どこにでもいる怖さ『おれの中の殺し屋』
『深夜のベルボーイ』『バッドボーイ』『テキサスの2人』などおもしろそうな題名の小説を執筆しているジム・トンプスン。なにか読んでみようと思っていたところ、スティーヴン・キングが解説を書いているではないですか。というわけで図書館で借りてきました。
ジム・トンプスン著
三川基好訳
『おれの中の殺し屋』
読んでいる間、ずーと不安な気持ちがなくならなかった。なぜだろう。
1人称で語られているのでルー・フォードのやっていることは読者にはまるわかりです。でも、なぜかルー・フォードは捕まらない、アリバイ工作もなんとなく幼稚な感じかするのにです。
保安官助手として暴力に頼らずに職務を遂行してきた実績があるのかも知れない。テキサス州セントラルシティの住民にとって、ルー・フォードはどこにでもいる良いやつ。でも、周りの人々は彼の本性に気づかないところが一番の恐ろしいところです。
ルー・フォードにとって善い行いも悪い行いも変わらない、やるべきことをやるだけと言うことだろうか、見た目ではその本性がわからない、それこそが人間としてもっとも恐ろしいことだと思います、
ルー・フォードのことを理解するために重要な箇所があります。
『エイミーを殺さなけらばならないのはわかっていた。その理由もはっきり言うことができた。ところがそのことを考えるたびに、あらためてなぜなのか考えなけらばならなくなった。何かをしていたとする。本を読んでいるとか、あるいは彼女と過ごしているとか。すると突然、自分は彼女を殺すのだという考えが襲ってきて、それがあまりにも途方も無いことに思えて笑ってしまいそうになるのだ。それから改めて考えて、やはりそうだと思う。やはりそうするほかないのだと・・・』
彼の心のなかに入ろうとする人間はすべて不幸になる、だれにも止められないことがわかります。
文庫本の解説でスティーヴン・キングはこの小説をものすごく絶賛しています、本当の恐怖は普通の人間のなかにあるという考えは共通するものがあります。彼も私とおなじような不安な気持ちを抱えながらこの小説を読んだのでしょうか。