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『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を三度読んで


『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
という小説をメルカリで買った

三冊買った

家に小説が三冊届いた



訳者違いの
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
(The Postman Always Rings Twice)



この小説が昔から好きで
たまに読みたくなる

だが読むのは毎回
田中西二郎さん訳のやつで
他の訳本は読んだことなかったので
この機会に他のも買って読んでみた

こういう古典の名作は
何度も翻訳されていて
数種類のバージョンがあるのが良い

読み比べると、こんな感じ

A 『判事さん、嘘を言ってるならキリストに殺されたっていい。そんな生命保険のことなんか聞くのは初めてだ。今の今まで聞いたことがない』
『おまえ、シーツみたいに顔が白くなってるぞ』


B 『検事、わっしは嘘はつきません。保険のことは、いまがいままで、なんにも聞いてないんです』
『まるでシーツみたいに、まっ青になったぜ』


C 『検事さん、保険のことなんて、いままでこれっぽっちも聞いてなかった。ほんとうだ、ほんとうなんだ』
『シーツみたいにまっ青になったな』

三者三様で面白い
翻訳ひとつでけっこう変わる



ちなみにこの小説のあらすじを記しておくと

主人公の流れ者のならず者、フランク・チェンバースは偶然立ち寄ったドライブイン食堂で人妻のコーラとの禁断の恋に堕ちる。やがてフランクとコーラは、コーラの夫で食堂のオーナー、ギリシャ人のニックを自動車事故に見せかけて殺し、財産を奪う計画を立てる。それは成功し、二人の甘い生活が始まるかに思えたが、、という感じのお話です。


殺しとエロス
ハードボイルドにサスペンス

更には法廷劇

弁護士のカッツや検事サケットも渋い




以下
A 田口俊樹 訳
B 田中西二郎 訳
C 中田耕治 訳


A 午頃、干し草を積んだトラックから放り出された。そのトラックにはまえの晩、国境の近くで飛び乗ったんだけれど、幌の下にもぐり込むなり、眠り込んでしまった。ティフアナで三週間過ごしたあとだったもんで、すごく眠たかったんだ。だから、エンジンを冷ますのにトラックが路肩に寄ったときもまだいぎたなく寝てて、片足が突き出てるのを見つけられて引きずり出されたというわけだ。おどけてご機嫌を取ってみたりもしたんだが、仏頂づらが返ってきただけだった。おふざけはまるで効かなかった。煙草を一本恵んではもらえたけど。何か食いものにありつけないかと、おれは道路を歩きはじめた。


B 正午ごろ、おれは干草を積んだトラックからほうりだされた。前夜、国境のところで飛び乗って、幌の下へもぐりこむが早いか、寝込んでしまったんだ。何しろティア・フアナで三週間くらしたあとで、ひどい寝不足だったから、エンジンの熱をさますために車が道ばたへ寄ったときにも、まだ目がさめねぇ。おれの片足が出ているのをみつけられ、つまみだされたのはそのときだ。テレかくしに、おどけてみせようとしたが、気のきかない間抜けづらしかできなくて、ギャグにもならねぇ始末だった。それでもやつらはたばこを一本めぐんでくれて、とにかくおれは何か食うものを捜そうと、街道を歩きだしたんだ。


C 正午ごろ、おれは乾草を積んだトラックから抛りだされた。前の晩、国境のところで飛び乗って、ズック・カヴァーの下へもぐりこんだとたんに眠ってしまったのだ。ティファナで三週間すごしたあとで、ひどい寝不足だったから、エンジンの熱をさますために車が道路の一方へ寄ったときにも、まだ眠りこんでいる始末だった。たまたま、かたっぽの足がつきだしているのを見つけられて、つまみだされてしまった。おれとしてはせいぜいご機嫌をとりむすぼうとしたわけだが、相手はまるで表情を変えない、そこでギャグはやめることにした。それでも、たばこを一本めぐんでもらって、何か食いものをさがそうと道路を歩きだした。


A 『たとえうまくやりおおせてても、感づかれてたかもしれない。いつだってやつらは感づくのさ。とにもかくにもやつらは感づくんだよ。それはもうやつらの習い性みたいなもんだ。あのお巡りにしたところが何かがおかしいってすぐに気づいただろ?あんな真似をされちゃ、こっちは血が凍りついちまう。おれが立ってるのを見ただけで、あいつにはわかったのさ。あんなに簡単に感づかれたんだ、これでギリシア人が死んでたらおれたちにどれほどのチャンスがあったと思う?』


