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古典初心者が読む瀬戸内源氏 巻六 ~恋心あてもなく~

 どうも、古典初心者のKです。巻六からはいよいよ源氏物語も第二部、一部のラストの栄華から一転、主に老いを迎えた光源氏が零落していく物語となります。
 光源氏も四十歳、立派なイケおじです。この巻はすべて「若菜上・下」の帖のみです。いままで登場した人物がそれぞれの立場で、複雑に絡み合い、読み応えがあります。寂聴さんはこの「若菜」をその心理描写の卓越さを上げて、近代小説を読むようだと言っています。

 さて、事件の発端は源氏の兄、朱雀院からでした。院は自身の愛娘、女三の宮を自分とさほど年の変わらぬ源氏の元へ嫁がせようとします。この女三の宮の降嫁により話が大きく動き出すのでした。
 紫の上にとっては寝耳に水の出来事。これから老年期へ向かうなかで、ようやく源氏とふたりして、穏やかな余生を楽しもうとした矢先のことでしたから。しかも女三の宮はずいぶん年若く、おまけに位も高い。何の疑いもなく幼いころから源氏に育てられて妻となった、紫の上の地位が揺らぎだすのでした。ここから彼女の懊悩がはじまります。いっそのこと出家をしたいと詰め寄りますが、源氏はそれを許さない。

 そしてここでこの巻の主人公と言うべき、柏木です。源氏の永遠のライバル、大政大臣(頭の中将)の長男です。
 柏木はあるとき偶然にも、女三の宮の姿を見てしまい、その瞬間熱烈に恋に落ちます。その恋心は結局成就しないまま、別の女性と結婚します。ですが、三の宮への執着が捨てきれません。その恋心の暴走は狂気的です。現代で言うとストーカーじゃないか、これ。そんな恋心は次第にエスカレートしていき、三の宮に仕える乳母子に手引きさせ、夜に忍び入って三の宮を強制的に犯してしまいます。

 ここのところは、現代的な読みをすれば議論が分かれるところでしょう。密通なのかレイプなのか。源氏物語にはこうした一方的な男性側からの強制的な性行為からはじまる婚姻パターンが多く描かれます。光源氏もかつて、幼い紫の上のヴァージンを奪いましたしね。
 作家の山崎ナオコーラさんは、自著「ミライの源氏物語」(淡交社)のなかで、この出来事を性暴力と言ってました。現代では同意なき性行為は性暴力と捉えられます。でも女三の宮は、劇中では光源氏への裏切り者扱いでどちらかというと悪く描かれます。彼女はれっきとした被害者で、その視点が抜け落ちているのでは、とナオコーラさん。被害者の人権を踏みにじっていると。そのニュアンスを汲みながら読解すべきだと話していました。
 もちろん当時が一夫一妻制ではないこと、通いという婚姻形式であったことなどを考慮しなければならないのですが。そういえば、寂聴さんはこうした密通を「レイプ」と強い言葉で話されていたのが印象的でした。
 まぁ、この論議に関してはさておき。

 その後女三の宮は柏木との不義の子を懐妊します。ですが、そのことが源氏にバレて、源氏は激昂し、マフィアのボスみたく若いふたりに圧力をかけ追い込んでいきます。…オレの女に手を出しやがって的な。恐ろしいほどのジジイっぷりです。
 でも、源氏はふと立ち止まるんです。このシチュエーションって、かつての父帝の妃、藤壺と密通し子を生した、あの自分たちの禁断のラブアフェアを想起させるじゃないか、と。そして、父、桐壺帝はすべてを知っていたのではないかと、悟るのです。
この源氏の絶望と自己内省、そして因果応報。ここ文学ですよねー。
 さて、それぞれがどういった運命を辿っていくのでしょうか。登場人物たちが懊悩し、その激情のドラマが交錯しながら有機的に繋がっていく。まさに小説ですね、これは。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」みたいな人間模様です。
 個人的には若さゆえに破滅へと進んでいく柏木に、滑稽なんだけど…滅びゆく美しさを見てしまいます。道徳的にはどうかという問いはありますけれど…文学なんだよなぁ、それが。


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