スティーヴン・キング『浮かびゆく男』中編集コロラド・キッドより
スティーヴン・キング作家活動50周年記念作品です。『異能機関』『ビリー・サマーズ』『死者は嘘をつかない』に続く中編集です。
今回の中編集には『浮かびゆく男』『コロラド・キッド』『ライディング・ザ・ブレット』が収録されています。その中で『浮かびゆく男』はさわやかな感動を感じることができた作品でした。
登場人物とあらすじ
リチャード・マシスンの『縮みゆく男』に影響を受けた作品です。『縮みゆく男』が身長が少しづつ低くなる設定に対し、『浮かびゆく男』は体格が変わらずに体重が少しずつ減っていきます。キングは50年の作家生活の中で、多くの古典から影響を受けた作品を発表してきました。まったくのオリジナルな作品である必要はないという考えもあるし、オリジナルな作品を超える内容の作品を発表をすることで後進へつなげさらに優秀な作品が発表される土壌が育っていくという考えもあるでしょう。今作に関してはリチャード・マンスンに捧げされていますし、主人公の名前が『縮みゆく男』と同じであることからも信念をもって書かれた作品であることがわかります。
登場人物は覚える必要があるのが4人なのでわかりやすい。
スコット・ケアリー・・・浮かびゆく男。身長193cm開始体重110kg40代、職業WEBデザイナー?、離婚してメイン州キャッスル・ロックに一人で住む、扶養家族はねこのビル・D・キャット1匹。
ボブ・エリス・・・スコットの友人。75歳の引退した医師。
ディアドラ・マコーム・・・キャッスル・ロックで動物性食品を使わないエスニック料理店「ホーリー・フリホール」を経営している。同性愛者。長距離走の選手、キャッスル・ロックで開催されるマラソン大会「第45回ターキートロット・レース」のポスターの中心に写っている有力ランナー。
ミシー・ドナルドソン・・・「ホーリー・フリホール」のシェフ。ディアドラの同性婚カップル。
スコット・ケアリーは体格が変わらないのに体重が減っていくことをボブ・エリスに相談するが原因究明にはいたらない。同時期にスコットは隣りに住む同性カップルと彼女らの飼犬の糞のことでトラブルが起きかけていた。スコットは仲良くなるきっかけぐらいに思っていたが、ディアドラは頑なな態度を崩そうとしない。スコットは彼女の態度に感じるものがあり、なんとか仲良くなろうと努力をする。二人の仲は並行線がつづくなかスコットは最後の手段にでます「第45回ターキートロット・レース」でディアドラに勝負を挑むのです。ディアドラが勝てば今後スコットは二人に関与しない、万が一スコットが勝てば二人を自宅に招き食事をするというものだ。優勝候補のディアドラ「勝って優勝者の権利クリスマスイルミネーション点灯式を同性婚カップルが行うのをモチベーションとしている女」VSテニスシューズで走るスコット「見た目はめたぼなおっさんだが筋力そのままで体重は65kgの男」の競い合いが始まる。
メイン州のマラソン大会
「ターキートロット・レース」はコース延長12kmでニューイングランド中から参加者がやってくる伝統的なマラソン大会だ。それでも参加者は900名ほどだが小さな田舎町キャッスル・ロックでは大きなイベントになります。優勝者は町の広場にあるクリスマスツリーに明かりを灯す権利がもらえる。
キャッスル・ロックはアメリカの田舎町でご多分にもれず保守的な考えな人が多く住んでいます、そんな街で同性婚カップルが経営するレストランがうまくいくのは難しいのでしょう。ディアドラはマラソン大会に優勝してクリスマスツリーツリーを同性婚カップルが点灯することで「ざまあみろ」みたいな感情をぶちまけたいのでししょう。
そんなディアドラの破滅的な感情を理解するスコットは、ある意味彼女に好感を覚えていく感じが読み取れます。スコットは優勝してディアドラの凝り固まった考えを少しでもほぐしたいというぐらいの考えだったのだと思います。
レースは序盤はスコットは体重110kgバージョンで走り、顔見知りの人々と会話を楽しみながら楽しく走ります。そして9kmくらいから様子が変わっていきます。ハンターヒルという名前から恐ろしい心臓破りの坂に差し掛り、先頭集団のディアドラが見えてくると体重65kgバージョンに変わっていくのがわかります。なぜか雷鳴が鳴り響き出し、緊迫したレース展開を楽しむことができます。レース描写もしっかり読ませながらキングらしさも随所に出て来るところはさすがです。
レースの結果は置いておいて、ゴール近くでの新聞写真がきっかけでいろいろと好転していきます。それは奇跡によるものなのですが、二人の方向は違うが強い意志が呼び込んだものと考えてよいでしょう。
親切心の押し付けのきっかけ
スコットは自分の職業について多くを語りません、WEBデザイナーらしいのですがあまり情熱を持っていないようです。友人のボブにも近々大金を得られそうだと語る程度です。自分の仕事をくそどうでもよい仕事と捉えているのでしょう、クライアントの百貨店に対しても大した思いもなく収入を得るだけの関係と思っているようです。そして別れた妻もどこかで楽しくやっているようで、いなくなっても困るのは飼い猫のビル・D・キャットのみです。そしてとどめは体重が減り続けるようになってしまいます。
スコットはディアドラが自分と同じ境遇であると感じたのでしょう。見た目は余裕がありそうだが窮地に陥っていることを。天涯孤独で体重がなくなるまでの日数も計算できる、だからこそスコットは行動できたのかもしれません。読み終わった後のさわやかな充実した感じはスコットの周りを巻き込んでいく前向きな考えによるものです。
そうなると後は飼い猫がどうなるかですが、そこもちゃんと描いてくれています。