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【「ゆる言語学ラジオ」水野太貴の疑問(後編)】世界的に著名な心理言語学者・ビオリカ先生に聞いてみた

後編:【「ゆる言語学ラジオ」水野太貴の疑問】ビオリカ先生、名古屋方言と東京方言を話せる僕は実質バイリンガルですか?

『言語の力』(KADOKAWA)を上梓した心理言語学者ビオリカ・マリアンさんに水野太貴さんが聞き手となる「言語インタビュー」の後編は、方言について。方言話者の頭のなかはどうなっているのか? 方言もまた言語なのか? などについてお二人が縦横無尽に語ります。

>(前編)はこちら

文=皆川ちか 写真=野口彈


2つの方言を話せる人「バイダイアレクト」

水野:インタビューの前編で、ビオリカ先生がミュージシャンや数学者や詩人もバイリンガルだとおっしゃっていたのが非常に興味深かったです。では方言はどうでしょうか? 

ビオリカ:方言! 私は先日長崎県の「五島、ひと夏の大学」というイベントに出席したのですが、五島の言葉は面白いですね。同じ日本語なのに東京の言葉とはだいぶ違う。まるで別の国の言葉のようでした。

水野:僕もこうして東京方言を話しているのですが、出身は愛知県の尾張地方なんです。名古屋方言もまたけっこう特徴的だといわれています。

ビオリカ:例えばどんな特徴がありますか?

水野:日本語は母音が「あいうえお」の5つということになっていますが、これは実は地方によって数が異なりまして。名古屋方言は日本語のなかで最多の8つの母音があるんです。具体的にどういうことかと申しますと、母音の「あ」と「い」が連続すると曖昧母音「ᴂ」になる。「だいがく(大学)」を「でゃーがく」と発音するんです。面白いことに、普段は東京方言を話していても、話そうと思えばすぐに名古屋方言がでてくるのはどうしてだろうと思っていて。

ビオリカ:きっとそれは日常では第二言語を使って生活しているバイリンガルが、それでも母語を忘れないのと同じですね。名古屋方言と東京方言、2つの方言を話す水野さんはバイリンガルならぬ、バイダイアレクトというところね。
*方言は英語で「dialect(ダイアレクト)」

水野:すごくお酒を呑んで意識がもうろうとしていても、名古屋方言がするするでてくるんです。

ビオリカ:まさにそういう実験があるんですよ。様々な状態での、それこそ酔っているときの記憶力を調べてみるという実験です。

水野:ビオリカ先生、被験者にお酒を呑ませたのですか(笑)

ビオリカ:私ではなく、別の研究者がね(笑)それで分かったことは、酔ったときに経験したことや憶えたことは、素面のときよりも酔っているときの方が思いだしやすくなるということなんです。これは状態依存記憶と呼ばれています。そして、ある言語を使っている状態で憶えたこともまた、その言語を使っているときに思いだしやすくなるんです。こちらは言語依存記憶といいます。

水野:じゃあ僕の場合は、名古屋方言を使っているときに憶えたことは、名古屋方言を話しているときに思いだしやすくなるという……。

ビオリカ:バイリンガルの方もそうですね。母語で経験したことは、母語を話すときに最も鮮明に思いだせる。

モノリンガルよりバイリンガルの方が記憶力や認知機能が高いのか

水野:ビオリカ先生は音楽も「言語」であるとおっしゃいました。では、音楽をやっている日本語話者と、音楽をやっていない日本語話者で実験をしたら、同じ日本語話者なのに結果は違ってくるかもしれないということでしょうか。

ビオリカ:ええ。数年前にモノリンガル(単一言語話者)とバイリンガルと、モノリンガルの音楽家とバイリンガルの音楽家の4種類の方々に被験者になってもらったことがありました。自分にとっていらない情報を抑制する能力を調べる実験です。その結果、バイリンガルと、モノリンガルの音楽家とバイリンガルの音楽家は、モノリンガルよりも成績がよかったんです。

水野:『言語の力』にも書かれてありましたが、やはりモノリンガルよりバイリンガルの方が記憶力や認知機能が高いのでしょうか?

