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ランナーの持つ最強の武器

これまでにもランナーの特性が社会でどんな役に立つのかをいくつか紹介してきました。今回はその中でも非ランナーと明らかな差が現れる、強力な武器を紹介します。

早速、本題に入りますとランナーの持つ最強の武器は「KPIを瞬時に細かく長く取る能力」です。
KPI(key performance indicators)とは日本語で言うと重要業績評価指標と訳され、簡単に言うと「目標に対して今現在どのくらい達成できてるか?」を示すものです。
例えば会社の採用で言えば、「今月は10人を採用する」という最終目標があるとします。それに対して何件の応募が必要で、そのうち何%が面接を合格して、さらに何%が内定承諾してくれたら良いかというのがKPIとなります。
具体的に言うと「100人の応募から合格率20%20人の合格者を出して、そこから内定承諾率50%10人を採用する」などの"中期目標"を定めます。
これを用いて「10日で40人の応募がきているから順調だね」とか「だけど合格率が15%だからこのままだとマズいぞ」など達成度合を数値的に評価するのが目的です。

ランナーにおけるKPI

それではこれをランナーに置き換えてみましょう。最終目標は次の試合で5000mを15'00"で走ることとします。それには3000m9'00"で余裕もって通過できる必要があります。そのためには1000mインターバル3'00"でこなさなければいけません。そのためには400mインターバル72"でこなす必要があるでしょう。
さらに言うと400mインターバルと1000mインターバルとで求めらる持久力の乖離を考慮すると、400m70"で行わないといけないかもしれません。

ここでよく考えてみると5000m15分という最終目標に対して、3000mのタイムや1000mインターバルもしくは400mインターバルはまさしくKPIそのものではありませんか。
実はランナーは言葉を知らないだけで、学生の頃からKPIを設計して目標達成を進めるという営みをひたすらに繰り返し続けてきていたのです。

KPIを細かく取る

さらにこのKPIは細かければ細かいほど精度が上がります。例えば応募数の中でも、面接に進むことができる有効応募数が何人なのかによって"100人の応募から何人の合格者を出せるか"が変わってきます。KPIを細かく取ることで、目標の達成度合をより高い精度で評価することができます。

ランナーにおいてはどうでしょう?
先ほどの例でも十分に細かいとも思えるかもしれませんが、まだ先があります。例えば3000mを9'00で走った時の心拍数は?400mインターバルの際にリカバリーは何秒?
そしてメニューがこなせるようになれば目標には近づくけれど、疲労は溜まる。どのくらいの休養期間を設けるのが最適か?
もっと言えば「先週の1000mインターバルでラスト200mが失速していたから、2秒下げてやってみよう」とか「体幹がブレていたから、補強トレーニングの回数を増やしてみよう」など細かく細かく目標を刻んで設定します。

KPIを長く取る

またKPIの期間はどうでしょう?
いくらきめ細やかなKPI設計をしても、外的要因や偶発的な問題があればその影響を受けてしまいます。例えば「今日は5件の面接予定があったが、台風の影響で2件しか実施できなかった」となると実施率は40%です。ただ週間で見ると、残りは毎日4/5件実施できれば、1週間で25件の予定のうち18件実施で実施率72%です。つまり1日目の台風で慌てる必要はなかったのです。
このようにKPIは長い期間で観測するほど精度が増していきます。ビジネスシーンでは大抵は1ヶ月で計画を立てます。

さて対してランナーはどうでしょう?
1つの試合に向けては3ヶ月程度のプランを立てます。あるいは多くの大会は毎年同じ時期に行われるので、1年計画を立てることも多いでしょう。大学陸上の箱根駅伝なんかがその一例ですね。さらにオリンピックなどになれば4年計画です。
ランナーはこのロングスパンのKPI設計によって天候によるパフォーマンスの変化や、ケガなどのアクシデントを乗り越えて行くのです。

最重要KPIを見抜く

ここまで長く細かくとってきたKPIですが、観測ポイントが増えると今度はどこに注力すれば良いのか分からなくなってしまいます。ここで大切なのが最重要KPIを定めることです。しかもこの最重要KPIは時期によって変化します。

早速、採用においての具体例を見てみましょう。例えばテレビ広告を打って応募がガンガン来てるとします。しかしあまり業界に馴染みのない人まで来ているため、合格率が下がっているとしましょう。
この時、注視すべき最重要KPIは面接合格数です。1ヶ月で20人の合格者を出すために不合格が増えてもどんどん面接実施数を増やして、合格者を出すべきです。
一方で合格率は良いが応募が集まらず面接実施が伸びない場合はどうでしょう?この場合の最重要KPIは有効応募数にするべきでしょう。まずは面接を実施できる人を集めて合格者を出せる母数を形成する必要があります。
このように状況によって重視すべきKPIは変わって行くのです。

それでは例の如くランナーに当てはめてみましょう。
5000mのレースで結果を出すには、よりレースに近い練習をこなす必要があります。先に例に出したメニューで言えば3000mがそれに当たります。
いくら1000mのインターバルをハイペースでできたとしても、3000mを継続して走れなければ5000mまで持つはずもありません。なのでレース直前には3000mを最重要KPIにおくべきです。
しかしその前段階として1000mインターバルがこなせないのであれば、まずは3'00/kmペースに身体を慣らすために400mなど短いインターバルを最重要KPIに置くべきでしょう。それが出来ないのに初めから3000mの練習にこだわるのは、応募者がいないのにどんな面接をするかと考えているのと同義です。
このように練習段階によって注力すべきメニューを変えながら走ってきたランナーにとって最重要KPIの見極めは当たり前の習慣なのです。

KPIを瞬時に測る

ここまではレースに至るまでの練習過程を例にして話して来ました。しかしランナーがKPIの扱いに長けている最たる所以はレース中にあります。それが瞬時にデータを取りKPIを立て直す能力です。
5000mを15分で走る場合、理論上の理想は1000mを3分のイーブンペースで走り続けることです。現実では初めの1000mは3'00より速く入ることが多いですが、ここでは簡単のためイーブンを理想とします。

例えば3000mの通過が9'00だったとしましょう。するとゴール予想タイムは単純計算15'00。ナイスペースです。
しかし、1000m毎のタイムの推移が2'57-3'01-3'02であったとします。この場合、現状のまま3'02で走り続けると15'04かかってしまいます。さらに言うとこの後ペースが下がる可能性が高いと考えられます。15’00以内で走るなら、ここで3'00/kmに切り替える必要があるでしょう。
ただし余力が残っていてラスト一周を68秒で走る算段があるのであれば4秒分の余剰があるので、今のペースから切り替えて前に出る必要はありません。

ランナーはこのようなデータの取得と、見込み値の算出、そしてKPIの修正をリアルタイムで行なっています。そして特筆すべきは、これらを脳に酸素の回らない運動中に、数秒以内に判断しているということ。
こんなことをやってるのだから、過去データはPCに保存されていて、計算は表計算ソフトがやってくれて、コンマの世界で答えを出す必要がないなら楽なもんです。

これこそがランナーの持つ最強の武器です。しかし彼らはそれが武器であることを知りません。
もしその力の使い方を知る何らかのキッカケがあれば彼らは優秀なビジネスマンへと覚醒するかも知れません。

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