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にわとりを飼っていました

初めて就職した「広告会社」は、大分市のど真ん中、すぐ近くに「大分県庁」もありました。
マンションの一室で、7階でした。
福岡本社とは違って、大分支社は社員が7人で、小さく、会社もワンルームしかありませんでした。
入社した時、その狭い会社に「にわとり」が一羽いました。
ベランダで飼っていたのでした。
身体は大人でしたが、声はまだ「ピヨピヨ」と鳴いていました。

何故、「にわとり」がいるのか聞いたら、その年の春の交通安全週間のCMで、ヒヨコにランドセルを付けて、横断歩道を歩かせていたのの生き残りだとの事でした。4、5羽いたそうですが次々と死んで、1羽だけ残っているそうで、会社の誰もが飼う人がいなかったらしく、会社に残っていたのです。

このヒヨコは、どこから手に入れたか聞くと、
養鶏場で、処分されるはずだったオスのヒヨコ達をもらって来ていたとの事でしたが、よくみると、この「にわとり」は、メスのようで、どんどん大人になるも、一向に“トサカ”が大きくなりません。 
鳴き声も、「コココ」とは、言いますが、「コケコッコー」とは鳴きませんでした。
それを知った会社の人は「卵」を期待していました。

オスとメスの違い


入社した時から、「にわとり」の世話は私の仕事になりました。
入社したての頃は仕事という仕事はまだなかったので、ベランダに出しっぱなしの「にわとり」のフンを掃除したり(ハトも多く、飛んでくるので、ハトのフンの方が多かったかも)
お昼休みには、ベランダから部屋に入れて、自由に走り回らせていました。
お昼私は、祖母の作ったお弁当だったので、他の人が外に出て行っても会社に残って食べていました。
そうこうしていると(結局、名前が無かった)「にわとり」は私に懐いて、お弁当のおこぼれも欲しがるようになりました。
なんと、「卵焼き」が好きで、何回も欲しがりました。
「共食いだよね」と思ったのですが、喜んで食べていたので、あげていました。
ご飯をあげてみると、くちばしにご飯が付くのをふり落としながら食べていました。
上手く、くちばしのご飯が取れない時は、床に顔を左右に振って、擦りつけながら落としていました。
その姿が面白く、よくあげていました。

実験もしてみました。
『鳥は色が見えるのか⁉︎』という事で
カラーペンをいくつか持って目の前に差し出すと、なんと、緑色を突くのです。
その次には、黄色でした。
食べ物の色を認識していてびっくりでした❗️

メスだったので、鳴くこともなく、たまに、会社の近くの公園に砂を食べさせに連れて行ったりしていたのですが、(エレベーターで、一緒になる人達から珍しがられました)
大きくなると2回、ベランダから脱走した事があり、その都度、管理人さんが連れてきてくれて7階から飛び降りしても大丈夫なんだと驚きました。(一応、鳥ですものね)
そのうち、大きくなったし、迷惑もかけてしまっていましたから、メスだから養鶏場も引き取ってくれるだろうと会社の人が連れて行きました。
すると、養鶏場では、
「太り過ぎですね。太り過ぎで卵は産めなくなっています」と引き取ってはくれたのですが、後に、養鶏場で、食べてしまった事を聞きました。
エサを与え過ぎで、また、お弁当まであげていた事で処分されたのかと思うと申し訳無い事でした。
その事を聞いて一人悲しんでいたものです。


昨日、お弁当を作って、近くの公園に娘と行きました。
食べていると、一羽の「スズメ」がやってきて、人懐っこく寄って来たので、おにぎりの欠けらを与えました。すると
「にわとり」と同じようにくちばしにくっ付いたご飯を顔を左右に降って、振り払いながら食べていました。

その時の人懐っこい「スズメ」
手からもご飯を取った❗️


それで、昔の「にわとり」を思い出したのでした。



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