「仕方がない」は心を軽くする言葉
「仕方がない」
人はどんな気持ちでいる時に、この言葉を口にするのだろうか。
この言葉をネットで調べてみるとこのように書かれていた。
『理不尽な困難や悲劇に見舞われたり、避けられない事態に直面したりしたさいに、粛々とその状況を受け入れながら発する日本語の慣用句。』
出典『フリー百科事典Wikipedia』
これを読む限り、ポジティブな気持ちで発される言葉ではないだろう。ハッキリ言ってしまえばネガティブだ。私自身、この言葉をポジティブな意味で使ったことはない。納得できない出来事に対して不平不満タラタラなのに従わざるを得ない自分に対し、時には友人知人、家族に向かって「仕方ないよ。それしかないじゃん」というようにだ。
と、まあ私的には「ムカつくけど仕方ないじゃん」という場合に多用している。腹立たしい限りである。
ところが、それがある時その認識が少し変わった。
経緯は全く違うが結果的にシチュエーションは同じという出来事があった。一方は納得することもできず、心の整理もつかずただただ辛く苦しい。そしてもう一方は、納得だの私の気持ちだのそんなものは一切斟酌されないが辛くも苦しくもなかった。
どちらも一言で言ってしまえば「仕方がない」ことだった。
ただその「仕方がない」の質が違うのだ。
一方は自分の中に「たら・れば」の後悔の念が強く残っているが、もう一方はそれが全くない。自分がどうこうではない理由だったからだ。その時の私は「まあ仕方ないよね」とすんなり状況を受け入れて納得してしまった。そしてそう思えることで心が軽くなった。
「仕方がない」
魔法のような言葉ではないか。
そして後悔の念が強いあの出来事も「仕方がないことだった」と思えれば、ほんの少しであっても心を軽くすることができるのではないだろうか?と思ったのだ。
結果的に辛く悲しい出来事になってしまったが、あの時はそうするしかなかった。振り返ってみれば他にやりようはあったのかもしれない。でもあの時はそれが唯一の正解だと思えた。だから仕方がないのだと。
仕方がなかったことを振り返っても元には戻らない。後悔先に立たずではないが、今更やり直しはきかない。
それならば「仕方がない」をネガティブな言葉として捉えるのではなく、ポジティブな言葉として受け入れることで前を向いて一歩を踏み出すキッカケにすることができるのではないか。それは諦めでもあるけれど、いつまでも諦めることができずに引き摺りつづけることは自分の心を辛くしてしまうのだから。
そう考えれば「仕方がない」という言葉は心を軽くする救いの言葉とも言える。
この先何年、何十年生きるかわからないが、辛く苦しい時はこの言葉を自分にかけて少しでも前向きになりたいと思えた。
…まあ思うは易し、実行は難しではあるが。
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