すぐに役立たないけど、いつか役に立つかもしれない本に出会える書店「無用之用」に行ってきた話
本屋さんって面白いんです。
何を今さらという感じですが、小規模の書店や個人書店などが増えて、本屋さんのバリエーションがすごく広がっています。
選書のオリジナリティだけでなく、コンセプトやお店作りから従来の本屋さんの枠を飛び越えているところもあって、本屋さんという存在の可能性がぐんぐん拡張されているように感じます。
それなのに。
思えば、行くのは通勤途中にある大型チェーンばかり。
仕事の新刊チェックとして売り場を眺めるだけで、「本屋さん」という場所にあまり向き合えていなかった気がします。
本屋さんが減っている今こそ、いろんな本屋さんに行くべきではないか。
いろんな本を買って、いろんな人と話して、いろんなことを考えて。
そして、「本屋さんって楽しいよ!」と発信しよう。
そんな当たり前のことを、今年はちゃんとやろうと決意したのでした。
というわけではじめた、「おもしろい本屋さんに行こう」企画。
モリが訪れた本屋さんを、誰に頼まれてもないのに勝手に紹介していくコーナーです。
今回のお店は、「無用之用」さん。
「すぐには役に立たないが、いつか役に立つかもしれない」本が並ぶ本屋さんです。
(★写真撮影、SNS公開の許可はいただいております)
※※※
今回ご紹介するお店
「無用之用」
BOOK SHOP 無用之用(@muyobooks)さん / X
本の街といえば神保町。道なりに古書店が軒を連ね、100円均一の叩き売り本から値札を二度見しちゃうアンティーク古書まで、様々な本が売られています。
もちろん新刊書店もあり、三省堂神保町本店や東京堂書店、書泉グランデなど多数。新刊も古本もすべての「本」が集約された街、それが神保町なのです。
神保町は本の街として歴史があるので、古くから店を構える本屋さんが多いと思いきや、じつは新しい本屋さんも増えています。
その一つが今回ご紹介する「無用之用」さん。
※
国道302号線から脇に一本入ったすずらん通り。東京堂書店や古書店、飲食店がたくさん並ぶ有名な通りです。
そんなすずらん通りを歩いていたら、ふと看板を見つけました。
「無用之用」という本屋さんの存在は耳にしたことがあったのですが、こんな2階にあるとは思わず、きれいな二度見を決めました。
この看板を見つけたのも何かの縁。時間もあるし寄ってみよう……と入口を探すも見つかりません。1階のお店はシャッターが閉まっていて、階段らしきものが見つからないのです。
もしや定休日? それとも選ばれし客しか入れないやつ?
ぶつぶつ呟きながら裏に回ってみると、見つけました入口。
看板はすずらん通りに出ていますが、入り口はもう一本入った裏通りにあります。お店に行きたい人は要注意。
※
階段を上ると、扉に垂らされた看板がウェルカムな雰囲気で迎えてくれます。
2階のお店ってちょっと緊張しちゃうことがありますが、扉が開け放たれていて、気構えせずに足を踏み入れることができます。
店内は縦に長い造りです。入ってまず一間。そして奥にもう一間。奥の部屋はカウンターが据えられており、飲食も楽しめるようになっています。
入口の部屋には壁沿いの本棚とテーブルがあり、新刊と古本が入り混じって置かれています。
選書のラインナップは縦横無尽です。渋い小説もあればマニアックな本もある。人文書が多いというわけでもなく、今まで訪れた独立系本屋さんの選書とも少し違う。すごく自由さがあって、棚や平台を眺めるのがとても楽しかったです。
特徴的なのは、本棚のジャンル分けです。
「レシピ本」とか「時代小説」とかよくある本屋さんの分類ではなく、思いもよらぬテーマで棚が分けられていてすごく面白いんですなあ。
たとえば〈エブリデイ梅雨〉とか、〈見ているのに見えない世界〉とか。そんなユニークなテーマで本が分けられているんです。
「なんだこのテーマは?」と棚をじっくり見てしまうし、「ここにある本はどういうところが〈エブリデイ梅雨〉なんだろう?」と並ぶ本に興味が湧きます。
