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ありがとうを今、やっと

サザンオールスターズのCDを6枚借りて車に乗った。懐かしいメロディが私を遠い昔に連れて行く。19歳、心の平熱が高く、悲しいはずの涙さえ輝いて見えてしまう年だった。

久しぶりに聴いてみようと思ったのには訳がある。5月初旬、今から出張でアメリカに行くというメッセージが届いて、心の一部が過去と繋がったからだ。日常が戻りつつあるうれしさに、渡米の不安をそっと混ぜこんだ文章。送り主は昔、軽音サークルでサザンオールスターズを歌っていた人だった。

センパイは大丈夫だよ。そう送ったメッセージは少しして既読になった。返事がないのはわかっている。見上げた空は澄み渡っていて、やっぱり晴れオトコだよなと思った。

*


同じ人に二度恋をした。

一度目は短大生のころ。

そのサークルに入ったのは偶然だった。
講義を終えて部屋を出ようとしたら、入れ替わりに入ってきた女性グループがアンプをつなぎはじめた。突然始まった渡辺美里のマイレボリューション。小柄なボーカルの圧倒的な声量に一瞬で引き込まれる。思わず拍手をすると、歌ってみない?とマイクを渡されて、そのまま入部を決めた。

軽音部が別大学のサークルと一緒に活動していると知ったのはそれから数日後のこと。訳もわからぬまま連れていかれた大学の部室にセンパイはいた。

飲み会や合宿を一緒に運営するたびに少しずつ距離が縮まった。高校を卒業して初めて東京に出たような私は、かわいがるにはちょうどいいくらい無知で、素直だったのだと思う。そのうちに大学近くの喫茶店に連れて行ってくれるようになった。カウンター席だけの小さな店。切り盛りしていたのは年配の女性で、常連の学生たちは「まずいコーヒーを出す店」と笑いながらいつもママの噂話をしていた。だから、センパイが私をママに紹介してくれた時は飛び上がるほどうれしかった。

上級生に目をかけられ、後輩たちからは慕われる人懐っこい雰囲気が大好きだった。いつも仲間の真ん中で笑っていた人。行く先を明るく照らしてくれた人。地元に綺麗な彼女がいるらしい人。

妹になろうと思った。堂々とそばにいられるポジション、それでいいと思っていた。なのにどうして花なんて。

20本のチューリップが届いた二十歳ハタチの誕生日、私は我慢できずに電話をかけた。

近づいたり離れたりしながら過ごした2人の時間。心が大きく動いたはずなのにあまり覚えていないのは、センパイの隣で笑ってばかりいられなかったあの頃を輝く思い出にするため、記憶に補正がかかっているからだろう。

出会って2年。私が先に卒業して、だんだん距離が開いていった。気づいた時にはもう会えなくなっていた。



二度目は社会に出たばかりのころ。

いくつかの恋がセンパイを過去にしたはずだった。
でもある日突然 目の前に現れて、前と同じ声で、瞳で、彼女とは別れたなんて言い出すからやっぱり私は負けてしまった。

「俺といて困ったら言え」の言葉を熱量の半分だけ受け取る。今までアメリカに行っていて、また向こうに戻るんでしょう?大学院は何年?そのあとは?

困らない人がいるなら教えてよ。

飲み込む言葉が増えていく。

こっちで応援してる、なんて強がりを、真に受けたふりをしていることはわかっていた。センパイは少しずるくて、私はとんでもなく馬鹿だ。それでも離れられなくて、自由になる時間のすべてをお互いのために使った。あぁ、私はまた泣くんだな。精一杯のやさしさでセンパイの隣に立っている、見たことのない私を眺めながらぼんやりそう思った。

待ってろと言わないセンパイと、待ってると言えない私。気持ちだけではどうにもならないことがあると受け止めるには23歳の心は未熟すぎて、『サラダ記念日』を真似て作ったフレーズだけが青いcampusノートにたまっていった。字余りもあるし、日記から抜き取ったような一文もある。これらが短歌と呼べるのかどうかはわからないけれど、吐き出した言葉は確かに私の心を支えてくれた。


 たくさんの思い出置いて去っていく 思い出話がきらいなアイツ

 「もし俺が」「もしも私が」約束のできぬ2人のしあわせごっこ

 偶然を 必然と呼ぶ人といて 君も 私も 今も必然

 わかってる あなたの心 精一杯 馬鹿でいるのが賢明なこと

 いつだって ごめんなさいは私から 最初で最後の 君のごめんね


旅立ちの日、いつもと同じ「じゃぁな」を残して、センパイは出国ゲートに続くエスカレーターに乗った。さっきまで包まれていた手のぬくもりが少しずつ消えていく。涙を流すのに体力がいると知ったのはあの時だ。展望デッキで動けなくなった私は、仲間に支えられて空港をあとにした。


時を経てセンパイは帰国した。希望に満ちた笑顔には、新しいスタートへの不安がうまく隠されているように見えた。

待っていてよかったのなら、ちゃんと伝えてほしかった。そんなの望んでいないと思っていた。

別の人との時間を始めていた私が隣に並ぶことはもうない。さみしさを共有する術を知らなかった2人の道は違う方向に伸びていた。

*


何枚目かのCDから流れてくるメロディに、あっ、これと思う。
胸の奥にしまい込んだ小さな箱が開いたのかもしれない。込み上げるものがあった。

センパイが歌った曲だっけ。

違う。ドライブしながら聴いた曲だ。そろそろ別のテープに変えようと言うセンパイに頼みこんで何度も聞かせてもらった大好きなメロディ。

車を停めてメッセージを打つ。

もう戻ってるの?

思いのほか早く届いた返事には、2週間ほど前に帰国したとあった。向こうで大変だったことが言い訳みたいに添えられていて、センパイらしいなと口元がゆるむ。正直で少しずるいところ、何年経っても変わらない。

報告くらいしてよなんて思いながら、そういえば自分だって今日まで忘れていたじゃないかと、おかしくなった。これがきっと2人のちょうどいい距離なのだろう。

今年こそみんなで盛り上がろう。

そうだね、会えたらいいね。

自由に会えていたころに作られたサークルのグループラインは今まったく動いていない。会話が飛び交う未来にそっと思いを馳せてみる。誰かが弾くギターの音。重なっていく声、声、声。みんなの肩がやたらと近い、にぎやかな景色。

suzucoは今、幸せなのか?

届いた言葉に、息子の顔を真っ先に思い浮かべた。もちろん、と送り返してエンジンをかける。フロントガラスの向こうには淡い青が広がっていて、雲の中に飛行機が消えていくところだった。

数年前にみんなで再会して以来、時々センパイは私に聞く。それがセンパイに残った痛みなら取り除いてあげたいけれど、その方法がわからない。

選ばれなくていいと思えるのは素敵なことだ。少なくとも私にとっては。あの頃はそばにいたくて心のやり場に困っていた。いいやつと言われて行き場をなくした悪い心、それを隠すのに必死だった日々。こんなにも穏やかな気持ちで向き合える時がくると知っていたら流さずにすんだ涙もあったかもしれない。

それでも涙が心を強くしてくれたのは本当で、宙ぶらりんだった思いは揺るがぬ信頼となって手の中に残った。だから伝えるのはやっぱり感謝なのだと思う。


センパイ、ありがとう。
いい恋だったよ。


今のための あの日々を、この先も忘れない。





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suzuco
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