2024年働き方改革実現への土木学会からの提言~魅力ある建設産業を目指して~(全文)
公益社団法人 土木学会(建設マネジメント委員会 2024 年働き方改革に関する特別小委員会)は、2024(令和6)年1 月に、3区分、10項目からなる「2024年働き方改革実現への土木学会からの提言~魅力ある建設産業を目指して~」を公表しました。
本記事はPDFで公開されている提言本文を、脚注等の情報をリンクで埋め込むなど、事務局にてnote向けに構成し転載したものです。
この提言は建設産業に関わる方々に向けたものではありますが、日々の暮らしを支えるインフラの構築・維持・管理を担い、災害時には現地の最前線で復旧に関わる建設産業を、これからも持続可能なものとする取り組みについて、多くの方に知って頂き、これまでも、これからもすべての基盤となる社会の「あたりまえ=インフラ」を支える建設産業をご支援いただけましたら。
2024年働き方改革実現への土木学会からの提言
~魅力ある建設産業を目指して~
令和6年1 月
公益社団法人 土木学会
(建設マネジメント委員会 2024 年働き方改革に関する特別小委員会)
はじめに
建設業においては、従来から長時間労働と担い手確保が大きな問題となっている。建設工事は多くの労働集約的な作業を伴い、かつ単品生産であることから現場条件・天候等、様々なリスク要因が工程に影響を与える。結果として業務の効率化が進みにくく、長時間労働が常態化し、それが新規入職者の減少や離職者の増加に繋がっていくという悪循環に陥っている。
そのような状況において、2019 年4 月より「働き方改革関連法」が施行され、時間外労働の罰則付き上限規制が導入された。建設業においては5 年間の猶予期間が設けられたが、2024 年4 月からは時間外労働の上限は原則として月45 時間かつ年360 時間(月平均30時間)となる。各企業等においては既に対策を講じているところであるが、2024 年4 月の正式な適用まであとわずかとなった現在においても、法適用への準備が整ったとは未だ言いがたい状況にある。いわゆる2024 年問題である。
既に建設業の各組織・各分野においても多くの取り組みが検討・実施されているが、現状と法適用後に求められる状況との間には未だ乖離があり、各企業の個別の努力には限界があるのも事実である。元より建設業は、発注者・設計者と緊密に連携することによって、種々の制約を克服しつつエッセンシャル・ワークとしての社会基盤事業を遂行してきた歴史がある。2024 年問題の本質的な解決には、建設産業に関わる全ての者を挙げて取り組む必要がある。
土木学会建設マネジメント委員会は今般「2024 年働き方改革に関する特別小委員会」を設置し、産官学から委員の参画を得て各種調査研究を行い、その解決策を検討してきた。本提言書は、これらの活動成果を基に2024 年問題への提言を行うものである。各者が現在自ら進めている働き方改革の取り組み一つ一つは、これらを相互に繋げ、社会の新たな仕組みとすることによってはじめて大きな効果が発揮される。以下ではそのための道程を示すべく、実現すべき具体的な施策について述べる。
提言
この提言は、未だ労働時間が長い建設現場の技術者・技能者を主たる対象とし、2024 年4月からの時間外労働時間規制の適用時期を目前の目標とするも、近年の頻発化、激甚化する自然災害への対応、少子高齢化社会での担い手の確保、我が国経済と国民生活を支えるインフラの整備とメンテナンスニーズの拡大など、2024 年以降も継続的な取り組みを進めていく必要があることから、内容を、
2.1 2024 年4 月に向けて対応するべき短期的な取り組み、
2.2 建設産業全体の生産性向上を図るための中期的な取り組み、
2.3 持続可能で、魅力的な建設産業を実現するための長期的な取り組み、
に区分して記述する。
2.1 2024 年4 月に向けて対応するべき短期的な取り組み
【提言Ⅰ】
2024 年度も「賃金引き上げ」や「適正な工期の確保」などの継続的な取り組みを進める