商業出版の編集者をしていると、「この本はどのジャンルの棚に置くのか」ということを営業とよく話します。
しかし、「自己啓発」とか「ビジネス」とか既存のジャンルに当てはめることが唯一の正解なんでしょうか。新しい切り口を提示することも「面白さ」の訴求に繋がるのではないでしょうか(いろんな現実性はさておいて)。
そんなことをふと思ったりしました。
なお、店主さんに伺ってみたところ、この棚テーマはお客さんが考えたものもあるそうです。
テーマは随時募集中らしいなので、楽しい切り口を思いついた人はぜひお店で伝えてみてください。採用されるといいことがあるかも。
※
奥の部屋にも本が置かれており、こちらは古書中心です。
古本というか古書。時間が積み重った本が飾られていて、神保町だなあと思います。
ところで、さきほどから写真に写っている本棚、ずいぶん味がありませんか? 木材の主張がしっかりした、武骨で誠実さのある本棚ですよね。
これ、じつはりんご箱を活用しているのです。
お店の雰囲気とマッチした、温かみのある本棚ですよね。
※
こうした「無用之用」さんのユニークな選書。それは店名に込めた想いから来ています。
HPから引用させてもらったので、ぜひご一読ください。
>無用の知。それはすぐには役立たないが、頭の奥底に留まる知恵。
>その知恵は、ある時ある瞬間、他の何かと出会い、つながり、共鳴し、
>あなたの未来を切り拓く新しい着想を生み出す。
ああ、そうか。
それが、本なんだ。
僕は文芸小説の編集をよく手掛けますが、小説は本の中でも役に立たないジャンルの筆頭です。ダイエットできるわけではないし料理がつくれるようにもならないし資産運用の知識も身につかないし。
心を豊かにすると信じているけど、「これを読むとこんな役に立ちます!」みたいな謳い方はなかなかできません。
読むことで得られるものが可視化しにくくて、その価値をどこに見出すべきか悩み続けていました。
でも、「すぐ役に立つ」という考えが間違っていたんですよ。
小説を読んで、感じたり考えたりしたこと。それらが頭の奥底に知恵として溜まり、いつかどこかで、なにかと出会うことで未来に繋がっていく。
それが小説の持つ価値なのです。いや、本の持つ価値とも言えます。
タイパやコスパの時代と言われますが、インスタントな思考では身につかないものがあります。
時間をかけて自分の中で育むもの。それこそが自己の芯になって未来を照らしてくれるものだと思います。
そして、そこに寄与してくれる存在こそが「本」なのでしょう。
「無用之用」さんに並ぶ本は、すぐに役立たない本かもしれません。でも、いつか役に立つかもしれない本です。
あなたの人生の「無用之用」になる一冊を探しに、ぜひ遊びに行ってみてください。
※
ちなみに冒頭でも書きましたが、奥の部屋にはカウンターが据えられており、飲食も楽しむことができます。カフェ的なテーブルではなくカウンターなので、バーのような雰囲気で楽しめます。
アルコールやおつまみもあるので、お酒を飲みながらゆっくり過ごすのもおすすめですよ。
(人がいらっしゃったので写真は撮っていません)
★★★
<最近読んだ本>
赤松利市『下級国民A』
格差社会は拡大するし、連鎖する。その現実を見せつけられるエッセイで、経営者からどん底まで体験した著者にしか書けない、唯一無二の本。
福島の除染作業の現実と、そこで働く人々。集うのは「下級」の国民であり、食い物にされながら働く下級国民たちは負のスパイラルから抜け出すことができない。
しかし我々も決して他人事ではないのである。
いちど足を踏み外すと、そこから這い上がることはなかなか難しい。そしてそれは努力の問題だけでなく、家庭環境や病や運や、いろんな要素で陥る可能性がある。
その現実を私たちは見て見ぬふりをして、いや蓋をするかのように扱って、今を生きている。
しかしその隠された社会の現実がたしかにあるのだ。
国のかじ取りを担う人々にぜひ読んでほしい一冊。
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