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最近観た映画「ONODA 一万夜を越えて」

「小野田寛郎」という、ある意味で「昭和を象徴する日本人」を、これだけ高い理解で良質な作品として描いたのが、フランス人の方であるという事が口惜しいと思ってしまうほど素晴らしい作品だった。

高校一年の冬休みに、伊勢崎町の有隣堂でたまたま手に取った「わが回想のルバング島」という本を読んで以来、小野田寛郎さんにハマってしまい、過去の著作から批判本の類いに至るまで読み漁ってきたので、映像化というのはうれしい反面、高すぎる期待値に応えて貰えないだろうという諦めみたいなものもあり(一回テレビドラマ化されたが期待外れだった事もある。)ましてフランス人監督と聞いたので、半信半疑の気持ちが強かったのだけれど、やられた!ファーストカットから持ってかれた!

「フィクション作品」という創作が入る部分に不安を感じていたのだが、むしろ「フィクション」の部分があるからこそ、小野田寛郎さんの内面や起きた事柄が、わかりやすく整理されていたり、タブー視され映像化を難しくしていた「民間人殺傷」や「家畜を奪う」等の「戦闘行為」が描きやすくなり、結果としてリアリティを増して効果的だった事に驚いた。

キャラクターの造形と、キャストの演技も素晴らしかった。小野田寛郎少尉を演じた「遠藤雄弥さん」「津田寛治さん」小塚金七一等兵を演じた「松浦祐也さん」「千葉哲也さん」島田庄一伍長を演じた「カトウシンスケさん」赤津勇一一等兵を演じた「井之脇海さん」谷口義美少佐を怪演した「イッセー尾形さん」そしてキーパーソンである鈴木紀夫青年を好演「仲野大賀さん」全員素晴らしかった。演技というよりは憑依に近い感じすらしたなぁ。

無口で頑固で強い意志を持ち、谷口少佐の命令を守るべく仲間を失いながらも不屈の闘志で戦い続けた小野田。
遠藤さんから津田さんへと役者が交代するのだけれど、びっくりするほど違和感がない。津田さんは風貌や甲高い声質、猛禽類のような佇まいまで小野田さんにそっくりで、無表情無口ながら、時々爆発する激情と長年行動を共にし、「金七」と名前で呼ぶほどの同志となった小塚を失った後の瞳に漂う哀しみが秀逸だった。

直情型でやや粗野な面を見せながら、優秀な兵士にして小野田を長く支えるよき相棒でもある小塚。こちらも松浦さんから千葉さんへと交代するのだけれど、連続性を保ちながら、不屈で衰え知らずの小野田とは対照的に、「老い」「気持ちの衰え」といった弱さを見せていくんだよね。この時の千葉さんの演技が切なくて素晴らしかったなぁ。

無口で朴訥ながらサバイバルの達人であり、祖国に妻と小さな娘を残してきている島田。小野田さんの著作によれば、沈着冷静で人生経験が豊富な射撃の名人。作中でも細かい言及は無いながらも同様に描かれたが、演じたカトウさんの雰囲気や空気感がよく本当にイメージ通りだったな。

赤津は悩み多き若者、ある意味で現代人的な感覚を持った人物として描かれている。実際にも脱走後に小野田さん達の救出隊に参加したりしているが、小野田さんの帰国後は、いろいろ感情的にぶつかるような事もあったようで描くのが難しい人物かと思ったが、上手くフィクションを織り交ぜて、誰も悪くならない形になっていたのがよかった。ナイーブなキャラクターを丁寧に演じた井之脇さんも素晴らしかった。

本来エリート情報参謀将校であった谷口少佐のキャラクターを、カリスマ的な大物スパイマスターといった正体不明の怪人物に翻案した事が、割と複雑な小野田さんの軍隊における立場や任務をわかりやすくした様に思う。イッセーさんの怪演がまた腹の底の見えない大物スパイっぽくて面白く、訪ねて来た鈴木青年を煙に巻こうとするシーンのやりとりは見応え充分だったね。

鈴木紀夫青年の屈託の無さや、妙な人懐っこさ、戦後世代らしい危なっかしさと行動力の高さを仲野大賀さんは完璧に再現していたように思う。完全な拒絶を沈黙で示す小野田さんを相手に、自らの腹の中を丸々開示して懐に飛び込もうとするシーンは圧巻だったな。

アルチュール・アラリ監督による脚本は、小野田の軍歴、谷口少佐の人物造形、島田と小塚の戦死のシュチュエーション等、大胆にフィクションを織り交ぜているが、余計な主義主張等をするためではなく、あくまで作劇上の必然に見えるのがよかった。演出面でも、鈴木青年がアメリカ煙草のラッキーストライクを吸うとか、靴下を履いた上でサンダルを履く等の、小野田にとって「不自然」な事象を細かい説明なく、さらっと描くのも心憎い。演者の熱演と、監督のあくまで俯瞰の目線を貫姿勢が、小野田さんの著作を読み込んでくる中で、唯一感じる事ができなかった「30年という時間の長さ」を感じさせてくれたと思う。

「30年の長さ」は感じさせてくれる映画でありながら、上映時間の3時間は、あっという間に過ぎてしまうという不思議な作品だったな。

とにかく素晴らしい映画でした。小野田さんを知っている人も、知らない人も楽しめる素晴らしい作品。
多くの人に観てもらいたい名作です!

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