見出し画像

マガマガ 第3話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

私こと(PRK‐0000)AKAオルガ・キムはニュートンタウンの地下三階、擬人専用訓練施設にいた。
ドーム型の空洞内に、ダーウィンタウンを模した建物があり、物影で息を潜めている兵士たちの姿が擬人の全方位視野で確認できた。兵士たちは戦闘用のボディアーマーをまとっていた。擬人の研究によって造られた全身を覆う戦闘用防護服だった。
残り時間三十秒。網膜に埋め込まれたコンタクトレンズ型端末の視界に、訓練のタイムアップまでの時間が表示された。
隠れていた兵士が数名飛び出してきて、構えた銃でタリナーゼ弾を発射しようとした。
私は空中に飛び上がり、背中にあるミツバチのような羽を広げてホバリングしながら体の向きを変え、兵士の頭に銃口を合わせて特殊弾薬を撃ち込んだ。
特殊弾薬は命中部位に貼りつき、タリナーゼを放出し装甲を脆弱化させ、爆発して頭部を吹き飛ばした。
二十六、二十七、二十八個。
私は消失する兵士の頭部をカウントしていた。
ブーブーブー。
タイムアップの音が耳の中で響いた。

「オルガ少尉、ご苦労。訓練を終了する。格納庫へ帰投せよ」
「了解」
上官の命令に従い、街の上空をホバリングして格納庫を目指した。訓練場のあちこちに頭のないボディアーマーが倒れていた。
格納庫に戻ると、擬人に薬液が注入された。擬人と同化していた意識が弱まり、自分がその体内にいることを思い出した。
私は脊髄に突き刺さった神経接続用の擬人の触手と、血流同調のために両腕と両足に突き刺さった触手を引っこ抜いた。すると、私の肉体を固定していた擬人の筋肉が融解していき、周囲に空洞ができた。体を反転させ、擬人の背中に埋め込まれたセンサーに触れるとぱっくりと開き、私は外へ出た。
近くにいた整備員が私に高圧洗浄を行い、ボディースーツにまとわりついていた肉片が赤い血とも流れて落ちていった。
――まるで蛹ね。
擬人を見上げながらそう思った。整備員からタオルを受け取り、頭をごしごしと拭う。
「訓練中に戦死した同志諸君に敬礼」
上官の声が響き、その場にいたスタッフ全員が訓練場に向かって敬礼し黙祷を捧げた。
――罪人であっても死ねばみな英雄、か。訓練場の兵士たちはみな受刑者で、恩赦のために戦わされていた生贄に過ぎないのに。
「やめ、直れ」
私は目を開け、網膜の中の端末で今日の成果を確認しながら、更衣室へと向かった。
「仕上がりは順調か?」
ボディースーツを脱いで裸になり、下着を身に着けていると、端末に通信が入った。
私は内耳に埋め込まれた端末の音声がよく聞こえるように、耳に手を押し当てた。
「無駄話の必要ないわ、175(イナゴ)。私の意志は変わらない」
「そうか。休戦協定解除まであと二日だ」
「ええ、わかってる」
私は軍服を身に着けそう答えた。

二ヵ月前のことだ。
二十歳の誕生日にPRK‐0001が0000になった。
その翌日、私はニュートンタウンの指導者の一人である将軍宅へ呼び出された。
「やあ、同志オルガ。よく来てくれた。紹介しようこちらは同志175(イチナナゴ)だ」
肥えた体をソファに沈み込ませた将軍が言った。
「初めまして、オルガ・キム君。私は175。イチナナゴとでもイナゴとでも好きなように呼んでくれ」
イナゴはソファから立ち上がり、部屋の入口付近に佇む私の所へ来た。将軍の視線を遮る位置に立ち、懐から抜いた拳銃を差し出した。
どうしていいのかわからず、戸惑っているとイナゴは言った。
「君はニュートンタウンの指導者たちを憎んでいるのだろう。その気持ちはよくわかるよ。国民は十分な食事を与えられないまま、同志たちのためにと日々厳しい軍事訓練に励んでいるのに、こいつらときたら必要以上に栄養を蓄えてぶくぶくと肥え太り、偉そうにのけ反り返って見下してやがる。これを使って怨みを晴らせばいい。大丈夫だ。君が処刑されることはない」
「同志175。一体何の話をしているのですか?」
イナゴの銃は見えないはずだが、不穏な会話を耳にして将軍は口を挟んだ。
「黙っててくれないか、将軍。私は彼女と話をしているんだ。それとも何か、君は私と同等に口を利ける立場にあるとでも思っているのか?」
イナゴは首だけを将軍の方に傾けて言った。
「いえ、そんなことは。申し訳ありません」
将軍はハンカチを取り出し、冷や汗を拭った。
「さてと。オルガ少尉、決断したまえ? これを手に取るのか取らないのか?」
私はスーツ姿のイナゴの全身を見回したが、階級章はどこにも見当たらなかった。一方将軍は胸に大将の階級章。そして私も軍服に少尉の階級章を付けている。
――階級順に並べるなら一番が将軍、次が私、最下位に階級章のないイナゴ。
けれども。
私はイナゴの手から銃を取った。
「それでいい」
と言ってイナゴは脇によけた。銃を持った私を見て将軍は狼狽えたが、躊躇せず眉間に一発撃ち込んだ。
「いい腕だ」
頭に穴の開いた将軍が前のめりに倒れガラス製のテーブルにヒビが入った。
私は銃をイナゴに返した。
「階級が低い者が高い者に銃を向けてもトリガーがロックされ弾丸は発射されない。階級が見た目通りだった場合、君はどう対処していたのかね?」
「あなたの首をへし折っていました」
「なるほど。面白い。掛けたまえ」

