【書評】時代のロマンと巧妙な仕掛けに満ちた歴史ミステリ!――羽生飛鳥『賊徒、暁に千里を奔る』レビュー【評者:細谷正充(文芸評論家)】
本格ミステリ大賞の候補になるなど、歴史ミステリーの新鋭として注目されている羽生飛鳥さんの最新作『賊徒、暁に千里を奔る』。平安時代と鎌倉時代をまたにかけて活躍した伝説の大盗賊「小殿」が起こした事件をめぐる痛快な連作ミステリーです。最後に明かされる真相には驚愕必至!
今回は、細谷正充さんによる本作の書評をお届けします。
評者:細谷正充
近年、明治・大正・昭和初期という、近代を舞台にした時代ミステリーが増加している。江戸時代を舞台にした、いわゆる捕物帳とはタイプの違う時代ミステリーも少なくない。時代ミステリー好きとして嬉しい限りである。だが、日本の歴史は長大だ。江戸時代や近代以外の時代を扱った作品も読んでみたい。そういう読者の渇きを癒してくれるのが、羽生飛鳥である。二〇一八年、ユニークな謎を創出した平安ミステリー「屍実盛」で、第十五回ミステリーズ!新人賞を受賞。以後、堅実なペースで、平安時代を舞台にしたミステリーを書き続けているのだ。その作者の最新刊となる本書は、平安末期から鎌倉初期を舞台にしたミステリーである。
本書は五作を収録した連作集だ。主人公は橘成季の『古今著聞集』に収録されている「强盗の棟梁大殿小殿が事」に登場する、伝説の大盗賊の小殿である。各地で盗みを働いていた小殿だが、やがて悪因悪果ばかりの自身の罪深さに恐れ慄き、検非違使別当のもとに名乗り出る。だが、その行為殊勝なりと罪を許され、さる貴人に仕えて静かな生活をしていた。そんな小殿のもとに、説話集の編纂が夢だという橘成季と、仏師の運慶、そして〝明けの明星〟と呼ばれる若き僧が訪れる。成季から思い出話を求められた小殿は、自分が盗賊として名を挙げることになった仕事のことを語るのだった。
シリーズの基本は、成季と明けの明星に誰かが加わり、小殿の話を聞くというスタイルで進行する。小殿の語る話の時代はまちまちだ。冒頭の「真珠盗」は、武士の子だが石清水八幡宮の稚児になった小殿が、亡き父の所領を奪った叔父を殺して出奔。盗賊の世界に身を投じる。そして他の盗賊たちと、貴族の家から九粒の白珠〈真珠〉を盗めるかどうかの賭けをする。貴族の屋敷に潜入し白珠を手に入れたものの、女房に見とがめられた小殿。この窮地をいかに乗り切ったのか。
本書が面白いのは、ここで小殿が、どこに白珠を隠したか、成季たちに問いかけることだ。いうなれば“謎かけ”である。頭を絞ったものの、結局三人とも答えは分からない。その後の小殿の話により、意外な隠し場所が明らかになる。
続く「顚倒」は、成季と明けの明星に加え、高僧の栄西と慈円僧正がやってくる。史実を踏まえながら、厳重に警備された東大寺の正倉院への潜入、殺人事件の謎解き、小殿を助けた女童の意外な正体と、盛りだくさんな内容が楽しめる。
一方で、悪因悪果の過去を悔いている小殿は、自らの話を広めることで人々に悪行を思いとどまらせ、盗賊として積み重ねてきた数多くの悪因による悪果を、少しでも善果に転じたいと願っている。だが、この話の結末を見れば分かるように、人の世も心も複雑であり、悪果が善果に、善行が悪果へと引っ繰り返ることがある。悪果と善果が入り混じり、歴史が創り上げられていくのだ。ここが本書全体を通じての読みどころとなっているのである。
以下、「妖異瀬戸内海」では、なんと上皇の前で小殿が、仲間の海賊が次々と船上で殺される連続殺人事件の顚末を語る。ミステリー・ファンによく知られたアイデアを、巧みに使った真相に驚いた。また、上皇の機嫌を損なわないようにする、小殿の苦労が愉快である。「汗牛充棟奇譚」は小殿が、『源氏物語』全帖を盗むために貴族の邸宅に侵入するが、絶体絶命の窮地に陥る。他の作品の主要人物が登場したり、いろいろある『源氏物語』の謎のひとつが明らかになったりと、この話も賑やかだ。
そしてラストの「雪因果」は、都を去ることになった明けの明星に求められた小殿が、叔父殺しの件を語る。読んでいるうちに引っかかりを覚えたが、明けの明星の正体が判明して納得。いままでの話が、最後に記された史実のための布石になっていることに驚愕。本書は時代ミステリーであると同時に、歴史小説にもなっているのだ。ミステリー・ファンにも歴史小説ファンにも自信を持ってお薦めできる、凄い作品なのである。