【ネタバレ考察】アカデミー賞最多ノミネート作品『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
日本時間で3月28日(月)に発表されるアカデミー賞。
本年度のアカデミー賞で最多ノミネートとなっているのが、ジェーン・カンピオン監督による『パワー・オブ・ザ・ドッグ』です。
ネットフリックスオリジナル作品として配信され一部映画館でも限定公開されていました。
ボクは、自宅のネットフリックスで鑑賞してたんですが正直あまりピンときていなくて、なんかモヤモヤしていたので映画館で再鑑賞したんですが、とんでもない傑作でした笑
初見では分からなかったことを調べたりもしたのですが、作品が地味なんでボーっと見てると気づかなかった細かいことも、映画館の大画面で集中して見るとすごいよく分かりました。
ということで今回は改めて観直して気づいた『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の見どころをネタバレありで紹介したいと思います。
ストーリーを思いっきりたどっていきますし、備忘録としてメモっておきたいのでめっちゃネタバレありな内容です。
未見の方は、ぜひ本編鑑賞後にお読みください。
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
<あらすじ>
1920年代アメリカ西部、モンタナ州。
牧場を経営する兄弟。荒々しいカウボーイをまとめ上げるマッチョな兄と、大人しくて冷静な弟。ある日弟がそこに息子のいる未亡人を妻にすると言って連れてくる…
<主な登場人物>
フィル ・・・牧場主のマッチョな兄
ジョージ・・・牧場主のおとなしい弟
ローズ ・・・レストラン経営する未亡人
ピーター・・・弱々しいローズの息子
アカデミー賞では最多ノミネート
今年度のアカデミー賞では、主要部門である作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞などをはじめ全12部門でノミネートされています。
前回noteで動画配信で鑑賞できるアカデミー賞ノミネート作品をまとめたのでぜひ参考に。
ジェーン・カンピオンとは
ジェーン・カンピオンは、ニュージーランド出身の女性映画監督です。
『ピアノ・レッスン』(1993年)で、カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールを受賞したほか、アカデミー脚本賞やフランスのセザール賞など各国の映画賞で評価され一躍有名になりました。
ニュージーランド人として、女性監督としても初の快挙でした。
その作風としても、繊細な表現で抑圧された感情を淡々と、しかしながらじんわりと湧き出してくるように描いていきます。
この辺りの脚本力も高い評価を得ています。
そうなんです。
なので一見静かな映像なんですがようく見るとその後に繋がるヒントが散りばめられている、そんな脚本を書く作家性なんです。
映画館用に作られたフォーマット
オープニングは雄大な山脈を背景にしたアメリカ西部の原風景に牛の群れを追うカウボーイたちが描かれます。
この景色がすごい! ロングショットで山々を引きで撮る壮大な風景。
横に広いシネスコサイズでこれはやっぱり自宅のテレビで見るより映画館の大画面の方が全然迫力が違います。
映像の綺麗さなんかは分かるんですが、映画館で体験するとやっぱりこれは映画館で観るためのフォーマットなんだなって確信します。
Netflixが独占配信権を獲得したとしてもこういうのはちゃんと劇場公開してもらいたいです。
マッチョなカウボーイの世界
荒々しい男たちしかいないカウボーイの世界。
そんな牧場をまとめあげているのが兄のフィル。
カウボーイたちの絶対的なリーダーで、師であるブロンコ・ヘンリーの逸話を持ち出しては教えを解く。
牛追いの途中で立ち寄ったレストランでは、騒がしい他の客を怒鳴りつけ、給仕をする細くて女々しい息子のピーターをバカにする。
ピートが飾りで作った造花も燃やしてしまう。
傷つく息子を見てローズも泣き崩れる。
それを気にかけるジョージ。カウボーイの中でジョージだけは大人しく心優しい人物として描かれています。
いびつな家族関係
ジョージはローズに思いを寄せ、やがて二人は結婚します。
そして、ローズと息子のピーターは牧場へと居を移す。
ジョージのこの行動にあからさまに不快感を表すフィル。
そしてピアノが上手く弾けないローズに嫌味を言い、息子のピーターを威圧し二人を苦しめていく。
必要以上にいびり倒していきます。
特にローズはそのストレスからアルコール中毒になっていきます。
そしてピーターも母を苦しめるフィルをより意識するようになる。
ピーターの道
ピーターは牧場へ来た後に大学へ行きます。
そしてまた夏に家に帰ってくる。
フィルたちからはまた「お嬢ちゃん」とからかわれ、母親に買ってもらったジーンズも洗ってないリジット状態をまたバカにされたりします。