2024 年4 月から適用される働き方改革に関しては、これまでも公共工事に関わる国の受発注者が先導して公共工事設計労務単価や技術者単価の引き上げ(労務費見積もり尊重宣言や総合評価方式における賃上げ加算措置などを含む)、積算基準や低入札調査基準価格の改定、現場条件、準備・後片付け期間、休日、天候などを考慮した適正な工期や施工時間設定、設計変更ガイドライン等の制定と運用、週休2日工事の推進、工事書類の削減、建設キャリアアップシステムの推進などに取り組み、その取組を地方公共団体や民間工事にも展開するとともに、継続的な改善を進めてきた。
その結果、公共工事設計労務単価については、2013 年度から11 年連続で約65.5%(対2012 年度比、全職種平均)上昇した。また、国土交通省発注工事では、週休2日対象工事を年々拡大しており、2022 年度では、99.6%の工事で週休2日を達成しているなどの成果が得られている。
しかしながら、産業別年間出勤日数では、建設業は全調査産業より12 日多く、産業別年間実労働時間でも68 時間多い、建設現場で働く技能者への賃金が十分に行き渡らない、完成までの工期条件が厳しい工事における急な長時間労働や必要人員の増加など、建設産業の働き方改革は道半ばである。
このため、引き続き、政府及び発注者は2024 年度もこれらの取り組みを実施するとともに、受注者は、マネジメント部門も一緒になって最前線の現場の技術者・技能者への働き方改革の効果を享受できるよう取り組む必要がある。
【提言Ⅱ】
他産業を含め効果的な事例(グッドプラクティス)を共有・展開する
働き方改革の実現に向けては、これまでも様々な取り組みが行われてきた。例えば、朝礼時や昼夜勤交代時の引継ぎを「当番制」にし、担当者の勤務時間をずらす「スライド勤務」や業務分担工程表を作成する等の「業務の見える化」、また、「現場完全閉所」や「ノー残業デー」、「WEB等を活用した在宅勤務の導入」など実際に働き方改革に効果の高かった取り組みもあった。また、他の産業の取り組みを調査すると「カエル会議」や「朝夕メール」など、効果的な事例を把握することができた。
また、既に国交省においては、「建設業における働き方改革推進のための事例集」の発行や、厚生労働省においては、働き方改革を分かりやすく解説したWeb サイトなど、働き方改革支援ツールも設けられている。
受発注者は、これら好事例(グッドプラクティス)や支援ツール等を収集し、広く普及するとともに、設計者・施工者のマネジメント部門も一緒になって現場の技術者・技能者が取り組みやすくなるよう、早急に支援体制や制度等の整備を行う必要がある。
【提言Ⅲ】
時間外労働時間の大きな原因である“書類作成時間”を大幅に削減する
建設現場の現状を見ると、日建連や日建協の働き方改革に関するアンケート等で、時間外労働時間が発生する最大の要因は“書類作成”となっていることから、働き方改革を実現する一丁目一番地は、“書類作成時間の削減”にあると考える。
これまでも発注者、設計者(調査又は測量業務を行う者を含む)、施工者(以下、「3 者」)それぞれで書類(紙)削減は行われてきた。しかしながら今回実施した土木工事の現場ヒアリングによれば、発注者(客先)への提出書類や社内独自の書類作成に未だ現場の担当者が追われ、結果として時間外労働をせざるを得ない状況が見られる。
一方で、「土木工事電子書類スリム化ガイド」などの書類作成ガイドラインによる作業の効率化や「検査書類限定型工事」などの必要書類の分別化、「第三者品質証明制度」などの専門家による作業の外注化といった好事例が見られた。上手く書類作成時間の削減ができていた現場では、受発注者双方の担当者(監督員や監督補助者、現場代理人等)まで意識が浸透しており、現場に携わる全員にそれに取り組む姿勢が見られた。その他にも、現場書類作成の一部を、内勤部署や外注などによって設けられた「バックオフィス(業務支援室)」や「建設ディレクター」に委ね、現場の業務量の軽減を図る好事例も見受けられた。また、「書類作成工期」を新たに設け、空いた時間に書類を作成することや契約終了後にも提出できるなどの作業の平準化を求める提案もあった。
