動詞編(2) 注意を要する動詞~漢文訓読のための古典文法
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【はじめに】
本企画は、漢文訓読に用いられる日本語の古典文法について、なるべく多くのことを盛り込みつつまとめたものです。 想定以上にボリュームが膨らんでしまったため、まずは次の要約版から入って頂けるとよいと思います(各種活用表のpdf版もダウンロードできるようになっております)
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前回は、一般的な動詞の活用とその接続について述べましたが、今回は、一般論に従わなかったり、その他、注意すべき動詞について述べていきます。
発展的な内容を含むため、適宜、省略してOKです。ただし、サ変動詞は頻出なので、サ変動詞の項だけは先に読んで下さい。
他にも《来たる》《死す》《居る》《入る》《出だす》《出づ》《得》あたりは、早めにおさえておくのが良いと思います(日本の古文を読むにも役立ちます)。
日本古文とは異なる活用形をとる動詞
カ変について
カ変《来》:漢文では使わず、ラ行五段《来たる》を使う。連用形は「来たりたり」と続きにくいため、「来たれり」とするのがよい。
ナ変について
ナ変《死ぬ》:漢文では、サ変《死す》を使う。
ただし、ナ変、あるいはナ行四段で読むこともゼロではない。例えば、論語に「人の将に死なんとする、其の言や善し」という文は、ナ変orナ行四段で読まれている。これは、有名な一節であり、過去の訓読が慣用化して残っているものであろう。ナ変《往ぬ》:漢文では、カ行四段《往く》を使う。読みは、「いく」ではなく、「ゆく」である(《行く》なども同じ)。
ラ変について
ラ変《居り》:漢文では、ラ行四段《居る》で活用する。連用形は「居りたり」と続きにくいため、「居れり」とするのがよい。
なお、漢字「居」は必ずしも単純な存在を表わすだけでなく、居住する、座る、などの意味を持つことがある。ラ変《侍り》:漢文では、サ変《侍す》を使うのが普通。専ら「目上の人に付き従う」の意味で用い、《あり》の尊敬・丁寧語としては用いない。
ラ変《いまそかり》:漢文では使わない。
下一段活用について
《蹴る》は、通常の古典文法においては、カ行下一段に活用するとされています。しかし、『これならわかる漢文の送り仮名』によれば、漢文訓読においては、現代語とほぼ同様のラ行四段に活用するとのこと。辞書『漢辞海』の用例でも「けらず」「ければ」とあります。本企画でも、これらに従っておきます。
ただ実際問題、《蹴る》の用例は少なく、漢文に詳しくない古文の先生に、そのような認識があるかは疑問かな。学校の授業で、四段だと言い張って先生を困らせないようにね。
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以上の結果、カ変・ナ変・下一段は、漢文訓読では(ほとんど)使われず、ラ変動詞も《あり》だけとなります。
ただし、形容詞や助動詞の補助活用にて、ラ変型の活用が頻出するので注意。
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注意すべき語形
《入》、《出》
現代語の《入る》、古文・漢文ではラ行四段《入る》。
※「入口」「入りびたる」現代語の《出る》、古文・漢文ではダ行下二段《出づ》。
※モンスター召喚時の「出でよ、○○!」現代語の《出す》、古文・漢文ではサ行四段《出だす》。
※「見出だす」
一文字の下二段動詞《得》、《経》、《寝》
現代語の《得る》《経る》《寝る》、古文では《得》《経》《寝》と一文字の下二段動詞となって特徴的ですが、漢文では次のように扱います。
《得》:漢文でも、ア行下二段《得》。
《経》:漢文でも、ハ行下二段《経》。
《寝》:漢文では、ナ行下二段《寝ぬ》を使う。
その他
《食べる》、《食う》
⇒ 漢:《食らふ》ハ行四段《怒る》 ⇒ 漢:《怒る》ラ行四段
《抱く》 ⇒ 漢:《抱く》カ行四段
《詣る》 ⇒ 漢:《詣る》ラ行四段
《埋める》 ⇒ 漢:《埋む》マ行下二段
《違う》 ⇒ 漢:《違ふ》ハ行四段
他にもあるかもしれませんが、とりあえずはこのくらいで。
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サ変動詞
上記の《死す》の他、様々な語に、サ変《す》をつけて、動詞化します。通常、日本語としては用いられないor稀な形でも、遠慮なくサ変動詞化して大丈夫です。
(例:《西す》(西に行く)、《以てす》・・等)
《比ぶ》と《比す》のように、通常の日本語活用とサ変が併用されていることもあるが、使い分けに神経質になる必要はない。所詮は、原漢文には無い区別である。
単に「す」をつけるだけでなく、《異にす》、《是とす》など、様々な作り方がある。
生ず(<生す)、重んず(<重みす)、同じうす(<同じくす)・・のように、サ行が濁音化したり、音便となることもある。