(ジーンズ好きだったらリジットがバカにされるんだっていうのも面白いポイントです)
ある日うさぎを捕まえてきたピーター。ローズはかわいがり、女中の子もニンジンをあげようと部屋に入ってきた次の瞬間、画面に映ったのはなんとウサギの腹を割いているピーター、、、
ここの場面は衝撃でした。
サイコパスなんじゃないかと思わせるショッキングな場面ですが、その後のシーンで通っているのが外科医になるための大学であることが分かります。
そして、その前のシーンでも学校の友達からは"ドクター"と呼ばれているとも言ってました。
その後に死んだ牛から生皮を取りに行ったりもするんですが、そこでは外科医らしくゴム手袋と手術用のメスを使ってたりもします。
この辺りの表現が本当に繊細で、ボーッとしてると見落としてしまいそうになる細かい点です。
だけどこの辺りが後々に効いてくるキーワードになってたりするんです。
フィルの秘密
カウボーイたちが水浴びをしている時、フィルだけは別の場所にいきます。
木をいくつも取り除き、トトロに会いに行くような木のトンネルを抜ける秘密の場所。
そこで彼が恍惚の表情で戯れる一枚の古びた布。
その布には「BH」のイニシャル。
そしてそこに偶然訪れたのはピーター。
ピーターは探索している途中でフィルの秘密場所に辿り着いてしまい、隠してあったブロンコ・ヘンリーとメモされた裸の男性写真の冊子を見つけてしまう。
そして一人水浴びをしていたフィルに見つかり追い出される。
あれだけマッチョの権化のような振る舞いを続けていたフィルが、ゲイであることがここで示唆されます。
フィルとピーターの関係
その一件の後、フィルはピーターに近づきます。
ピーターのことをピートと親しげに呼び、自分のことをフィルと呼んでいいと言う。
ある日、山を見て何が見えるかをピーターに聞くフィル。
それは映画の冒頭に他のカウボーイたちと会話してた内容でカウボーイたちは何も分からない。
ところがピーターは「犬が吠えているように見える」と即答する。
驚くフィル。
それはブロンコ・ヘンリーが見えたというものだった。
ここからフィルの信頼を得たように、ピーターは乗馬の手ほどきを受けるようになり、ロープ作ってくれ、二人で馬に乗り遠出もするようになる。
その時、ウサギを見つけ捕まえるときにフィルは手に怪我をしてしまう。
ローズが起こす事件
フィルとピーターの会話で、ローズがなぜ未亡人になったのかが語られます。
夫は酒飲みでどうしようもなく最後は自殺した。
そしてそれを発見したのはピーターだった。
父親はピーターのことをお前は強すぎると言って心配していたと言ったそうだが、それを聞いたフィルは「お前が強い?」と鼻で笑います。
その反面、ローズはフィルと接近するピーターを心配するようになります。
フィルがストレスで仕方がないローズは更にアルコール中毒が進み、ある事件を起こします。
フィルが溜め込んでいた生皮を全てネイティブアメリカンに渡してしまったんです。
これに激怒したのがフィル。
元々は全て燃やしてしまうはずだった生皮を渡してしまったからといって何でこんなに激怒するのかも分からなかったのですが、ピーターのために作っていたロープの仕上げに必要だったと言うことが分かります。
ピーターの生皮
激怒するフィルに生皮を提供したのはピーターでした。
その生皮はどうしたのかと聞かれると、あなたのように強くなりたくて真似をして自分で剥いだものだと説明し、生皮を渡します。
ピーターに感謝し熱い眼差しで見つめ、もうこれからお前の未来に障害はないと語るフィル。
そして今夜その生皮を使ってロープを仕上げるから一緒に来いと言う。
夜、ピーターの生皮を水の入った桶に入れ作業をするフィル。
ウサギを追った際に怪我をした手で、ピーターの生皮を使ってロープを仕上げていく。
ブロンコ・ヘンリーとの思い出を聞くピーター。
昔、山に入ってひどい悪天候になった時ブロンコ・ヘンリーが寝袋の中でピッタリとくっついて寝てくれたおかげで凍えずに済んだ、彼は友達以上の命恩人だと答えるフィル。
「裸で?」と聞くピーターの質問にフィルは答えない。
ピーターが加えたタバコをフィルへ手渡す。
二人が親密に近づいていく少し官能的にも思えるシーン。
フィルの死
ロープを仕上げた翌朝、フィルは起きてこない。
心配になったジョージが見にいくと怪我をしていた手がひどい炎症を起こし、意識も朦朧とした状態。医者にジョージが連れて行こうとするが仕上げたロープを手渡そうとピーターを探すフィル。
ピーターはそれを物陰から見ている。
次のシーン。
棺を選ぶジョージ。
そしてその棺に収められるフィルが映し出され、フィルが死んだことが分かります。
この辺り、何の説明もなく唐突な印象があって初見の時は「え、どう言うこと?」って感じでした笑
葬式の時に主治医が、フィルの最後は凄惨だったと告げます。
あの発作は、炭疽病じゃないかと思うと。
ここでフィルの死因が炭疽病と言うことから、ピーターが渡した生皮(死んだ牛からとった炭疽病のもの)が原因だったことが分かります!
