見えます。一名かと思われます」
「よし、これより救助へ向かう」
 船長の声に、船員がボートの方へかじを切る。荒い波間に、ボートが一艘、木の葉のようにほんろうされていた──


第一章


「見て! リゾートアイランドよ!」
 パノラマウィンドウから見える景色に、誰かが歓声を上げた。
 クルーザー船内とは思えないほど豪華にしつらえられた空間でシャンパンやフルーツを楽しんでいたわたしたちは、グラスを持ったままサンデッキへと走り出た。もちろん全員、日焼け対策として大きな帽子やサングラス、そして羽織るものは忘れていない。
 サンデッキからは、どこまでも続くサファイヤブルーの海が見渡せた。船首からきらきら光る飛沫しぶきがあがり、その先に小さな島が見える。
 ──ああ、ついに来たのだ。
 気持ちの良い潮風に髪をなびかせながら、わたしはシャンパンに口をつけた。ほろ酔いで火照った頰に、潮風が気持ち良い。サンデッキを見渡すと、他の女性もそれぞれドリンクを楽しみながら、優雅なポーズで島に見入っている。
 わたしを含めた七人の女性は、ビューティーコンテスト『ミューズ・オブ・ジャパン』のファイナリストだ。書類選考である一次審査に合格した三十名が東京に集められ、二次審査として一流ホテル内の会場でウォーキング審査と水着審査が行われた。そこで勝ち抜いた七名が、わたしたちなのだ。
 二次審査が終わるとすぐにマスコミによる写真撮影とインタビューがあり、そのあとは児童養護施設への慰問、献血と骨髄ドナー登録の呼びかけ、ドメスティックバイオレンス防止活動、紛争地に暮らす子供たちへの募金活動など、何件ものチャリティイベントに駆り出された。互いに名乗り合うくらいの時間しかなく、ただあちこちで一生懸命イベントのアピールをし、ホテルの部屋で泥のように眠り、そして今日、クルーザーに乗り込みリゾートアイランドへと向かっている。ビューティーキャンプと呼ばれる美の特訓合宿が行われるのだった。
 それぞれ身長が百七十センチ前後という、迫力のあるボディ。時代の傾向として全面的に『ぼう』を選考基準としてはいないが、それでも全員美人の部類に入るだろう。そんな女たちがサンデッキで笑いさんざめく様子は、確かに美の女神たちが無邪気にたわむれているように見えるかもしれない。
 モルディブからクルーザーで五時間の旅。クルーザーとは言ってもラウンジの他にジャグジーバスもあり、スイートルームが四部屋もある海上の洋館だ。五時間の船旅で退屈させないようにピンボールやダーツなどのアーケードゲームもあり、キッチンではミシュランシェフがキャビアなど高級食材をふんだんに使ったオードブルをいくらでも作ってくれる。もちろんバーカウンターには世界各地からの高級酒が揃っているし、ソムリエがオードブルと女性たちの気分に合わせたワインを自由自在に見繕ってくれる。
 すっかりスポイルされてしまいそうになるが、わたしたちはあまりお腹を満たすわけにはいかない。島に着いたらばんさん会が催されるからだ。
 クルーザーが近づくにつれて、わたしたちに向かって歓迎の両手を広げるかのように、白い砂浜が広がっているのが見えてくる。砂浜から小高くなった場所に、白亜のヴィラがあるのも。新しく開拓され、開発されたばかりの無人島。オーナーがこのコンテストの主催者であり、二週間のビューティーキャンプのあとに開催されるファイナルステージが、大々的なオープンイベントとなる。つまりわたしたち七人は、記念すべき最初のゲストなのだ。
 クルーザーが徐々に速度を落とし、透きとおった海へ突き出した桟橋へと、ゆっくりと着岸した。つい最近まで未開の地だったこともあり、圧倒的な大自然が残っている。
 クルーザーが停止すると、一人、また一人と桟橋へファイナリストが降り立っていった。ゴージャスなネイルが施されたつまさきを見せびらかすようなサンダルやミュールが、まだ真新しい桟橋に高い音を響かせて砂浜へと向かう。しかし砂浜へ着いた途端、サンダルやミュールは脱ぎ捨てられることになった。あまりにも砂が白くて、やわらかかったから。きめ細かな白砂糖のようで、素足で歩いてみたいという誘惑に、わたしたちは勝てなかった。
「なんて気持ちがいいの!」
 わたしは思わず叫んだ。ハイヒールでの移動で疲れていた足を、ほどよく熱された砂がさらりと包んでくれる。砂浜ではしゃぐわたしたちを微笑ましげに見ながら、クルーザーからは次々とスタッフが下船し、ヴィラへと向かっていく。
「最高ね。泳ぎたいくらいだわ」