建設産業では、これまで品質などの管理を“現場で造り込む”ことを重要視して取り組んできたことから、関係する書類の作成は重要な作業であったと言える。しかし、働き方改革の時代となって、今一度、作成する書類が必要なものか、他の書類で代替できないか、重複はないか、作成する時間や手間を省けないか、など好事例を参考にしながら3 者が協力して「書類(紙)削減」に加えて、「書類作成時間の削減」という最も重要な課題に早急に取り組む必要がある。
【提言Ⅳ】
発注者、設計者、施工者が連携してプロセスの効率化に取り組み、時間のムダや工程へのしわ寄せを無くす
インフラの品質を確保し、効率的・効果的に建設、管理するためには、調査・設計、施工、維持管理の各段階において、発注者、設計者、施工者などの各者が相互に連携しながら取り組む必要がある。こうした各段階における各者の役割などを明確化したものが「建設生産・管理システム」であるが、多くのステークホルダーが存在することから、各段階間、各者間における十分な情報共有や良好なコミュニケーションの確保と適正な契約管理をはじめとするルール作りは不可欠である。今回の現場ヒアリングを通じて、設計変更協議をはじめとした各種協議は、受発注者双方とも担当者-建設現場の責任者-最終決定者のように階段状手続きであるが故に、決定者の意思が担当者まではっきりと伝わってこないことや、現場最前線で発注者側担当者(監督員や監督補助者)と受注者側担当者(現場代理人等)とのコミュニケーションが十分でないために、“過剰な資料”、“念のための資料”の作成や、作成した資料の修正などによる手戻りなどが発生し、時間外労働時間の増加に繋がっていると考えられる事例が見られた。
一方で、「三者会議」や「品質確保調整会議」など、協議が必要な事項や施工時の懸念事項について、施工着手前に3 者で共通認識を持つための会議や機会を設け、施工時にスムーズに対応できるようマネジメントしている事例が見られた。特に、担当者、現場の責任者に加え、最終決定者(国土交通省発注工事では地方整備局等の責任者)の参加を求めている場合もあり、迅
速な意思決定と関係者間のより確かな共通認識がもたらされることで、前述の過剰な資料作成や手戻りの減少にも繋がり、時間外労働時間の削減効果が生じると考えられる。
また、「設計審査会」など、設計変更プロセスを明確化し、スケジュール感の共有も含めて関係する作業の効率化を図った事例や、「遠隔臨場」や「ASP(Application Service Provider)の活用による打ち合わせ協議等」などICT 技術を活用し、“現場立会”や“対面による書類の確認や手交”などによる手間と時間を省いて、検査業務の効率化を図っている事例も多く見られた。また、設計業務等で実施されているが、受発注者双方で取り決める「ウイークリースタンス」は計画的な業務の実施及び労働環境の改善に繋がっている。
このように「建設生産・管理システム」におけるプロセスの効率化には、今までにも増して3者の連携を更に深め、他者の改革も自らのこととして取り組むことが必要であり、システム全体を通して“時間のムダ”や“下請けや後工程へのしわ寄せ”を無くすよう進めて行く必要がある。
【提言Ⅴ】
時間管理の重要性を認識し生み出した時間を“溶かさない”
今回の現場ヒアリングを通して、書類削減施策やプロセスの見直しにより、生み出された時間はあるものの、それが別の仕事や個々の“仕事へのこだわり”などに費やされて“時間が溶ける”事例が見られた。このように生み出された時間が、仕事に充てられては労働時間の削減に繋がらない。
また、現場ヒアリングでは、発注者や各社の管理職などの上層部の労働時間削減への意識の持ちようで、労働時間に差が生じ、現場担当者のモチベーションに差が出ていると感じられた。
受発注者双方のすべての関係者が労働時間管理の重要性を認識し、必要以上の要求や資料作成による“時間の浪費”を無くすため、自らはもちろんのこと、部下や同僚、他者の時間を“溶かしていないか?”と考えて仕事に取り組む必要がある。
2.2 建設産業全体の生産性向上を図るための中期的な取り組み
【提言Ⅵ】
生産性向上に寄与する技術開発を積極的に推進するための環境を整備する
建設産業が抱える「担い手の確保」、「労働時間の削減」といった課題を解決するためには、少子高齢化社会が進んでいる現状において、更なる労働力の投入は難しく、生産性向上に寄与するICT 技術やDX 技術による技術開発を積極的に導入し、推し進めていくことが必要である。建設産業の働き方改革はこの取り組み無しには達成できない。