なんてことでしょう。
そうなんです、フィルと近づいたかに思えたピーターの復讐劇であったことがここでハッキリとするんです!
しかもラストショット。
葬式から帰ったジョージとローズが抱き合うのを部屋の窓から見ていたピーターが振り返り、少し笑ったところで終わる。
この笑顔が、ようやく幸せになれる母ローズを想って安堵の笑顔とも取れますが、復習を成し遂げたピーターの不適な笑みにしか見えませんでした。
恐ろし〜〜!!
というところで終わるすごい映画です。
初見の際は色々細かいところ見過ごしてしまったのですが改めて見ると細かいところの伏線などがやっぱりすごいです。
ここまではストーリーを追って書いてきましたが、ここからはキーワードとなるポイントをまとめてみたいと思います。
パワー・オブ・ザ・ドッグの意味
ラストシーンの一歩手前でピーターが読んでいる本に書かれているのが「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の部分で、これは聖書の中の一節です。
邪悪な犬から大切なものを守ると言うことで、自分達にとって害を加える邪悪な存在から身を守ることを意味しています。
つまり、ピーターにとっては最愛の母を守るために自分達にとって邪悪な存在であったフィルを排除することを意味しています。
そしてこのピーターが母を守ると言う固い意志は、オープニングで既に語られていました。
映画が始まるナレーションがまさにピーターが母を守ると言うことを宣言しています。
ピーターの父の死
こちらも冒頭のピーターのナレーションや最初の映像で、ピーターの父が死んでいることは分かります。
「父が死んだ時に僕が望んだのは母の幸せだけ」そう語られます。
その後フィルとの会話で、父が飲んだくれであったことが分かります。
どうやら優しい父ではなかったことがここで示唆されます。
そしてこの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の意味合いを考えると、最愛の母を脅かす存在であったであった場合、父の死にピーターが関わっていた可能性もあります。
父の死因は自殺で、発見者はピーターだったことも分かっています。。
この辺りは分かりませんが、後からこういう要素を並べるとそんなことも匂わせてくる作りになってます。 おー怖。
それと洋画によくある聖書からの引用みたいなとこはやっぱり日本人には分からないですね。
この辺は分からなくてネットで調べました。
しかもタイトルと言うめっちゃ重要なポイントでした。
ブロンコ・ヘンリー
フィルが度々口にするブロンコ・ヘンリー。
カウボーイとしてのイロハを教えてくれた師にして、フィルにとってはただの憧れ以上の存在。
秘密の場所で持っていた古びた白い布にも「BH」のイニシャルが入ってました。
ブロンコ・ヘンリーが山に見るという「吠える犬」をピーターが言い当てた時、フィルはあからさまに驚き、そこからピーターに対しての態度を変えていきます。
炭疽病
炭疽病の牛はオープニングで出てきます。
牛を追っているときに、死んだ牛をみて「炭疽病だから触るな」というシーンです。
ピーターがフィルに教えてもらった乗馬で生皮を取りに来たのはこの死んだ牛でした。
それにピーターは外科医の学生です。
ウサギを解剖したり、生物については人一倍詳しい人物。
生皮を剥ぐときもゴム手袋をしてメスを使っていました。
最後、フィルのロープを持つ手にもゴム手袋があり炭疽病を確信犯的に扱っていたことが分かります。
燃やされた造花
冒頭のローズのレストランのシーン。
飾りのためにピーターが作った造花をフィルはバカしに、燃やしてしまいます。
ピーターは傷つき、母のローズも泣き崩れます。
ここではフィルの尊大な振る舞いとピーターの対極な女性的な一面が表現されたシーンですが、燃やされた造花はバラでしょうか。
バラは英語ではローズ。
と言うことはここでも母ローズに対して危害を加えるのがフィルであると言うことが暗に示されています。
おまけ ローズとジョージ
ローズ役のキルスティン・ダンストとジョージ役のジェシー・プレモンスはなんと私生活でもパートナー!
2017年に婚約し、現在子供も二人いるとか。
最後に
ストーリーも書いてったので今回かなり長々としてnoteになってしまいました。
大画面で集中してみてすごさに気づき、やはり細かいところもチェックしてみると本当にこの映画の凄さが分かりました。
ネットフリックス作品ってパンフレットもないので補足情報など自分で調べないといけませんでしたが、まとめてみれて良かったです。
マッチョイズムに対する今の時代の問題を、マッチョの象徴でもあるカウボーイの時代を舞台に、性の問題など人間のしがらみをドラマに上手く織り交ぜながらも復讐劇だったというサスペンスに仕上げていたんだから、もうすごいです。
細かいところに伏線やキーワードが色々あって、あからさまでないのでボーッと見てるとスルーちゃうんですが脚本がよく出来てます。
改めていい映画だなーと思いました。
再度までありがとうございます。
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