 神奈川出身のまいが、つややかな黒髪をなびかせ、歓喜の声をあげた。クルーザーの中でやっと互いに話す時間ができ、その時にいくつものミスコンで優勝しているタイトルホルダーであると教えてくれた。肌が輝くように白く、目鼻立ちが整っていて真っ赤な唇がほどよく肉感的だ。さすがタイトルホルダーだけあって、この女性たちの中では一番目をきつける。
「泳ごっか。水着、バッグに入ってるよ」
 姫羅ていあらがワンピースのファスナーに手をかける。ティアラという、いわゆるキラキラネームからも察せられる通り、この七人の中では一番若い十八歳で、岡山から来た現役女子高生のモデルだ。二次審査で初めて顔を合わせた時、金髪とやたら目元を盛ったギャル風メイクに驚き、そして「こんな子がファイナリスト?」とまゆをひそめた。が、すぐに姫羅が選ばれた理由がわかった。
 姫羅は顔が小さく九頭身で、手足が長く、それでいてバストが豊満という、かんぺきなプロポーションを持っていた。まだ成熟しきる前の、はつらつとしたさわやかな色気があり、まぶしいほどの笑顔で見る者を惹きつける。二次審査では上品でせいで、同じような話し方やふるまいをし、似たような顔ぶれの女性たちが多かった。そんな中、言葉遣いも女子高生そのもので、しぐさも洗練されていない彼女は新鮮かつ個性的で、確かにこんな「次世代のミューズ」が誕生してもよいのではないか、と思わせた。
「いいね。わたし、クルーザーに乗るって聞いてたから、れてもいいように下にビキニを着てきたんだ」
 まりあは思い切りよくTシャツを脱いだ。美人ヨガインストラクターで、SNSで自身のチャンネル『まりあヨガ』に百万人のフォロワーを持つインフルエンサーでもある。彼女が動画で着用する衣装や使うメイク道具、エクササイズグッズは何億円もの売り上げをあげ、業界では「まりあ売れ」と呼ばれているらしい。わたしも『まりあヨガ』を観て休日にヨガをしていたので、このコンテストで彼女に会えた時は感激した。
「泳ぐですって? バカなこと言わないでよ」
 はしゃぐ女性陣に遠慮なく水を差したのはエレナだ。よくよく見れば、彼女だけ素足になっていない。
 アメリカ育ちの医師で、髪を巻いたり結ったりゴージャスに見せようとしているファイナリストの中で唯一のショートボブ。化粧っ気もあまりない。けれども小さく整った輪郭の中にきれいなアーチ形の眉や理知的な光を宿した目、厚すぎず程よくなまめかしい唇がバランス良く収まっていて、顔立ちは七人の中で一番美しいと、わたしは個人的に思う。
「でも少しくらいやったら、ええんとちゃう? 誰もおらんし」
 甘えるように首をかしげたのは京都出身のシェフ、きようだ。実家は京野菜を生かした料理を提供するイタリアンレストランで、「京都生まれの『京子』って、単純すぎてありえへんやろ?」と、クルーザーで話した時に嘆いていた。色白で、目は切れ長で黒目がち、そしてはんなりとした京都弁。こんな和風美人に見つめられたら、同性のわたしでもどぎまぎしてしまう。
「ダメよ。さっさと行きましょう。晩餐会のために準備もしなくちゃいけないんだから」
 エレナは硬い態度を崩さず、さっさと砂浜をサンダルのまま進み始めた。
「あーあ、つまんないの」
 姫羅はファスナーをあげ、まりあはTシャツを着直しながらエレナの後をついていく。他のみんなも、それに続いた。
 少し歩くとゴルフカートがやってきた。運転手は停車すると、降りてうやうやしくお辞儀をする。
「みなさま、ようこそいらっしゃいました。ヴィラへお連れいたします」
 四人乗りのカートが前後二台に連結されていて、わたしたちは全員収まった。広い砂浜を、カートがそうかいに駆け抜ける。なにもかもが映画のワンシーンのようだった。
 白い砂浜を抜けると舗装された道路に出た。赤や紫、だいだい色の珍しい南国の花が、両側に咲き乱れている。なんという美しい島だろうか。まさに地上の楽園だ。うっとりと酔いしれているうちにカートはヴィラの敷地内に入り、あかれんのロータリーをぐるりと回って建物の前に停まった。
 南国のヴィラでよく目にするのはかやぶき屋根だが、この島のヴィラは南フランスやエーゲ海などのリゾートを思わせるような、モダンでスタイリッシュな白亜の建物だった。二階建てのようだが横に広く、かなりの面積がありそうだ。カートが停車した場所から入り口まではレッドカーペットが敷かれており、それがまた女性たちの気分をあげた。
 レッドカーペットの先で、ゴルフカートを降りた運転手が重厚なマホガニーのドアを開けてくれる。ヴィラへ足を踏み入れたみんなは、ほうっとため息をついた。