私はソファに腰かけ、将軍の血だまりができたテーブルを挟んでイナゴと向き合った。
イナゴは茶色い瓶を取り出し、おもむろにテーブルの上に置いた。
「まずは、これを飲んでくれ。話はそれからだ」
蓋を開けると中にはナメクジのような角を持つ半透明の物体が入っていた。私は瓶を持ち上げ命じられたままに呑み込んだ。ゴクリと喉を異物が通り抜け、吐き気を覚えたが我慢した。
「気分はどうかな?」
「特に変化はありません」
「そうか。やはり193の言った通りか。まあ、いい。それを呑み込んだことで擬人に搭乗する資格を得た。おめでとう。これから君には休戦協定が解除される直前まで、擬人で戦闘訓練を積んでもらうことになる。オルガ少尉はeWarゲームのトップランカーだったね。であるなら、すぐに操作に慣れるだろう」
「質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「擬人と言うのは、eWarゲームで使用されている擬人のことですか?」
「そうだ。あのゲームは実在する擬人をデータとして取り込んでいる」
「休戦協定が明けたら実践投入されるということですか?」
「四月二日になったらダーウィンタウンを強襲する作戦が立案されている。が、君にやってもらうのはその作戦に参加することではない。君には開戦と同時に、タウンの指導者全員を始末してもらう」
「えっ?」
「理由を説明しよう。その前に私が何者なのかを教えた方がいいな。私はパノプティコンの人間だ」
部屋の中からでは見えないにも関わらず、私は思わずパノプティコンのある方角を見上げていた。
パノプティコンはコロニー中央に浮かんでいる半径25メートルほどの球体のことだ。円柱形コロニーの回転軸付近は無重力空間であり、その巨大な球体は何の支えもなく宙に浮かんでいた。
「あなたが……! 監視者……?」
「そうだ。我々がコロニー全体のシステム管理と監視を行っている。コロニー回転軸のズレ防止、太陽光パネルによる電力供給などを管理している。監視者は三百年間それぞれのタウンに対して不干渉の立場を貫いてきたのだが、今回のニュートンタウンの暴挙は見過ごすわけにはいかないという結論に達した」
「暴挙? とは何ですか?」
「指導者たちは、開戦と同時にダーウィンタウンのコロニー外壁の破壊を目論んでいる。一気に勝敗を決めようという腹らしいが、そんなことをすればコロニー内の希少な資源が宇宙空間に大量に飛散してしまう。オルガ少尉、君はニュートンタウンの資源循環率を知っているかね?」
「99.999%です」
「それを本気で信じているのか?」
「……」
「我々の試算ではダーウィンタウンが92%。ニュートンタウンは82%だ。ニュートンのリサイクル技術はダーウィンに大幅に劣っている。仮にダーウィンのように死者の埋葬を止めてリサイクルに回したとしてもせいぜい87%がいいところだ。だから人口が500万ではなく350万しかいないのに国民の栄養状態が悪い」
「そんな、まさか……」
「歴代の指導者たちが積極的に戦争を仕掛けていた理由もそこにある。豊かさを求めて資源を奪い取りに行く。同時に、戦死者を大量に発生させて口減らしも行う」
「……指導者たちを殺して、再び休戦状態に持ち込むということですか?」
「いや、違う。戦争は継続してもらわなくては困る。現状の科学力では、コロニー全体で850万人を継続的に養っていくことは不可能だ。持続可能であろうとするなら、半分まで人口を減らす必要がある。中々絶望的な数字だろう。指導者を始末した後は私が指導者に成りすまして指揮を執る」
「証拠は? 今の話を裏付ける証拠はあるのですか?」
ピロン。
と内耳の端末に音がして、視野の中にイナゴから添付ファイルが届いたと表示された。
「オルガ少尉。そのファイルを開けば最高ランクのアクセス権が供与される。それを使ってダーウィンタウンの機密情報を確認すればいい。そこに君の言う証拠がある」
「なぜ私なんですか? eWarゲームのランカーなら他にもいるのに」
「コード0000を持つ者しか免疫適応できないからだ。私のようなパノプティコンの管理者であっても無理なんだ」」
「コード0000?」
「PRK‐の後に続く数字のことだ。さてと、話はここまでだ。君が証拠とやらに納得できたら、この場所へ来てくれ。私は将軍の遺体を処理しておくから、君は先に退出したまえ」
端末にピンの打たれた地図が送信されてきた。
私はそれを確認しながら部屋を出た。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?