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noteを毎日投稿するために必要なのは何?

今日は、楽屋話を少々。

先週は、1週間、
気持ちよくnoteが書けました。

1週間、ネタもうまく浮かび、
(質の方はさておき…)
1日も休まずに、
ネタにも困らなかったことは
我ながら驚いています。

それはなぜだろうか?

言葉で言うのは簡単ですが、
メンタル、フィジカル、
共にバッチリだったから。
落ち込んだり、
風邪で寝込んだりしなかったから。

これがなかなか難しい。
もともとメンタルは弱い人間だし、
風邪も引きやすい。
仕事で失敗することもあるし、
会社の人間関係でも
しばしばつまずいたりする。

それが先週はなかった。
あったとしても
切り替えをしてたのか、
メンタル的にも
フィジカル的にも
健やかであり続けた。
何か躓きがあると、
それがずっと心にこびり付いて、
集中ができなくなるから。

たかが1週間で、、、(笑)
ちょっとオーバーかもしれない。

でも、まずは1週間、
健やかであり続けられたことに
乾杯!な気分なのです。

今日から始まる今週が
どんな1週間になるのか
わかりませんが、
先週並みに過ごせたら、
ネタもきっと適度に浮かぶでしょう。

それにしても、
毎回、計画性もなく、
思いつき次第で書いている
今のスタイルは
ちょっとした体調不良にも
左右されてしまう。
あまり褒められた話ではない。

そこを変えて行けたらとは
思うんですが、
noteを書く上では
その時にどうしても
感じていることを書いていたい、
というアマチュア精神が
なかなか直らない。

比べるのは恐れ多いですが、
村上春樹は、
『村上ラヂオ』を
週刊雑誌で連載するときは
まず50本ぶんのストックを
しっかり確保させてから
連載を始めるそうです。
これがどうも私には難しい。
生まれつき計画性がない性分で、
ストックができないんですよ。

だから、毎日、アイデアが
浮かぶかどうか、
まさに綱渡りをしながら
noteを書いていくことになる。

せめて、それを支えるには
メンタル的に
またフィジカル的に
良好であらねばならない。

毎日毎日、心が乱れず、 
忸怩たる想いにも取り憑かれず、
また、風邪をひかず、
持病の扁桃炎にもならず、
ということは最低限、
キープするしかないって訳ですね。

noteを毎日
投稿するために必要なのは、
健康であること!です。

いつか村上春樹みたいに
ネタを50本ぶん、
先にストックするような
プロフェッショナルに
なりたいですが。

まずは、健康のキープ。
あまりにベタな結論ですが、
まあ、これはあらゆる事に
通じることなんでしょうね。

追伸
あれ、そんな話をして、
ふと気づいたのですが、
戦前の日本文学の主流だった
私小説は、
自らの病気、
特にもう治らないような病気に
かかった作家の告白が多かった。
葛西善蔵ら、私小説家にとって
彼らの文学はむしろ、 
病気ゆえに生まれ出たのだろうし、
その凄まじさが読者の胸を
切に打ったのでしょう?

という意味では、
葛西善蔵など戦前の私小説は、
健康であったなら、
誕生しなかったことになる。
病気は文学にとって必要だった時期が
あるんですよね。

ちなみに、
ハンセン病だった北條民雄さんの文学は
そうした病気文学の私小説とは
また別というか、
レベルが一つ違っていると思われる。

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