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一人で映画

昨日は職場の先生にバレンタインのチョコを買う!
という任務があったので、ついでに寄り道して
「午前十時の映画祭」であってる映画を見よう!と思って見てきました。

「午前十時の映画祭」は、名作のリバイバル上映で
す。  


しかも、人が少ないので、隣は誰もいません。
だからいつも体操座りで見ています。(コラ)

あいにく外は大雨で、「外出したくないモード」だったんですが、映画の上映スケジュールを見ると、ブラット・ピットの作品だったので見に行きました。

【リバー・ランズ・スルー・イット】でした。

劇中でもすんごいイケメン

あらすじ↓

1912年、モンタナ州の田舎町・ミズーラ。牧師の父を持つまじめな兄・ノーマンと、自由闊達な弟・ポールは対照的な兄弟であったが、フライ・フィッシングに共通の想いを募らせていく

モンタナの自然が美しい、キレイな映画でした。
「朝露に濡れたような世界」って素敵な表現です。

ブラピが若い!

そして、フライフィッシングって名前だけ知っていて、ちゃんと見たことなかったんですが、かっこいいですね。
サラサラと絶えず流れる川に「シュッ シュッ」と、釣り竿を振る音が響きます。

釣り竿と糸がムチみたいに、しなやかになびくんですよ!
難しそうですが、やってみたい。

ノーマンとポールは性格は反対の兄弟ですが、「フライフィッシング」という共通の趣味があり、お互いのことをとても大事に思っています。

しかし、昔から自由奔放な弟ポール(ブラピ)は、
ポーカーの賭博にはまってしまい、お兄ちゃんは
やめさせようとするんですが…


✳️


ネタバレですが…



弟ポールは結局殺されちゃうんですね…
ナレ死になのに驚きました。(ナレ死にとは、
ナレーションで亡くなったことが分かるということです)
ポーカー賭博でトラブルがあったに違いないんですが、その描写は出てきません。

知識がなくて分からないんですが、
ポールの右手の指は骨が折れていた、とのことだったんですが、「右手」というのに何か意味があるのでしょうか…?


淡々と、お兄ちゃん目線で語られるナレーションで、すごく心に残ります。

すごく近い人、とても大事な人であっても
どんなに思っても、その人には届かなくて
やるせない…というか。

ストーリーの終盤、牧師の父が教会での説教でいうセリフがこちら↓

愛する者の本当に助けとなることは難しい。自分の何を差し出すべきか、あるいは差し出しても相手が拒否してしまう。身近にいながら腕の間をすり抜けてしまう。できるのは愛すること」

「完全に理解する事はできなくても、完全に愛することはできる」

きっと、いろんな人に響くと思います。
原作 気になります…

見終わった後は、考えさせられるような…ちょっと悲しい気持ちになりましたが、見て良かったです。

「午前十時の映画祭」は、名前は知ってるけど見たことない映画ばかりで、自分の引き出しが広がるので好きです。

また行こうと思いました。

一人映画を楽しんだ後は、デパートの催事場で、チョコを試食し、買って帰りました。

読んでくださりありがとうございます。


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