B 『たとい、おれたちがうまくやったとしてもだ、やつらは感づいたろうな。いつだって、やつらは感づくんだからね。なんとなく、かぎつけちまうんだ、それが癖になってるからさ。だってよ、そうじゃねえか、あのお巡りが、どこか変だぞと気がついた、その早かったことったらよ。あれで、おらあ、からだじゅうの血が冷たくなったぜ。おれが外に立ってるのを見るが早いか、もう気がつきゃがった。あれほどわけもなくかぎつけるんじゃ、もしギリシャのおやじが死にでもしたら、とても助かる見込みはねえぜ』


C 『たとえうまくやり終せたとしても、警察には感づかれたところだな。いつだって、感づくんだ。なんてったって、かぎつけちまうんだ。それが癖になってるんだよ。そうだろう、あのおまわりのやつ、なんだかキナくさいと気がついた、その早かったこと。おかげで、からだじゅうの血が冷たくなった。おれが外に立ってるのを見たとたん、もう気がつきやがった。あれほどあっさりかぎつけるんじゃ、ギリシア人が死にでもしたら、とても助かる見込みはない』


A 『さっさと吐けよ、チェンバース。なんでおまえは半年もパパダキスのところにへばりついてたんだ?』
『判事さん、なんのことかおれにはさっぱりーー』
『いや、おまえはちゃんとわかってる。なぜなら、チェンバース、私も彼女を見ているからだ。おまえがへばりついた理由が私には想像できるからだ。昨日、彼女は私のオフィスに来た。眼のまわりには黒い痣ができていて、とことん痛めつけられたふうだった。それでも充分いかしてた。ああいう代物のためなら、これまでにも何人もの男が旅に別れを告げてきたことだろうよ、さまよい足であろうとなかろうと』
『でも、結局、おれはさまよったじゃないですか、判事さん。そこはちがうでしょうが』
『長くはさまよわなかった。それはあの女がよすぎたからだ、チェンバース。いずれにしろ、昨日まであの自動車事故は明々白々たる過失致死だった。それが今日は蒸発して、影も形もなくなってしまった。私が触れるとどこからでも証人が現れて、何か言う。なのに、そいつらの言うことを全部まとめてもどんな事件性も出てこない。なあ、チェンバース、おまえとあの女でギリシアおやじを殺したんだろ?早くゲロすればしただけ、おまえにとっては有利になるんだぞ』


B 『おい、しゃべっちまえよ、チェンバーズ。なぜきみは六カ月も、パパダキスの店にぐずぐずしていたんだ?』
『検事さん、どういうことだか、わっしには見当がつきませんが』
『いいや、つかないことがあるもんか。おれは女房(かみさん)に会ったぜ、チェンバーズ、だからおれには、きみのやったわけが推察できるんだ。きのう、検事局へ来てもらってね、目に黒あざがあって、よっぽどひどい打撲を受けてはいたが、それでさえ、あの女はなかなかきれいだったよ。ああいうタマのためなら、足が承知しようがしまいが、旅がらすなんかやめる男はいくらでもいるよ』
『だって、とにかく足は歩きだしちまったんだ。いや、検事さん、そりゃ違いますよ』
『ところが、足はそう遠くへ行かなかった。どうもうまくできすぎてるぜ、チェンバーズ。自動車事故があって、きのうはドンピシャリの過失致死事件だったものが、きょうは霧みたいに消えちまって、なんでもないただの事故になっちまった。どこへ手をつけても、きっと証人がひとり出て来て、ちゃんとなにかしゃべる、そのしゃべったことを突きあわせてまとめてみると、犯罪らしいものはどこにもない。さあさあ、チェンバーズ。きみとあの女とが、ギリシャ人を殺したんだ。そいつを認めるのがはやければはやいほど、きみたちのためにもとくになるぜ』


C 『おい、しゃべるんだ、チェンバーズ。なぜおまえが六カ月もパパダキスの店にぐずぐずしていたかってことを?』
『検事さん、なんのことだかさっぱりわからないんだが』
『いや、わからないことがあるもんか。おれは細君に会ったぜ、チェンバーズ、だから、おまえがなぜ半年もおとなしくしていたか察しがつくんだ。きのう、検事局へきてもらったが、目に黒あざがあって、よほどひどい打撲を受けたんだろう、それでも、なかなか美人だったよ。あれほどの女のためなら、足が承知しようがしまいが、ヤクザな暮しから足を洗う男はいくらでもいるさ』
『しかし、とにかく足は歩きだしたんだ。いや、検事さん、それは誤解だ』
『ところで、足はそう遠くへ行かなかった。どうもうまくできすぎた話だぜ、チェンバーズ。自動車事故があって、きのうは疑いもなく過失致死事件だったものが、きょうは霧のように消えて、ただの事故になっている。その証言をひとつにまとめてみると、犯罪らしいものはどこにもない。さあいいか、チェンバーズ。おまえとあの女とが、ギリシア人を殺したんだ。白状するのがはやければはやいほど、おまえたちのためにもなるんだ』


