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スティーヴン・キング『死者は嘘をつかない』



2024年はスティーヴン・キングの作家デビュー50周年ということで、日本でも翻訳された本が何冊も発売になります。
傑作だった『ビリー・サマーズ』に続いて今回は『死者は嘘をつかない』を読みました。このあとさらに『コロラド・キッド』『フェアリー・テイル』と続くそうで、キングの愛読者には楽しい1年になりそうです。


キング流『キャッチャー・イン・ザ・ライ』

22歳のジェイミー・コンクリンが4歳から15歳までの間に起きたことを書いている自叙伝の形をした小説です。読みながら『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とおなじ種類の小説だと思いました。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は主人公のホールデン・コールフィールドがアニーやフィービーなどの兄弟や学校での教師や友人さらに街で出会った人々との関係から、ホールデンの悪ぶった(あとになって恥ずかしくて頭を抱えてしまうような)行動とその裏腹なこころの中を描いています。一方『死者は嘘をつかない』のジェイミーは彼の死者とコミュニケーションがとれるという能力から亡霊との関係を描きながら母親との関係と出生の謎など悩める青春を描いていきます。そうなるとホールデンが若くして亡くなった弟アニーの美しい思い出から抜け出そうとするように、ジェイミーが成長とともに爆弾魔ケネス・セリオーの亡霊との関係が変化していきます。舞台が両作ともニューヨークであることもあって、読んでいるときの感覚が似ているなと思いました。

死者は嘘をつかないことばそのままに

題名そのままの死者が真実のみを述べるという設定がきいています。例えばバーケット教授の妻が幽霊として登場したところでは、4歳のジェイミーが書いた緑色の七面鳥に対し、あなたはレンブランドになれないとはっきりと指摘します。そして夫への愛も隠しません。

彼女は夫の頬に・・・あるいは頬に向けてキスをした。そのどっちだったのか、ぼくにはわからなかった。「あなたを愛していたわ、マーティ。いまでもね。」
ミスター・バーケットは上げた片手で、妻の唇がふれた場所が痒くなったように掻いた。たぶん本人はそう感じたのだろう。

文春文庫『死者は嘘をつかない』P17

その後も作家レジス・トーマスが『ロアノークの秘密』執筆中に死亡したあとも、亡霊となった作者の口述をして作品を完成させたり。爆弾魔ケネス・セリオーが連続爆破事件中に死亡したあとに、最後の爆弾のありかを聞き出したり。バーネット教授の秘密にしていた家族関係という知らないほうがよかったことを聞いてしまったりとこの物語をおもしろく読む軸となっています。
母の元恋人で警察を押収薬物を横領したことでクビになったリズがこの能力を悪用しようとするシーンがハイライトとなっています。警察をクビになり単なるヤク中になったリズはクスリの売人ドナルド・マーズデンからオキシコンチンを奪うためにジェイミーの能力を利用しようとします。その狡猾かつ必死なリズの残虐な尋問シーンはいろいろな問題が重なっていたジェイミーにはあるいみ吹っ切ることができたような衝撃を与えたのかもしれません。

決められたラストシーンへ向かう物語

「では、結びの一文を教えよう」
とミスター・トーマスが言った。彼は変わらず生き生きしていた・・・死んだ人間を‘生き生き’とするのは誤った表現かもしれない。でも声がかすれはじめていた。ほんのすこし。
「なぜなら、私はつねにそこを最初に書く。その篝火に向けて漕いでいくのだ」

文春文庫『死者は嘘をつかない』P79

これはレジス・トーマスがジェームズに遺作の口伝えした最後の言葉です。キングもこの小説を執筆するのに同じ方法をとったかはわかりませんが、最後に明かされるジェームズの出生の秘密は最初から決まっていたはずです。この秘密は驚きではありますが、人によっては拒否反応をしめすような内容です。当の本人のジェームズにはもっと驚きを感じたでしょう。それでなくても、リズによる残虐な事件に巻き込まれたり、亡霊となったケネス・セオリーとの決着をつけなくてはならないときが重なっていたのに。
ケネス・セオリーとは敵対する中からバディーとなるところが、ジェームズの成長を感じられるよいシーンでした。そこから結びの一文へつながっていきます。

ばくが笛を吹けばそれは来て、舌を絡める儀式の代わりに抱きあえば・・・そう、そうすればわかるんじゃないだろうか。
それでわかる。わかるだろう。
後になって。

文春文庫『死者は嘘をつかない』P335




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