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「自分の時間」は、どのくらいある?


わたしは、どれだけ「自分の時間」があれば、満足するのだろう。


仕事もしていないし、子どもたちも少しずつ一人遊びがうまくなってきた。
「自分の時間」は、数ヶ月前より格段に確保しやすくなったはずだ。

でも、少しの時間でも満足いくときもあれば、いくら時間をかけても、満たされないときがある。
その違いは、なんだろう。


とりあえず、どのくらい「自分の時間」があるのかを把握するため、「一日のスケジュール」を書き出してみた。

手書きでノートに殴り書きしたため、残念ながら、ここに晒せるような図表はない。
分かりにくいが、この記事では「一日の流れ」を、文章で説明する。





朝。
わたしは毎朝、5時から6時に起床する。
次男が、起きるからだ。
ほんとうに稀に、7時頃まで寝てくれるときがあって、そんな日はわたしだけ先に起きて、メイクをしたり、白湯を飲んだり、本読んだりすることができる。
これは、立派な「自分の時間」だけど、あまりに稀なのでカウントしづらい。


8時から9時頃に、長男を園に送る。
次男も、もちろん一緒に。
このあと、家に帰って来れたらいいのだけど、一度家を出ると、次男はなかなか家に入らない。

だから、園に行くまでに、身支度や朝の家事、ときにはお弁当、夜ご飯の準備まで、すべて済ませて出かけなければならない。

元気なときは、いそいそと家事を進める。
最近はしんどいので、無理なく、子どもたちとのんびり過ごすこようになった。
もし、子どもと並んで座り、コーヒーでも飲めたら、それもまた、「自分の時間」だろう。


9時以降は、次男とふたりになる。
公園へ行ったり、子育てセンターのイベントに参加したり、買い物をしたりする。
自由にどこへでも行けたら、「自分の時間」にもなり得るのだけど。
次男は車にずっと乗っていられないし、行き先にこだわりもあるので、基本的には次男に言われるがままだ。

家にいるとき、一人遊びに没頭してくれたときには、携帯のメモに日記を書いたり、調べ物をしたり、読書をしたりすることもある。
たいてい、数分で邪魔されるが、数分だけの「自分の時間」だ。


昼。
長男は、早めの帰宅だ。
次男は昼寝をしないので、午前の遊び先から、そのまま流れるように園のお迎えに行く。
そしてまた、そのままどこかへ向かう。

公園でおやつを食べたり、買い物に出たり。
帰宅後も、家に入らないで、庭や家の前でウロチョロと遊ぶ。
最近は、「色鬼」と「だるまさんがころんだ」が彼らのブームなので、延々とそれをする。
このあたりは、「自分」のことをしている場合ではない。


夕方。
16時頃になると、子どもたちは疲れてハイになったり、不機嫌になったりする。
そろそろだと思い、早めに風呂やご飯の支度をする。
16時台でも、平気で風呂に入るし、17時台に夕飯を食べたりもする。

一刻も早く、「母」としての仕事を終わらせたいのだ。
だから、すべてを早め早めに前倒し、昼寝をしなかった次男には、なるべく早く寝てもらう。
早いときには、夫も18時までに帰宅するので、長男は丸投げになる。


そして、夜。
20時に子どもたちを寝かしつけたあとから、ようやくまとまった時間がとれる。
家事が済んでいないときは、ここでやる。
夫と話せる貴重な時間でもあるので、それに当てるときもある。


さあ、やっと。
「自分の時間」である。


20時から22時くらいまでが、自由だ。
22時を過ぎると、眠くなる。

0時近くまで遊んでしまうときもあるが、そもそも23時をこえると「眠りにくく」なる。
心が不安に呑まれたり、いらぬことを考えて涙が出やすいのも、この時間だ。

だから、22時頃で「自分の時間」は切り上げることが多い。
そのあとは、布団に横になって、眠くなるまで本を読んだり、次男がモソモソするのに付き合ったりする。

うまくいけば、夜通し寝られるし、次男が不調だと何度も起こされて、寝たのか寝てないのかよく分からないまま、朝を迎える。

これが、わたしの一日だ。





どうだろう。
書いてみると、思ったより「自分の時間」をとっているような気がする。

学生時代のわたしなら、「わたしの人生なのに、わたしのための時間が2時間しかないなんて!」と嘆くかもしれない。

でも、長男次男が赤ちゃんの時よりは、ずいぶんマシになってきた。


来年度からは、仕事も始まる。
今「自分の時間」に当てている夜は、持ち帰り仕事で溢れるだろう。
そう思うと、夜に2時間も自由があるなんて、今しかできない過ごし方かもしれない。



じゃあ、「自分の時間」が十分だとして。
わたしの心は、満たされているのだろうか。

いや、必ずしもそうではない。
これだけ時間をかけても、「自分の時間」に満足できない日は多々ある。

それは、なぜか?
けっきょく、量より質なのだ。


長時間とれたかより、何をしたか。
何をしたかよりも、心が満たされたかどうか。

どういう心持ちで過ごしたかによって、「自分の時間」のもたらす力は大きく変わる。

コーヒー一杯に、救われる朝もある。
6分の読書で、軽くなる頭もある。
夜更かしして観た一本の映画は、眠れない夜を嘆くより、よっぽど心にパワーをくれる。


「自分の時間」は、自分で、良くするしかない。

「自分の時間」を、どう過ごすか。
仕事でまた忙しくなる前に、今一度、わたしの心にじっくり問いかけてやりたい。

__さあ、今夜は何をして過ごそうか。

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