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雨の音と混ざって、甘い匂いがする。
大雨警報のため、長男が休みに。
出かけることもできず、家で次男と3人、途方に暮れる。
何しようね、つまらないねえ。
長男とはそういう建設的なやりとりが可能だが、次男はお外に行けず、半ギレ。
うーん、なだめられるものはないかな。
結局、食に逃げたくて「バナナパウンドケーキ」をつくることにした。
長男が卵を割り、材料を混ぜてくれる。
次男は、バナナを食べながら見学。
混ぜるだけでカンタンにできる「バナナパウンドケーキ」は、我が家の鉄板おやつだ。
でも昔は、こういう「混ざってる」おやつが大キライだった。
バナナは好き。
パウンドケーキも大好き。
でも、バナナとパウンドケーキは、混ぜないでほしい。
それぞれ、そのままが最大に美味しいのに。
なぜ、混ぜる?
いらんことすな。
そういうことを考える、子どもだった。
ほかにも、りんごケーキだとか、にんじんケーキだとかも拒否だった。
レーズン入りのパンとかもムリだったし、クッキーにアーモンドのスライスが混入しているのも食べられなかった。
市販のケーキの中に、くるみが混ざっているのに気づかず食べているとき、ゴリという感触で、くるみに気づいたときの萎えっぷりと言ったら。
‥当たり前だが、今はどれも食べられる。
美味しくいただける。
これは、ワガママなお子ちゃまの記憶である。
苦手なのは、混ざった系おやつだけではない。
ご飯類にも地雷が潜んでいた。
みかんが入ったポテトサラダ。
りんごやパインが入ったカレー。
ハンバーグにピーマン。
コロッケにコーンやグリーンピース。
必要以上に、野菜を入れるな!
味噌汁も、野菜で溢れさせるな!
お茶を、勝手に豆茶やゴボウ茶にするな!
「混ぜる」には、親の悪意をふんだんに感じた。
こうすれば、気づかないだろう、という下心。
子どもを舐めているのが、見え見えだ。
騙そうとするな!
わたしは絶対食べないぞ!
わたしは、心底そういうご飯がイヤだったので、ほんとうに食べなかった。
給食も、よく牛乳だけ飲んで、残していた。
まったく、可愛げのない子どもである。
あれから、25年。
わたしは、「バナナパウンドケーキ」を焼く女に進化している。
あの頃のわたしが見たら、目をひん剥くかもしれない。
バナナパウンドケーキを指さして、「よくもそんなもの」とこぼすかもしれない。
でも、今なら言える。
これも、美味しいよ。
いつかきっと、食べられるようになるよ。
子どもは味覚が敏感だそうだ。
だから、大人になって食べられるようになるものがいっぱいある。
ほんとうだ、わたしがそうだから。
だから、小さい頃は食べられなくてもいい。
そういう存在があると知っておくだけでいい。
味に慣れるために、一口食べられれば上出来。
息子にも、わたしにも、そう言い聞かせている。
甘いかな、甘いよね。
でも、いいんです。
それがいちばん、気がラクだから。
部屋中に、「バナナパウンドケーキ」の焼ける匂いが広がる。
生地の香ばしさと、バナナのまろやかな甘い匂いが、ふんわりと混ざりあって、鼻腔をくすぐる。
もうすぐ3時だ。
コーヒーを淹れて、おやつにしよう。
窓には、雨が打ちつけている。
ザザザ、と響く雨音に耳を傾ける。
明日には、雨もやむだろう。
雨音と、甘い匂いの混ざった部屋で、わたしは息子とバナナケーキを頬張った。