A 『そうね。でも、あたし、すごく考えたのよ、フランク。昨日の夜。あんたとあたしのことも、映画のことも、なんであたしは映画界にはいることができなかったのかということも、働いてた安食堂のことも、旅のことも、なんであんたは旅が好きなのかということも。要するにあたしたちはただのろくでなしの二人組なのよ、フランク。あの夜には神さまがあたしたちのおでこにキスをしてくれた。カップルに持てるものすべてを与えてくれた。だけど、あたしたちはそういうものが持てるタマじゃなかったのよ。あたしたちはあんなにも愛のすべてを手に入れたのに、その下敷きになって砕けちゃったのよ。空を飛ぶのには大きな飛行機のエンジンが要る。山のてっぺんまで行くにはね。だけど、そんなエンジンをフォードにのせたら、フォードなんか粉々に砕けちゃう。それがあたしたちなのよ、フランク。フォードのカップルなのよ。神さまは空からあたしたちを見て、きっと笑ってることでしょうよ』


B 『そうね。でもあたし、ずいぶん考えたのよ、フランク。あんたとあたしのこと、いろんな映画のこと、なぜあたしが身をもちくずしたかってこと、あの安料理屋のこと、街道のこと、なぜあんたが街道が好きかってことも。あたしたちって、ふたりとも、そろいもそろったヤクザものどうしなのね、フランク。神さまはあの晩、あたしたちの額にキスしてくだすったわ。男と女が持てる幸福のすべてを、神さまはあたしたちにくだすったのよ。ところがあたしたちはそんな幸福の持てる人間じゃなかったの。あれだけの愛をもてたのに、その愛の重みで、あたしたち粉ごなに砕けちゃったの。あの山のてっぺんまで、一気に空をとびあがるには、よっぽど大きな飛行機のエンジンが要るわ。だけどそのエンジンをフォードに置いてごらんなさい、車は粉ごなにふっとんじゃうわ。あたしたちがそれよ、フランク、二台のフォードみたいなもんよ。神さまは空の上で、あたしたちをお笑いになってるわ』


C 『そういうことね。でもずいぶん考えたのよ、フランク。昨夜。あんたとあたしのこと、映画に出るつもりだったこと、どうしてあたしが身をもちくずしたか、あの安食堂のこと、ハイウェイのこと、どうしてあんたが道が好きかってことも。あたしたち、ふたりとも、そろってヤクザなのよね、フランク。あの晩、神さまがあたしたちの額にキスしてくだすったわ。男と女にゆるされたすべてを、あたしたちにくださったのよ。ところがあたしたちときたら、そんな幸福がゆるされる人間じゃなかった。あれほどの愛をもてたのに、その重みで押しつぶされちゃったの。あの山の頂上まで、まっすぐ空をとぶのは、大きな飛行機のエンジンね。だけどそのエンジンをフォードに乗せたら、いっぺんにふっとんじゃうわ。あたしたちがそれよ、フランク、二台のフォード。神さまは空の上で、あたしたちを笑ってらっしゃるわ』


Aは現代的ですっきりと洗練されているし
Cはやや古くハードな手触りがカッコいい

けれどもやはり僕は
慣れ親しんだBが好きかもしれない

それはきっと何十年も前から僕が
Bの田中西二郎訳を読んできたからだろう


それは翻訳の優劣とは関係のない
純粋な好みの違いなのだろうと思う


この小説の冒頭で主人公のフランクは
ギリシャ人のニック・パパダキスに
『ご注文は?』と聞かれてこう答える

『オレンジ・ジュースに、コーン・フレークス、フライド・エッグズにベーコン、それからエンチラーダ、フラップジャックとコーヒーだ』

noteの記事にも書いたけど
僕は今年、沖縄のレストランで
生まれて初めて『エンチラーダ』を食べた

『これが郵便配達に出てきたやつか、、』
と思いながら食べたエンチラーダ

チーズに挽き肉にトルティーヤ

古い友達と数十年ぶりに再会したような
そんな味がした




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