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【書評】生きづらさを抱える若手裁判官が、自らの特性と格闘しながら事件に挑む。異色の青春×リーガルミステリ!――直島 翔『テミスの不確かな法廷』レビュー【評者:三橋 曉】

型にはまらない裁判官・安堂の行動と推理。リーガル・ミステリと呼ぶだけではもはや足りない、警察小説の新たな変奏曲バリエーション

評者:三橋 曉(ミステリ評論家)

 今から3年前、直島翔は『転がる検事に苔むさず』で颯爽と登場した。その明朗快活で人懐こい作風は、かつて大きなブームとなった赤川次郎の軽やかさを思わせ、権力闘争の闇を抱える検察庁の醜聞に迫ろうとする太い社会性もうかがえる、第3回警察小説大賞受賞も大いに納得のいくデビュー作であった。
 世間一般には、事件の捜査や被疑者の取り調べを行う警察に対し、検察の活躍の場は法廷という印象が強い。しかしこの第一作で、実は検察官自らが現場に足を運び、捜査を行うこともあり、警察と検察の関係は二人三脚と教えてくれた作者は、次に裏方として捜査活動を支える非常勤の警察医の存在を『警察医のコード(戒律)』で浮かびあがらせた。
 そして、最新作の『テミスの不確かな法廷』で、三度、直島翔は捜査小説の領域を更新してみせる。テミスはギリシャ神話の法や掟の女神で、左手に天秤、右手に剣を掲げて最高裁判所の大ホールに佇むブロンズ像はつとに有名だろう。そのテミス像が象徴する正義の実現のため、法に基づく審判を司る存在、すなわち裁判官が今回の主人公である。
 
 安堂清春は、本州西端の地裁に赴任して間もない特例判事補だ。任官から7年目、法の番人として日々研鑽に努めているが、日常生活ではちょっとした厄介事も抱えている。小四の時に自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如多動症(ADHD)と診断され、世間とのズレに折り合う努力を余儀なくされてきたのだ。
 特性が異なるASDとADHDだが、双方が重なり合い、併存するケースも少なくない。安堂もその一人で、韓流ファンやドラマ・ウォッチャーなら、パク・ウンビンが主人公弁護士を演じた「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」(2022年)を思い出すだろう。
 ドラマでは、他者とのコミュニケーションを苦手とするヒロインの新米弁護士が、弱点と表裏一体をなすこだわりと才能を発揮し、事件の数々に関わっていく。脳の働き方が周囲と少し違うだけで、発達障害として色メガネで見る世間に対し、その無理解を正すまたとない道しるべとなった。
 一方、映像作品と小説というメディアの違いはあるが、同じテーマに共鳴する本作もまた、推理小説の技法を駆使することで、社会の根深い誤解や偏見を浮き彫りにしていく。

 3つの中短編からなるこのオムニバス小説集は、懐かしいオールディーズ曲を連想させる「カレンダーボーイ」から始まる。市長候補に暴力でケガを負わせた被告人は、なぜ公判初日に自白をひるがえしたのか? 裁判は、裁判官による弁護人の解任命令という衝撃的な事態で幕があがる。
 カレンダーボーイとは主人公のことで、記憶や計算の高い能力ゆえに生じる数の並びへの過剰な拘りを鎮めるため、少年時代に担当医が勧めてくれた習慣に由来する。心と体のバランスが崩れそうになると、安堂はその度にカレンダーを思い浮かべ、衝動をやり過ごしてきた。しかし脳内のカレンダーは、やがて思考の閃きとして、彼の特性にもなっていった。
 通常、裁判官が捜査に直接関与することはないが、安堂は意思とも衝動ともつかない何かに突き動かされるように、被告人の隣人に話を聴き、公開裁判の原則に抵触する危険を冒して、弁護人らの話に耳を傾ける。往々にしてそれは犯行の動機や被告人の不可解な行動の意味を解き明かす鍵となり、ついには法廷で意外な真相がつまびらかにされていく。
 次の「恋ってどんなものかしら」では、訪れた殺人現場で記憶の不思議なメカニズムにとらわれた安堂が、やがて担当案件との奇妙な符合に思い至る。また、最後の「擬装」では、たまたま訪れた弁護士の事務所で出会った法律相談の客の喪失の痛みに寄り添う形で知恵を貸し、並行する担当案件では異例の勾留質問が事件解決の糸口となっていく。
 このように型にはまらない安堂の行動と推理は、女性弁護士の小野崎乃亜との奇妙な相棒関係にも背中を押されながら、検察や警察の捜査活動を鮮やかに補完していく。リーガル・ミステリと呼ぶだけでは足りない本作の面白さの数々は、捜査小説のニュータイプ、いやこれはもう警察小説の新たな変奏曲バリエーション と呼んでもいいだろう。

 すでに三十代半ばにさしかかる主人公だが、そのひたむきで清々しい生き方からは青春小説の香りも立ちのぼる。日常をユーモラスに包み込む作者の筆致からは、主人公の成長を見守る温かさも伝わってくる。
 エンタテインメント小説としてマルチな面白さのある『テミスの不確かな法廷』は、生きづらさを抱える人々に勇気を与えてくれる、心優しき指南の書でもあるのだ。

書誌情報

社会に交わり、 ままならぬ心身と向き合い、 罪を裁く。

任官七年目の裁判官、安堂清春(あんどうきよはる)は、東京からY地裁に赴任して半年。幼い頃、発達障害と診断され、主治医のアドバイスを受け、自身の特性と向き合ってきた。
市長候補が襲われた詐欺未遂と傷害事件、ほほ笑みながら夫殺害を告白する女性教師、「娘は誰かに殺された」と主張する父親……。さまざまな事件と人との出会いを通じて、安堂は裁判官として、そしてひとりの人間として成長していく。

作品名:テミスの不確かな法廷
著者名:直島 翔
発 売:2024年3月26日
定 価:1,925円(税込)
体 裁:単行本
I S B N:978-4-04-114793-1
発 行:KADOKAWA

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