政府においては、2016 年に開催された第1 回未来投資会議において、建設現場の生産性を2025 年度までに2 割向上を目指す方針を示した。この方針に基づき、ICT を活用した機械施工、プレキャスト製品の積極的な活用、作業の機械化、発注の平準化、BIM/CIMによる構造物デザインや施工シミュレーション等の可視化など、多くの現場で技術開発(異分野の技術活用を含む)が行われ、その有効性も明らかになってきている。しかしながら、厳しいコストや工期の設定、従来型の技術への信頼感からか、技術開発による生産性向上の取り組みが全面的に進められているとは言い難い。
このため、政府は、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」(内閣府)、「新技術導入促進調査経費」(国土交通省)などの研究開発投資予算の確保・拡大し、特に中小建設産業の働き方改革に資する技術開発を促進する必要がある。
また、政府(国土交通省)及び発注者は、技術開発の成果を分析し広く広報するとともに、「新技術情報提供システム(NETIS)」などを活用した技術開発成果物の登録や評価、「i-Construction 推進コンソーシアム」のような異業種・異分野との情報共有や、スタートアップ企業が参入しやすい機運を醸成するなどのための体制の整備、「技術研究組合制度(CIP)」の活用などによる産学官協働での取り組みの支援、プレキャスト化技術をはじめとした社会実装した技術の普及に向けた技術基準化、マニュアル化、カタログ化などの標準化などを積極的に行い、研究→開発→社会実装→普及といった技術開発プロセスが円滑に進むよう支援する必要がある。
また、発注者は、個々の工事の発注にあたっては、これまでのコスト重視の考え方から脱却し、省人化に資する技術や脱炭素化技術も含め、新技術導入を推進するため、コスト以外の要素を含めて最も価値が高くなるVFM(バリューフォーマネー)の考え方を取り入れて、積算価格を設定するとともに、技術提案に技術開発効果を評価する総合評価方式や技術提案・交渉方式(ECI(Early Contractor Involvement))の活用、工事又は業務評定での技術開発に関する加点評価など、技術開発を促進する調達制度の整備、改善が必要である。また、これに呼応して、設計者はアップデートされる技術開発の成果を設計成果に積極的に取り組むとともに、施工者は、現場条件に即してICT やDX(Digital Transformation)などの土木分野とは異なる分野の技術マッチングを行うなど、現場での技術開発を容易にするための環境整備を行う必要がある。
【提言Ⅶ】
建設生産・管理システムをデータで繋ぎ建設産業の働き方を根本から変える
建設現場でICT 等を活用した生産性向上技術が普及しない原因の一つに、位置データの収集、加工やICT 機械への読み込み、機械オペレータの技術習得などを現場毎にゼロから行わなければならず、却ってコストや手間がかかってしまうことにある。
このため、例えば、ドローンに登載したレーザースキャナやカメラで位置情報を取得し、このデータを元に3 次元データによるBIM/CIM 設計を行い、数量把握や施工計画を立案する。次にこのデータを引き継ぎ、施工用のデータに加工し現場の施工機械やロボットに読み込ませて工事を行う。完成すると施工時のデータを引き継ぎ、構造物等のVR/AR データを作成し、維持管理、点検・診断を行うなど、建設生産・管理システムのプロセス全体をデータで繋ぐことにより、ICT やAI などの技術を容易に活用して、現場の省人化、ロボット施工等によるリモート化、自動化などにより、飛躍的に生産性向上が図られるものと考える。
このため、政府又は発注者は、産学との協働により、建設生産・管理システムを通した共通データプラットフォーム(デバイスやアプリケーションを含む)について、3 者が共通に利活用できる「協調領域」として開発、運用を進めるとともに、設計や施工段階においては、各受注者が、現場の技術者や技能者の作業効率の向上等の生産性向上が図れるよう、各々でも「競争領域」としてデバイスやアプリケーション(各々で必要なデータプラットフォームを含む)を開発、運用する必要がある。
