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【読書】佐野洋子に学ぶ小説の味わい方
昨日に続いて今日もまた、
佐野洋子の対談集
『ほんとのこと言えば?』
(河出文庫)のご紹介です。
佐野洋子さんが
対談相手の河合隼雄と
こんな会話をしています。
(1990年の頃です)
佐野 (林真理子に)直木賞をとった『最終便に間に合えば』という小説があるのですが、その中で、ヒロインが恋人のところに行く場面があるんです。「その予定をもって」と書いてある。
河合 その予定。なるほど。
佐野 で、彼女はなけなしのお金をはたいて上寿司をはりこんで持っていく。すると男は、上寿司を食べるだけ食べて、今夜は用があるので帰ってくれと言う。これでは「その予定」も何もあったもんじゃないでしょう?
河合隼雄 そりゃあ腹立ちますなあ(笑)。
佐野 その時のヒロインの気持ちを小説ではこう表現してるんです「もちろん美登里は我慢できないほどその気になっていたわけではない。ただ、ただ非常に功利的な考えが彼女を支配していた。それはほとんど男性的な発想だった。上寿司を食べさせたのに、タダで帰ってたまるか」というんです。これ、うすぎたない恋愛だという男の人もいたらしいんですが、私は全然うすぎたないとは思わない。むしろ、いじらしい。」
林真理子が1985年に
この『最終便に間に合えば』で
直木賞を得て、人気作家になる、
そんな時代背景を考えると、
感慨深いですね。
林真理子はデビュー以来、
女性心理の率直な描写が
その武器であり、人気の元であった。
その反面、彼女の作品を、
ふしだらとか、うすぎたないとか
反発する読者もまた多かった。
それは1980年代だから?
あるいは、今もアンチ林真理子は
少ないながら、いますね。
さて、いつも解放的な佐野洋子は
今回も、この小説のヒロインを
いじらしい、と読んでいる。
男の部屋に行くのに、
元気づけるために寿司を、
それも上寿司を持っていく。
なんとたくましいんでしょう。
しかも、帰らされそうになって、
女は「タダで帰ってたまるか」と。
(笑)。
あっさりひきさがらない女性心理を
佐野洋子さんは
いじらしい、と感じている。
この女性の心理が
リアリティがあるかどうかは
別にどちらでも構わない。
佐野さんのような女性に
いじらしいと共感を呼んだゆえに
これは名作となった訳で。
この対談では、
この話を軸に、
男らしさ女らしさというテーマに
話が進んでいくんですが、
このヒロインの感覚は、
徐々に起き上がりつつあった
女性のパワー、力などの象徴
という意味でも現代的でした。
現代といっても、
この対談は1990年代ですが。
でも、今なら、
こんなヒロインをことさら描いても
誰も、新しいとか、いじらしい
などとは思わないかもしれない。
1980年代に書いたところが大事。
林真理子がこの作品をきっかけに
どんどん人気作家になる
優れた感覚の持ち主ということが
うなずけますね。
それにしても、
恋人の部屋に向かう女性に、
寿司を買わせる、
それも上寿司を持たせるディテール。
タダでは帰ってたまるか、という
当時は新鮮な感覚をもたせる
キャラクター作り。
このヒロインに、いじらしいと
共感した佐野洋子さんは
林真理子のむきだしな創作術に
共感したのでしょう。
私ならどんな食べものを
ヒロインに持たせるだろう?
或いは、男女がひっくり返ったら、
どんな展開になるだろう?
男が恋人の家に行くのに、
何を持っていくだろうか?
もしかして手ブラだろうか?
そんな男は、この時代には
生きていけたりはしまい(笑)。
ああ、小説って、
数ページよみながら、
こんな風に、アレコレ考えるのが
楽しいんですよね。
おっと。
こんな読み方、遅読になるばかり。
オススメはできないかなあ(笑)。