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ついに発売!『闇の先へ 絶望を乗り越える行動科学』【新刊試し読み】

営業担当者推し本『闇の先へ 絶望を乗り越える行動科学』第6回です。
昨日、ついにこの本の発売日となりましたので、【新刊試し読み】は今回の投稿で最終回です。
本書は、絶望、トラウマ経験を乗り越えたいと願うすべての人におすすめです。ぜひ、書店やオンラインストアでお買い求めください。

「いつも自分と誰かと比較しちゃう」と悩む人は少なくないと思います。
人と比べることは、本能なのでしょうか?

▼3章・160頁より「比較するのは人間の本能」

 絶望から抜けられなかった時期、私は「以前の普通の家庭」や「周囲の普通の家庭」と自分の状況を比較しては悲嘆に暮れていました。以前の状況や他人と比べても仕方がないことは頭でわかっているのですが、どうしても比べずにはいられなかったのです。おそらく、同じような状態に悩んでいる人もいるでしょう。
 これに関連する理論として、米国の社会心理学者レオン・フェスティンガーの「社会的比較理論」 (social comparison theory)が知られています。同理論によれば、人間には「他者と比較して自分の能力や環境を評価しようとする本能」があるとされています。エビングハウス錯視(150ページ)のところでも述べたように、私たちは物事を評価する際に、他の比較しやすい物事を参照して、価値や程度を判断する傾向があります。

 社会的比較理論の観点で以前の私の状態を考えると、自分の置かれた環境を評価しようとして、自分の過去や他人の家庭などと比較していたと言えるでしょう。このような比較は本能に近いので、ほとんど無意識に行われます。

 比較の方法は大きく分けて、「上方比較」(upward comparison)と「下方比較」(downward comparison)の2種類あります。上方比較とは、自分より優れた他者を目標として、それに向けて努力するというものです。それに対して下方比較とは、自尊心が傷つけられそうになると、自分より不幸な人や劣っている人と比較して、主観的幸福度を高めたり、心の安らぎを得ようすることです。
 下方比較に関して興味深い研究があります。この研究では、「抑うつ状態の人」と「心理的に健康な人」を対象に、複数の他人が書いた文章を読ませるという実験を行いました。すると、心理的に健康な人は「ポジティブな出来事を経験した人の文章」を好んで読むのに対して、抑うつ状態の人は「ネガティブな出来事を経験した人の文章」を読みたがる傾向が確認されました。さらに、抑うつ状態の人は、他人のネガティブな経験を知ることで気分が少し改善することも示されました。この研究結果から、抑うつ状態の人が下方比較をする理由の1つは、自分の気分を向上させるためだと考えられています。

 これらと関連する現象として「シャーデンフロイデ」6 †(schadenfreude)があります。これは、他人の不幸を知って「いい気味だ」と喜ぶ人間心理のことです。米国で行われた実験では、地位が高くて妬ねたみの対象になる人物に不幸な出来事が起きると、それを知った人は笑顔になりやすく、ポジティブな感情を抱くことがわかっています

6 †ドイツ語のシャーデン(schaden:害)とフロイデ(freude:喜び)を組み合わせた言葉。

 シャーデンフロイデの現象は脳科学的にも実証されています。ある研究では、日本人の大学生19人を対象に、同級生が社会的に成功した後、連続する不幸(例:恋人の浮気、食中毒)に見舞われるというシナリオを読ませました。そして、実験参加者の脳の反応を分析7 †すると、脳に快楽を生み出す「側坐核(そくざかく)」と呼ばれる部位が活性化することがわかりました。

7 † 磁気共鳴機能画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)で分析。

 ただし、シャーデンフロイデは「不幸に見舞われる責任が当人にある」や「妬んでいる人が不幸に見舞われる」という状況で感じる現象であるため、それを感じられる場面は限定されます。例えば、モラルに反する行為をした芸能人がマスコミでバッシングされたり広告のスポンサーから外されるなどした場合にはシャーデンフロイデを感じやすいのですが、何の罪もない一般人が病気になったり、交通事故に遭ったりしてもシャーデンフロイデは感じられません。

 下方比較やシャーデンフロイデの研究に鑑みれば、「過酷な経験をしている人」や「不幸に見舞われている人」と比較することで、幸福感を高められる可能性があります。ただし、これも他の方法と同じで「合う人もいれば、合わない人もいる」ということになるでしょう。
 私には、この方法は合いませんでした。下方比較で幸福感を感じるためには、常に自分より劣った人や過酷な状態の人を参照し続ける必要があります。それは決して簡単なことではありません8 †

8 † 私が全盲の同僚に出会って希望の根拠を見出した時は、「どちらが上で、どちらが下」という感覚は一切なくて、単に「自分と同じように苦難を経験している」という類似性が重要な要因であったので、下方比較ではないと考えています。

 (以下、本文中略)

 もちろん、この方法も合う人がいれば合わない人もいるでしょう。場合によっては、つらい状態を思い出して逆効果になる可能性もあります。自分のつらい過去を思い出すのに抵抗がある人は、他者(AさんやBさん)と比較することで、幸福感や前向きな気持ちが得られるかもしれません。
 そもそも、「自分の悪い状態」や「不幸な他者」と比較せずとも、絶望をうまく乗り越えられる人は、こんな方法を使う必要はないでしょう。当然ながら、私も最悪な状態を積極的に思い出したいわけではありません。言ってみれば「苦肉の策」です。
 私自身の経験から、社会的比較という本能は、絶望を乗り越える上でなかなか手強い相手だと思っています。例えば、私が娘を1人で公園に連れて行ったり、幼稚園のイベントに私1人で行ったりして、両親と一緒に来ている子どもを見ると「普通の家庭が羨ましい」と感じることは少なくありません。これが社会的比較です。このような社会的比較は本能的な現象なので、「比べても仕方がない」と頭でわかっていても、不合理なヒューマンは無意識に比べてしまうのです。

UnsplashのKasiaが撮影した写真

 この比較を止めるのは簡単ではありません。そこで私は「以前の最悪な状態」を思い出して、それと比較するようにしています。すると、ネガティブ感情はある程度うまくコントロールできます。私にとっては、「比較を止める」よりも「別のものと比較する」方がはるかに容易です。
 このように人間が何らかの情報を比較しようとするのは本能なので、その本能に抗うのではなく、その本能を利用して自分の良い状態を作るのが賢明ではないかと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。
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【ついに発売!書籍内容紹介】
 私はいかにして絶望の淵から生還したのか。順風満帆な人生が一夜にして暗転悲嘆の中をさまよう私を救ってくれたのは、自らの研究テーマである行動科学だった。大学教員の著者はコロナ禍で家族に起きた悲劇により、人生の危機に直面する。絶望から抜け出そうともがき、あらゆる方法を試みるが、いずれも効果を得られず、大学も休職することに。不慮の事故、愛する人との死別など、誰もが経験せざるを得ない人生の危機を乗り越えるにはどうしたらよいのか。悲嘆の当事者であり、行動科学の研究者である著者にしか書けないリアリティが、読者を「闇の先へ」と導く。

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