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自分を大きく見せたいときは

誰しもが持っている承認欲求。

自分ではない誰かに認めてもらいたい。

その気持ちは人間の根源的とも言える欲求なのでとめることはできません。
けれど、その承認欲求が大きくなりすぎると、強くなりすぎると、様々なトラブルを起こすようになります。

例えば、ハイブランドを持っていることに価値を感じていたとして、そのコミュニティの中でもっともっとと身の丈以上に買い、自己破産する。
誰かに認めてほしくて、怪しい宗教や科学的にありえないスピリチュアルな行為へと走る…例えば壺を買ったり印鑑を買ったり、翡翠の珠を膣に入れるだとかして。

自分を大きく見せようとすると、周りをまず否定するところから始めなければならないパターンが多いかな、と思います。(これは下方社会的比較とも受け取れると私は思います。)

あの子より私のほうが優れているって思わないと、自分を大きく見せられないから。本当の自分が小さいことを知っているからこそ。

本当に自身が大きい人、例えば大谷翔平選手のように新記録を打ち立てる人、羽生善治九段のように自分の将棋を追求する人、例えば自分の信じるフェミニズムのために周りに語り続けるフェミニストの田嶋陽子さん。ユニセフ大使として80歳を過ぎてなお人へ優しさを手渡している黒柳徹子さん。

そういう方たちは、わざわざ自分の立っている場所を回りと比べることはないのではないかなと思います。
実際にインタビュー記事などを読んでいても、「自分は自分、信じることをやるだけ」といった趣旨の内容をお話されていることが多いように感じます。
そのうえで、自分が良いと思ったことを他の人、周りの人にも手渡していける。

自分を大きく見せたいと思ったときは、成長のチャンスでもあります。
自分に向き合って、足りないところ、補うところ、変えていくところ、伸ばすところ。
そういった成長する方向に舵を切れれば、幸せに一歩近づくでしょう。
けれど、そこで成長するのではなく、自分を偉く見せるために他人を否定したり、大きく見せるために不誠実なことを言ったり、行ったりする。
それは後で大きなしっぺがえしとして自分の手元にやってきます。
それも、驚くほどのスピードで、ひそりと背後へ近づいてきます。

私も10代は自己否定の人生でしたから、承認欲求も強く、拗らせていた時期もありました。
それは私の場合は性的逸脱行為として現れていたので、特に危険だったと思います。

多くの人に認められるより、たった一人でも自分が信じている相手から認められたほうが、充実度が高いことがみなさんも体感としてあるのではないでしょうか?
例えばクラスの複数の子にすごいとかえらいと言われるより、親や家族、信頼している他者からの承認(すごいね、頑張ったね、えらいね)のほうが長続きしたりモチベーションになった経験をお持ちの方が多いのではと思います。

どうやって自分を成長させるのか?
それは自分をじっくりと見つめることになるので、しんどいと思います、本当に。
でも、一度自分を見つめることができたのなら、その後は簡単に自分の進む道が確認できるでしょう。

はじめの一歩はいつだって勇気がいります。
自分を見つめるために必要な勇気は、あとから見たらスターバックスで呪文のようなメニュー名を言うのとそう変わらなかったと振り返れる程度です。

まず、自分の好きなところ、頑張っているところを自分が認めてあげる。
そこがスタート地点だと思います。

自分を大きく見せても苦しくなるだけ。
自分が苦しまないように、今の自分を認めてあげましょう。

まぁ、それがとても難しいことなんですけどね。


余談
今のトー横キッズたちの話を見ると、昔の自分を見ているようで少し苦しくなる時があります。
いつか彼女彼らが自分はこのままでも生きていていいんだと自分を肯定していければいいなと遠くから願っています。

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あやこ
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