既に、鋼橋分野では、建設コンサルタントが作成した設計データを、鋼橋メーカーが行う製作・架設作業へ活用するためのシステム作りが始まっている。今後は他の分野でも同様の取り組みが進むように積極的な働きかけが必要である。
また、政府は、これらの双方のデータプラットフォームを基盤とした、データの取得、加工、生成、管理及び交換に関するルール作りを行う必要がある。これが実現されると、【提言Ⅱ】で取り組むこととした“書類作成時間の削減”もデジタルデータをAI に読み込ませ、自動的に確認することで、完全ペーパーレス化が可能になる。また、自宅に居ながら現場のロボットを遠隔操作したり、施工時には自律化、維持管理時にも点検データをAI に読み込ませ、自動で診断することが可能となるなど、建設産業はDX によって働き方を根本から変えうるものと考える。
2.3 持続可能で、魅力的な建設産業を実現するための長期的な取り組み
【提言Ⅷ】
建設産業の魅力向上・発信と多様な人材育成による人材のすそ野を広げる
建設産業が魅力的で、ダイナミズムあふれる産業であるためには、現在従事している技術者・技能者等の就労環境(働きやすさ)やエンゲージメント(働きがい)の向上が必要である。
提言Ⅰから提言Ⅶで示された働き方、働く環境が改善されることに加え、国内インフラ市場の持続的維持・拡大による従来の公共事業を主体とした成長と、多様な産業を巻き込んだ新たな市場創造による持続可能な建設産業の構築が必要である。この様な産業となれば、「成長と分配の好循環の実現」による担い手の所得の向上が可能となり、その結果として「働きやすさの向上」が進み、担い手自身の成長や仕事への誇り、働くことの楽しさや面白さなどの実感が生まれ、「働きがいの向上」に繋がっていくものと思われる。
また、社会や将来の担い手へのPR となるような「建設産業の魅力発信」の取り組み事例として、コロナ禍で中止されていたダム、橋、港、歴史的な施設などのインフラ施設の観光化、スケールの大きさを体感できる「インフラツーリズム」の再開、インフラを創造し、造るダイナミズムやすばらしさを知ってもらえる現場見学会、SNS による発信、建設産業の魅力を伝える建設
会社等によるテレビコマーシャルの放映や、小学生向けのマインクラフトによる道路や建物等の制作技術を競うコンテストなどが実施されており、今後もこのような事例を参考に魅力発信を推進する必要がある。
加えて、建設産業が、人材を育成し、成長する業界かつ将来性のある業界となることは、建設業が今後も魅力的な産業であり続けるための必要条件である。従来型の就労パターンや人材像(男性が多い、体力がないとキツい仕事である等)から脱却し、女性や高齢者、障害者など多様な人材が就業し、建設産業に従事する一人ひとりが活躍できる業界への転換が必要である。建設
産業が地域社会の担い手として中心的な役割を担えるよう、経験がものをいう風土や3K(きつい・汚い・危険)に代表される従来の建設業界のイメージを払拭し、多様な人材が活躍できる環境整備を推進する必要がある。
また、人材の流動性を高めて担い手を確保していく取り組みも必要である。例えば、建設産業とあらゆる産業とをコーディネートし、建設業の魅力を様々な人へ伝え、社会とをつなぐ人材としての「シビルコミュニケータ」を創出したり、ロボット施工の担い手としてロボットオペレータなどの新たな職種を創ることで、新しい建設産業は、人材のすそ野を広げていく必要がある。
【提言Ⅸ】
持続可能な建設産業とするための仕組みづくりと地域から全国へのプラットフォームを構築する
各地域がおかれている課題を共有し、地域づくり、地域の守り手としてのあり方を考え、地域内で連携し、建設産業の維持と新たな社会価値を創造するシステムとして、「(仮称)建設産業地域エコシステム」を構築していくことが必要である。地域の官、学、民が連携した共創の場を設定し、柔軟な発想によって地域の新たな価値を生みだすことで、持続可能な建設産業界へと発展させていくことが必要である。現在その仕組みの先駆けと言える取り組みの一つとして、建設業の担い手を確保するために地方公共団体、地域建設業、教育機関等が協力、連携した「担い手コーディネーター」による現場見学会やインターンシップの実施や相談対応などが地方において活発化されつつある。この様な取り組みをさらに進化させることが「(仮称)建設産業地域エコシステム」の構築につながるものと考える。
