【本の冒頭コレクション】女ごころとミシンのリズム
小説の冒頭の名作と言われて
真っ先に思い浮かべるのは、
向田邦子『隣りの女』。
「ミシンは正直である。
機械の癖に、ミシンを掛ける女よりも
素直に女の気持ちをしゃべってしまう」
独身50歳男の私には
ミシンなんて縁もないけど、
絵をイメージすると
いかにもせわしないあの機械が
カタカタ音を鳴らしてく様が
見えてくる。
不安や妬み、怒りがある時は
どんなに冷静を努めても、
つい、足のペダルや
生地を進めるリズムが
いつもと違うだろうな。
自分ではまだ自覚してなかった
心の荒くれが、
ミシンに出てしまい、
それによって自分が
今日は平常心でないことを
知らされる。
ミシンという存在がいい。
身近で生活感がある。
これが、パソコンのキーボードでは
ちょっと様にならない。
スムージングマシンでは生々しい。
不穏な気配がこもったスムージーを
自分や家族に飲ませるのは、
ちょっとダイレクトだ。
いや、今時のいやミスなら、
かえってスムージングマシンが
いいかもしれないな(笑)。
向田邦子はエッセイでも
書き出しが実に上手い。
気がついたら、読み始めている。
まるで、音楽にひけをとらない
速さで読者を引き付けてくれる。
向田邦子は、テレビドラマの
脚本家として人気を博し、
エッセイでたちまち文壇を賑わせ、
小説で直木賞を獲得した。
そんな才能の塊は、
今の女性作家、エッセイスト、
シナリオライターの活躍の仕方を
背中で見せてくれた人でした。
不安な感情とミシンを
セットにした冒頭は、
これからどんな不穏な話に
なるのか早く知りたくなる。
冒頭の見本ですね。