HSS型HSPの思春期~社交的でなければいけないという呪縛~
こんばんは。きいろちゃんです。
幼少期、学生時代から今までモヤモヤした生きづらさを感じてきました。
自分がHSS型HSPだと知り、悩んでいたことはほとんどこの気質のせいだったんだと思えるようになったおかげで
霧が晴れたように今が、未来が、そして過去までも明るく見えるようになりました。
トラウマ
人間は昔のことをどんどん忘れていく生き物ですが、中には鮮明に、感情まではっきりと、覚えていることって誰しもあると思います。
それが痛く、辛い出来事の場合「トラウマ」となり、後の人生までさまざまな影響を及ぼしていきます。
今回話すことは、トラウマとまではいかないまでも、ずっと私の頭の中にしこりのように残っていた出来事です。
HSS型HSPと分かった今なら、その出来事を昇華させることができるだろうか、
そんな期待を込め、書いていこうと思います。
社交的な両親
私の両親は社交的で、よく私を大勢の人のいる場所へと連れて行きました。
たとえば、飲みの席、パーティ、イベント、交流会など。
私は一人っ子だったので、そういう場でいつも子ども一人でした。
私は恥ずかしがり屋で口下手な性格でしたが、小学生までは、そのような場所でもそこまで居心地の悪さを感じませんでした。
自分は子どもだから大人と無理にしゃべらなくていい、と思っていたからです。
なので、大人だらけの場所でも1人絵を描いていたり、宿題をやっていたり、本を読んでいたりしてやり過ごすことができていました。
子どもという、鎧があったからです。
子どもという鎧の消失
でも、中学生~高校生の思春期のころになるとだんだんと状況が変わっていきました。
相変わらず両親は私をそういった場所へ連れて行くのですが、私は成長し、だんだん子どもは言えない年頃になってきました。
進路を聞かれたり、恋の話などもされたり、大人も私と対等にしゃべろうとしてくるようになりました。
この年頃ではもう、社交場で1人で絵を描いていたり、本を読んでいることはできません。
まあ、今思えば別に何歳だろうがそういう場所が嫌なんだったら隅っこで本でもなんでも読んでりゃいいと思えるのですが、
そのときは、「~歳だからこうあるべき」という思い込みが激しかったので、無理でした。
社交的でいなければいけない
大人と一対一で接しなければいけない。
その重圧と、まだ子どもでいたい、という気持ちの狭間で苦しんでいました。
両親はというと、自分たちの社交でいっぱいいっぱいで、私のことは気にかけてくれませんでした。
私は自分で何とかするしかありませんでした。
人としゃべるのが苦手ながらも、がんばって会話をしてみたり、笑顔になって見たりと、いろいろ試しました。
でも、ずっとしんどさは変わりませんでした。
社交的になることが恥ずかしかった、割り切って社交的な自分を演じることもできなかった。そもそも、会話の技術もなかった。しゃべっている自分が恥ずかしかった。気持ち悪かった。
キョドって、会話が無くなって、相手につまらないやつだと冷められて、自分に興味を持ってもらえなくって、人が離れていきました。
逃げたい
逃げたい。
子どもだからって、しゃべらなくても、何してても許された頃に戻りたい。
でも、その子どもの鎧はもうありません。
つらい、
でも逃げちゃだめだと、心の中の自分が言ってくる。
社交的になることが大人だと思っていたから。
でも、あるとき我慢の糸がプツンと切れました。
理想と現実の差に耐え切れなくなり、とにかくこの状況から逃げたくなりました。
そのときは、バスで何時間もかけて行く田舎でのイベントに連れていかれていたのですが、気づいたら会場を出て、近くの森に逃げ込んでいました。
会場内で適当にやり過ごす能力もなく、
バスを乗り継いで1人で家へ帰る勇気もなく、
知らない土地を散策して回る能天気さもなく、
イベントが始まってから終わるまで、ひたすら森の中にしゃがみこみ、時が過ぎるのを待っていました。
むなしさ
自分で状況を変えることができず、ただ逃げることしかできない自分が
とにかく、むなしかった。
お昼を食べる友達がいないけど、1人で食べる勇気がなく、1人でいるところを見られたくない思いからトイレでお弁当を食べる、いわゆる「便所飯」のような、あのむなしさ。
両親の重圧
誰とでもすぐに仲良くなれる両親
人脈の広い両親
「○○の娘」というだけでみんな優しく接してくれる、人望のある両親
尊敬しつつ、疎ましく思っていました。
両親のせいで、いろんな人が私に寄って来る。私に社交性を求めてくる。
自分もこの両親の娘なんだから、そうでなければいけないと、
長い間この重圧に苦しめられてきましたが、
HSS型HSPらしい生き方を見つけた今、
過去の自分の肩を叩いてこう言ってあげようと思います。
「社交的じゃなくていいんだよ」
と。
いくら両親でも他人は他人です。
顔は似ているけど気質は引き継がれないことがあります。
もう、両親は目指さなくていい。
社交的でなければいけないという呪縛から解き放たれた今、
私はただ、自分の幸せを見つけられればいい。
とりとめもなく書いてしまいました。読んでくださりありがとうございました。
きいろちゃんでした。