将来的には、この様な取り組み、システムが地域で育つことにより、地域間を有機的につなぎ、様々な領域の異なる主体がフラットに結びつき、地域を超えた好循環をもたらす「全国プラットフォーム」へと構築していくことが考えられ、全国的な共創の場へと繋がっていくことが期待できる。
【提言Ⅹ】
持続的に「人材」「時間」「資金」を確保するために働き方改革と合わせてインフラに関する中長期計画を策定する
大規模自然災害から国民の生命・財産・暮らしを守り、サプライチェーンの確保など経済活動を含む社会の重要な機能を維持するため、また、脱炭素社会、気候変動適応社会など持続可能で強靱なグリーン社会を実現するためには、時代のニーズに応じた継続的なインフラの整備、維持管理が重要である。
このためには、「人材」、「時間」、「資金」の3つの要素を持続的に確保することが必要であり、「人材」部分を担う建設産業の持続的な経営や、担い手確保に向けた働き方改革と合わせて、「時間」「資金」の要素に関する将来見通しを確保するため、政府又は発注者は、社会資本の整備、維持管理に関する中長期計画を策定することが必要である。とりわけ2023 年6月に改正された国土強靭化基本法に基づき具体的な事業費、事業期間を定めた中期実施計画の早期策定が望まれる。
3. 建設現場・産業の働き方改革を実現するための土木学会の取り組み
土木学会建設マネジメント委員会は、建設現場及び建設産業の働き方改革を実現するために、以下の活動に取り組み、「建設マネジメント学」の深化を図る。
3.1 建設マネジメントの対象として「働き方」を主流化する
建設生産・管理システムはこれまで、「計画」→「調査・測量・設計」→「施工」→「維持管理」の各々の段階で、受発注者を含む多様な者が、「品質」、「コスト」、「工期」を管理(manage)すべき中心的な対象と捉えてきた。
今後は、これらに加えて建設産業の「働き方」を主たる管理対象と位置付ける新たな建設マネジメントの体系が必要である。具体的には、現場で働く技術者や技能者の適正な賃金の支払い、週休2日の取得状況、月間の時間外労働時間数、日単位での勤務間インターバルの取得状況などの定量的指標の検討に加え、技術者・技能者等の「働く意欲」や「達成感」などを反映した質的指標化や評価手法の開発等により、働き方改革を効果的・系統的に促進していく必要がある。
2024 年4 月からの時間外労働規制の厳格化は、働き方自体を新たに建設マネジメントの管理対象に据える端緒とするとともに、「給与が良く、休暇が取れる、希望のもてる」新3K の建設産業への変革を可能とする重要な契機である。
3.2 建設現場における技術者・技能者との双方向によるコミュニケーションを促進する
今後、「働き方」自体を管理対象とするマネジメントを行うためには、プロジェクトを管理する技術者や発注者側の責任者と、現場の担当技術者、技能者とが双方向のコミュニケーションを行い、プロジェクトの目標、価値、取り組む姿勢等を一致させ、これまでにも増して文字通り「チーム」として取り組むことが必要である。このためには、【提言Ⅱ】から【提言Ⅳ】にあるような「三者会議」や「品質確保調整会議」等の普及、改善、他産業で行われている「カエル会議」や「朝夕メール」などの好事例集をとりまとめ、広く紹介するとともに、IoT、AI 等の情報技術等を活用して、チャットを活用した問い合わせ対応や打合せ、デバイスによる各種データの見える化、AI を活用した技術基準等の検索など、効率的・効果的なコミュニケーションツールの開発を促す取り組みが必要である。
3.3 マネジメントの「暗黙知」を「形式知」へ転換し、「体系化」を図る
これまで、土木・建築分野の目的物(構造物)は、一品生産であることから、その品質、コスト、工期などは「現場で造り込む」ものとして、良い意味で「現場主導」で行われてきた。このため、そのマネジメント手法(ノウハウ)は技術者や技能者の「暗黙知」に依るところが大きく、また、その技術の継承は、OJT を主体とした現場での取り組みに依ったところが大きいと考える。
