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夏の終わりに思い出すカブと薄青いメガネ

稲穂が風になびく風景を見ると、思い出す場面がある。


小1の頃だったと思う。
片道2キロほどの通学路で、帰り道によく会うおじさんがいた。彼はある職業の人で、特殊なスーパーカブに乗っていた。

帰り道に大人とすれ違う時は必ず「ただいま帰りました」と挨拶するよう、当時の小学生は教えられていた。カブはいつも後ろからゆっくりと近づき「おかえり」と言う。「ただいま帰りました」と返す。


ある夏の日、一人で帰っていると家まで送ってあげよう、と言う。
右手に工場と小さな川、左手はどこまでも続く田んぼだ。夏の昼日中に人はいない。


「いや、いいです」
「遠慮しんさんな、どうせあっち通るけえ」
「はあ…」


大人って…ろくにこっちの話も聞かずに事を進める。すぐに面倒くさくなってまあええか、とおじさんの前に座った。
(ここでこのおじさんは交通違反している)

いやー早い。風がびゅんびゅん気持ちいい!ぃやっほ〜ぃ!青い稲も風で揺らいでいる。

…いやまてよ、道が違うぞ。胃がぎゅんとなる。


「ストップ!ストップ!」
「はあ??」
「おじさん、ごめん、うちあっち!」


左右に身体を動かすと急ブレーキでバイクを停めてくれた。

「ほんまにごめんなさい!」
怖いような顔をしたおじさんを残して走って逃げた。

本当に悪気はなく、団地の子だろうと運んでくれたのかもしれない。

おじさんに悪いので、この話は誰にもしなかった。というか、絶対叱られるし、恥ずかしいので黙っていた。
次に会った時どんなを顔していいのか分からないし、会いたくないなと思っていた。

が、その後、そのおじさんを見かけることはなかった。

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