![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/166347303/rectangle_large_type_2_76a194b3cb047079b928f67b63ebd973.png?width=1200)
森田療法/「日曜講義の想い出」
95年夏、私は鈴木知準診療所に入院しました。当時高校生。勉強はできませんでした。症状がありそれどころでなかったのです。対人恐怖症で入院。常に緊張感、恐怖感がありとてもつらかったのです。先生のところでは日曜日に講義がありました。皆はそれを「日曜講義」と呼んでいました。朝食後に1時間ぐらい先生自らお話をしてくださるのです。作業室というところがあり、炊事場の隣に面していて、畳の大きな部屋です。そこに先生が来てくださりそばには犬のジョーカーが.…..。彼はラブラドール犬でした。入院生たち20人以上が周りに正座をします。そしてお話を聞きました。
当時先生は86歳。東大医学部卒のおじいさん先生でした。森田先生の直弟子です。元不安神経症で全治を経験していました。「あるがまま」が分かっていたのです。そしてお話は大抵「不安卒倒検事」の話でした。それは戦前の話。森田先生の時代です。ある検事さんがいました。彼はパニック障害。彼は森田先生に訴えます。「電車の中では心臓がバクバクする。恐怖感があり死にそうになる。いても立ってもいられない。どうしたらいいですか?」それに対して森田先生は「今のそのあなたの状態が「あるがまま」です。不安なのは当たり前なのです」と答えました。当時の文献では「ついにその検事は分からなかった」と述べていたと思います。
そしてその直後から鈴木先生の話が始まります。「君たちわかるかね?「不安なだけでそれっきりだ!」不安な気持ちは安心にはならない。不安は不安なんだ!」それを聞かされ私たちはどうしたか?→「はっ?」となりました笑。私たち患者はほとんどが症状の真っ只中。「とらわれている」のです。全然わかりません笑。「この先生何を言ってるんだ...…?」後で友達の人に聞きましたが「知準先生の言ってることは分からないな〜本で書いてあるとこからパクればいいなぁ〜!」後にはノートに講義をまとめ提出する課題があったのです。状態的に暗中模索です。先生の言っていることは意味不明....…。今でこそ私は偉いことを言いますが、私も同感でした....…。「知準先生の言ってることは難しすぎる!!ノートにどう書いたらいいんだ!」そして見当外れに汚い字でノタノタと清書します。後で先生の評がつきました「いずれ上手に書けるようになります」(おわり)。
本当に当時は先生の言っていることは難しすぎた..…。先生の体験から来るお話がほとんどでした。「森田は言葉ではないんだ。あるがままは言葉ではないよ。心の態度なんだ!覚えておきなさい。将来必ず役に立つ。僕が死んでもね♡」当時先生がそう言うと、失礼にも私たちは若かったので、大学生とかがほとんどでしたのでクスクスと笑いました。先生も笑っていましたが当時先生は何を考えていたのでしょうか?失礼にも私たちはノイローゼでした。ギクシャクしている。その中でやることがないので、作業の合間にみんなで使うティッシュペーパーのボックスがラブラドール犬の写真のものだったりするといたずらしました。慶応大学卒の男性と共謀して黒マジックで吹き出しを書き「不安なだけでそれっきり」と犬に言わせました。そばには「ワンワン」も書きました笑。先生の言っていることがわからないので憂さ晴らしだったのです。
それを見た職員さんは「先生がお喜びになるのに落書きしたの?まあまあ。しょうがないわね」と半ば呆れ顔..…。暇つぶしでした。当時私たちは作業に勤しんでいましたが体を動かすばかり。先生の言っていることは分からない。内心「森田療法って何だ?意味わかんないぞ?本当に治るのか?お金かかりすぎてるな?家に帰してくれ!外出許可どうして出ないんだ?お菓子食べたい」と色々不満ばかり....…。入院日数も長かったのです。最低2ヶ月でした。「早く帰りたいなぁ〜あと何日で退院できるよ〜」毎日みんなでそんなことばかりしゃべっていました。
今でこそ良い想い出ですが、当時は相当辛かったのです。先生のところは珍しく「遮断」をしていました。外界との関係を一切断つのです。外出はおろか 電話もしない。手紙も書かない。そこの病院の人間になりきる。そこの環境に溶け込む。なかなか強力な条件下での治療でした。後でこそ先生の親心だったのですが当時は分からなかった。先生は時々言いました「みんなへなちょこだな。もう少しすっとした動きをしろ!」とよく言っていました。私たちは よたよたと作業していました。でも先生はそれはとがめなかった。むしろ「よたよたでいいんだよ。よろよろとやればいいんだ。その時心が動く」といつも言っていました。世間では森田療法は「あるがまま」が体得できる格好いい治療法的なところがあるように思いますが、実際はとても地味です。「ただ作業している」それだけなのですから。でも本当はその「ただ」作業するのそれが一番大切なのです。当時私たちは誰一人それに気がつきませんでした....…。