ビオリカ:あらゆる記憶についてそうであるというわけではなく、どんな言語を話すかによって何を優先的に憶えているかが決まってくる、という感じですね。もちろんバイリンガルもモノリンガルも加齢と共に脳は劣化します。その劣化した部分を補う方法を、バイリンガルはモノリンガルより多く持っているとはいえましょう。ただしこれは規則的な運動や、栄養バランスのいい食事をとることと同程度の補いです。

水野:新たな言語を学ぶのは間違いなくいいことなのですが、日本は島国で、ほとんどの人が日本語を話しています。ヨーロッパなど他国と地続きでつながっている国々のように、様々な言語が日常的に飛び交っているわけではない。そのため、そうした西洋諸国のバイリンガルと日本人のバイリンガルを一緒くたに扱えないような気もします。

ビオリカ:なるほど。だけど日本語を話す人が極めて大多数である分、日本語の方言はとても幅広く複雑ですね。私は最近、方言にも言語、すなわち外国語と同じような効用があるかどうかの実験も行っています。異なる言語同士以上に、同じ言語内の方言同士の方が違いが大きい場合もあります。それこそ東京方言と五島方言のように。自分は日本語しか話せないモノリンガルだと思ってらっしゃる日本人の方でも、方言を話せるのであれば、バイリンガル的な脳の働きを無意識のうちにしているのではないでしょうか。

水野:じゃあ、僕は実質バイリンガルと考えていいのでしょうか?

ビオリカ:はい、水野さんはバイリンガルです(笑) そう、外国語も方言も音楽も「言語(コード)」なのですよね。様々な言語を持つことは様々な思考を身につけることでもあって、新しい言語を知ると、新しい自分を発見します。それにより世界の見方も変わってくる。だから言語って面白いんですよ。

水野:まったく同感です。今日はどえりゃあ楽しい対談、ありがとうございました。今のは少々名古屋方言を入れました。


プロフィール

ビオリカ・マリアン(Viorica Marian)
ノースウェスタン大学ラルフとジーン・サンディン寄付基金教授。コミュニケーション科学と障害学部、および心理学部の教壇に立つ。2000年から同大学の「バイリンガリズムと心理言語学研究室」で主任を務める。母語はルーマニア語で、ロシア語はほぼ母語と同等に話し、英語も堪能。アメリカ手話、広東語、オランダ語、フランス語、ドイツ語、日本語、マンダリン、ポーランド語、スペイン語、タイ語、ウクライナ語など、さまざまな言語の研究に携わってきた。アメリカ国立衛生研究所、アメリカ国立科学財団、ノースウェスタン大学、その他民間財団の援助を受け、バイリンガルの言語処理の構造と、複数の言語を話すことが認知機能、発達、脳に与える影響に関する研究を行っている。『言語の力 「思考・価値観・感情」なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?』(著者 ビオリカ・マリアン、監訳・解説 今井むつみ、訳 桜田直美/KADOKAWA)が好評発売中。

水野 太貴
1995年生まれ。愛知県出身。名古屋大学文学部卒。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、YouTube、Podcastチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める。共著に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(著者 堀元見、 水野太貴/あさ出版)。言語学者・認知科学者からも注目を集めている新刊『きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集』(著者 水野太貴、イラスト 吉本ユータヌキ、監修・解説 今井むつみ/KADOKAWA)は発売即増刷。「ゆる言語学ラジオ」に寄せられた1000件超の「いいまちがい」投稿から、珠玉の80作品を厳選し、シュールでかわいいイラストと豆知識いっぱいの解説を加えた1冊である。
X:https://x.com/yuru_mizuno
YouTube:https://www.youtube.com/@yurugengo


書籍紹介

書名:言語の力 「思考・価値観・感情」なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?
著者:ビオリカ・マリアン
監訳・解説:今井 むつみ
訳:桜田 直美
発売:2023年12月21日
ISBNコード:9784046063779
定価: 2,200円 (本体2,000円+税)
ページ数:392頁
判型:四六判
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000791/

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※取り扱い状況は店舗により異なります。ご了承ください。

書名:きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集
著者:水野 太貴
イラスト:吉本 ユータヌキ
監修・解説:今井 むつみ
発売:2024年07月31日
ISBNコード:9784041144312
定価: 1,650円 (本体1,500円+税)
ページ数:192頁
判型:その他
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000579/

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