ただ、現代日本語の感覚から類推できるものも多いので、ここでは詳しく扱わない。
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もとはサ変動詞だったが、現代では、他の活用に変化してしまったものがあります。以下、例。
愛す (サ変)⇒ 現:愛する (サ行五段)
生ず (サ変)⇒ 現:生じる (ザ行上一段)
重んず(サ変)⇒ 現:重んじる(ザ行上一段)
これらの語を訓読するときは、必ずサ変で活用させること。例えば、「愛さる」「愛さず」「生じる」「重んじれば」ではなく「愛せらる」「愛せず」「生ず」「重んずれば」です。
【補足】実は、近代の文語では「愛さる」などの言い方は普通であり、『文法上許容スヘキ事項』として文部省公認であったが、現代の漢文訓読では使わないのが無難である。
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活用形が混在している動詞
《恨む》、《忍ぶ》
・現代語ではマ行五段の《恨む》
・現代語ではバ行五段の《忍ぶ》
この二つの動詞、古文では主に上二段に活用しますが、漢文訓読では、四段と上二段とが混在しています。ここでは以下のように整理しておきます。
未然形:上二段が中心だが、四段も用い得る。
他の活用形は四段のみ使用
特に、否定形の「恨みず」はよく見かけますので、この形を基本にしておくのがよいでしょう。
ちなみに、「捨てるに忍びない」という現代語は、上二段の名残。ただ、東京・上野の不忍池は「しのばずいけ」と四段で読みます。
【注】《偲》を「しのぶ」と読むのは日本語独自の用法ですので、漢文訓読では「しのぶ」と訓ずることはありません。
《用ゐる》、《用ふ》
現代語の《用いる》は、漢文では、ワ行上一段《用ゐる》、ハ行上二段《用ふ》の両様に活用します。
これらは意味によって使い分けるというより、それぞれの訓読者が、その習慣・考え方によって、どちらか一方を専用に使っているという感じです。
ただ、これから漢文訓読をはじめる人は、本来の形《用ゐる》で読んでいくのが無難かもしれません。
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音便について
四段活用の連用形、形容詞の連用形・連体形等において、音便が現れることがあります。
(促音便)読んだり(<読みたり)
(撥音便)取って(<取りて)
(イ音便)書いて(<書きて)
悲しいかな(<悲しきかな)
(ウ音便)問うて(<問ひて)
同じうして(<同じくして)
音便は禁止されているわけではないので、あまり目くじらを立てないのが賢明です(「以て」「因って」「大いなり」のように、音便形が語源となった言葉もあります)。
音便について一般的な法則を見出すのは困難です。《以て》《全うす》など慣用的表現となったものは別とすると、結局、訓読文としてこなれているか、訓読者個人の判断によるところが大きいのでしょう。
強いていえば、次のようなケースは音便が用いられることが比較的多いのではないでしょうか。
・「ハ行四段+て」(問うて、思うて)
・「形容詞+かな」(悲しいかな、甚だしいかな)
・「形容詞+す」 (同じうす、全うす)
もちろん、音便は義務でもありません(慣用的表現となったものを除く)。学校のテストにおいては、音便にしなくて済みそうな語については、原形のまま使うのが無難かもしれません。
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その他
《異なる》について
現代語のラ行五段《異なる》は、古文漢文では形容動詞《異なり》として用いるのが原則です。イントネーションは、「こ/とな\り」ではなく、「こ\となり」。
ただ、破格ではありますが、動詞《異なる》として読むことも無くはありません。
これ以外に、漢字《異》を動詞として読むなら、サ変動詞《異にす》、《異とす》などが候補としてあがってきます。
《異にす》は「別物にする」という意味ですから、動詞《異なる》の代用となり得ますが、《異とす》は「奇異に思う、あやしむ」という意味になってしまうので、《異なる》の代用として用いるのは厳しそうです。
自/他動詞と《る/らる》について
漢文訓読において《る/らる》は、ほぼ受身の意味でのみ用いられるので、自動詞に《る/らる》が続くことはありません(助動詞編(1) る/らる/しむ参照)。
実は、他動詞であっても《る/らる》を用いる頻度は高くありません。それは、意味上受身であっても、漢文や漢文訓読では、他の表現で済ませてしまうことが多いからです。
本記事の活用表では、煩雑を嫌って、《る/らる》が続くことは多分無いだろうな・・・という動詞に関しても、《る/らる》に網掛けをすることはしておりません。
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