今後は、少子高齢化、担い手の確保などの課題に対応するため、これらマネジメント手法の共通部分を「形式知」化し、「体系化」25を図って、広く技術者・技能者間で共有できる取り組みを促すとともに、その技術の継承も、現場と経営主体が一体となってOJT とOFFJT を有機的に組み合わせた人材育成プログラムを構築し、実施する必要がある。
3.4 建設生産・管理システムを一気通貫するデータ連携により深化を目指す
建設生産・管理システムの受注者側としては、「計画」、「調査・測量・設計」段階は建設コンサルタント等(測量設計業、地質調査業等を含む)が、「施工」段階は建設会社が、「維持管理」段階はこれら複数の者が担っており、適切な役割分担を構築することによって、効率的で、合理的なインフラの建設・管理を進めてきた。
一方、我が国は今後、少子高齢化社会が進み、建設産業は言うに及ばず、全産業において担い手確保が喫緊の課題となっている。このため、建設生産・管理システムの更なる効率化と高度化を図るため、【提言Ⅶ】にあるように、システムを一気通貫したデータ連携により深化する必要がある。
既に記述したように、鋼橋分野でのデータ連携に加えて、当学会や日本道路協会では基準類に関する図書の電子化を開始し、産官学の技術者らによる用語検索や現場での持ち運びなどを容易にするだけでなく、設計や施工などの作業時の共通知となるなど業務の効率化を促進することが期待されている。
今後は、他のインフラの建設、管理においても、データを連携することにより、段階を移行する際の重複作業の削減、適切な数量等の把握、共通知の伝達などによる作業の効率化を図り、現場の技術者・技能者の負担軽減を図るとともに、設計思想を共有し、設計者・施工者協働による意匠・デザインの多様化、維持管理作業の合理化、災害や不具合の発生した時の原因究明や復旧作業の迅速化等を図るなど、インフラによる国民へのサービスを高度化する必要がある。
4. 魅力ある建設産業を目指して
~提言にあたって~
土木学会 建設マネジメント委員会
委員長 加藤 和彦
土木学会建設マネジメント委員会は、これまでの活動の中で、世の中の様々な変化に応じて特別委員会を設置し、提案、発信を行う活動も行ってきました。来年度に適用される働き方改革についても喫緊の課題と考え、堀田昌英東京大学大学院教授に委員長をお願いし、昨年6 月からご検討をして頂きました。今回の提言では働き方改革の実現に向けて、創意工夫を重ね、上手く
いっている好事例の紹介や中・長期の視点で将来に向けての課題抽出や提言をさせて頂いています。
その活動の中で、働き方改革について、あたかも「黒船」が来たようだ、と称した方がいました。江戸時代末期の黒船は、日本を混乱のるつぼに巻き込みましたが、その混沌の状況から日本の近代化は大きく進み、新たな世界が広がっていきました。
「黒船」という表現が適切かどうかはわかりませんが、働き方改革への取り組みは、建設界にとっても新たな世界を築いていく良い機会なのかもしれません。これまでの仕組みの中での効率性の向上はもちろん大切ですが、加えて仕事の仕組みを柔軟に変化させていくことが、働き方改革をポジティブに受け止めることに繋がっていくと思います。発注者や設計者、そして施工者
等々の建設産業に関わる全てのステークホルダーの方々が一緒に考え、お互いの領域を重ねあうようにして、知恵や知識、経験等々を柔軟に活用する仕組みにしていくことにより、より効率的で創造的な仕事の進め方に変容していく可能性があります。
フレデリック・ハーズバーグは著書の「二要因理論」で、‘社員や部下は、金銭的インセンティブや福利厚生のみで、モチベーションが上がるわけではなく、“成長への欲求”を刺激され、達成感を味わい、仕事への満足感が上がることがやる気に結びつく’と述べています。魅力ある建設産業に変化していくためには、休暇や給料等の待遇改善ももちろん大切ですが、加えて働きがい
がより実感できる仕事の進め方も大切だと思います。
本提言が働き方改革を通じて、建設界の魅力向上に繋がっていく一助になれば幸甚です。