 壁には大きな窓ガラスがはめ込まれていて、エントランスから一気に海まで見渡せる開放的な造りになっている。真っ白い大理石の床の上には、海と同じサファイヤブルーを基調としたヴェルヴェットのソファが置かれている。れていると、黒いスーツにちようネクタイをつけた男性が近づいてきた。
「ようこそ。本日のみとなりますが、メートルDとして、みなさまのお世話をさせていただきます」
 そう言うと、彼は深く頭を下げた。
「メートルDってなんだろう」
 小声でわたしがつぶやくと、舞香が耳打ちして教えてくれた。
「おもてなしの責任者ってこと」
 執事のようなものだろうか。あえてメートルDと呼ぶところに、特別なものを感じる。
「一階にはバンケットルーム、サロン、ジム、スパ、サウナがございます。海に面したインフィニティプールが自慢でして、絶景をお楽しみいただければと思います。客室は二階、もちろん全室オーシャンビューです」
 メートルDが説明し、わたしたちにかぎを渡した。
「こちらがお部屋の鍵になります。お荷物はすでにお運びしていますので、ごゆっくりおくつろぎください。晩餐会は十八時からとなります」
 渡された鍵を持って、わたしたちは二階に上がった。エントランスのソファと同じ色のサファイヤブルーのカーペットが敷き詰められた廊下には、ベルガモット系のアロマオイルの香りが品よく漂っていた。壁用シャンデリアが控えめに客室のドアを浮かび上がらせている。
「じゃあ、あとでね」「はあい」「お疲れ様」
 みんなが、それぞれの部屋に入っていく。わたしも鍵を開けて部屋に入った。二十畳ほどのオーシャンビューの部屋だ。てんがい付きベッドの上にはブーゲンビリアの花束と共に「Welcome, Ms. Misaki Kimijima」とカリグラフィーで手書きされたカードが置かれている。
 スーツケースは、ベッドサイドに置かれていた。わたしのスーツケースは、全部で四個。書類審査に合格したという知らせが来てから慌てて揃えたドレスなどが入っている。二次審査にも合格すれば、そのままビューティーキャンプへ参加できるということだったので、ドレス以外に普段着や洗面用具なども詰め込んできた。ファイナリスト発表後、肩を落として大きなスーツケースを引きずって帰ることになった参加者を見ながら、なけなしのお金で揃えたものが無駄にならなくてよかった、とあんした。
 参加者の荷物は多い。ドレスはかさるものもあるし、そうでなくてもしわになるのを避けるため、基本的に一着につきスーツケースひとつが必要だ。普段着も気を抜けないから毎日違うコーディネートを準備してきているし、それぞれに合わせた靴やハイヒール、アクセサリー、バッグもある。他にはメイク道具にハンディエステ、筋力トレーニング用のダンベル、こだわりのバスグッズにヘアケア用品、ボディクリーム、などなど。
 わたしのドレスは一着五、六万円のものが三着。靴や普段着、化粧品もブランド品ではない。それでも事務の派遣社員をしているわたしには精いっぱいだった。貯金もほとんどなく、一人暮らしのマンションの家賃を払ってぎりぎり生活ができる程度。わたしが小学生の時に自営業をしていた父親が亡くなって以来、ぜいたくな暮らしには縁がなくなった。今回の支度も、ファイナルに進めなければ寮付きの仕事を探す覚悟でマンションを解約して狭い実家に戻り、返ってきた敷金でまかなったくらいだ。
 そんなわたしは四個のスーツケースでも多いと思っていたが、これまで国内外たくさんのコンテストに出場し、タイトルホルダーでもある舞香は、なんと八個も持ってきていた。舞香は大学院生だが、通う大学のミスコンでの優勝に始まり、国内だけでもミス・和装やミス・ジュエリー、ミス・ビューティフルヘアなど多くのコンテストで優勝、または入賞してきた。その度に賞金や海外旅行、ドレスや化粧品、エステの会員権などの豪華賞品を受け取ってきたらしい。姫羅から「ミスコン荒らしじゃん」とからかわれると、「そんなつもりないわ、誤解よ」と困ったように微笑んでいたが。
 そんな舞香によると、この『ミューズ・オブ・ジャパン』は「いたれりつくせり、破格待遇のコンテスト」であるらしい。

▶ 試し読み【2/6】へつづく


『殺める女神の島』試し読み記事まとめ

書誌情報

書名:殺める女神の島
著者:秋吉理香子
発売日:2024年05月31日
ISBNコード:9784041144794
定価:1,760円(本体1,600円+税)
総ページ数:232ページ
体裁:四六判
発行:KADOKAWA

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