🎬関心領域 感想
※短めにするようがんばりましたが、2,100字になりました…
ごめんなさい
ナチスドイツ時代。アウシュビッツ強制収容所の隣に住む家族の平凡な生活を淡々と描く。
ホロコーストの"ある"側面。
映画の主人公はアウシュビッツ強制収容所の所長だったルドルフ・ヘス(1987年に刑務所で自殺したナチス高官のヘスとは別人)の家族の生活を追っていきます。
妻のへートヴィッヒ(ザンドラ・ヒュラー)が地元ポーランド人のメイドたちにも横柄な態度を取ったり、所長の妻として当然知っていたであろうユダヤ人への虐殺に対しても何のためらいのない様子が嫌悪感を持って描かれています。
へートヴィッヒの母がナチス時代の前には裕福なユダヤ人の家でメイドとして働いていたことが明かされますが、長い歴史の中でユダヤ人に対する差別意識が当たり前だったヨーロッパの常識を考えると、へートヴィッヒがおそらく貧しい生活だった、しかも屈辱感に満ちた人生を送ってきたことを察することができます。
そんな裕福になったへートヴィッヒを喜んでいた母も、きっかけは不明ですが壁の向こう側の煙突から出ている煙の正体を知り、自分の娘と夫が何をしているかに気づき、おぞましさに何も言わず家から去ってしまいます。
これは当時ナチスがユダヤ人隔離政策は掲げながらも虐殺を国民には知らせてはいなかった説に基づいています。(国民も気づいていたという説はここでは語りません)
ヘスが我が子にヘンゼルとグレーテルの絵本を読み聞かせているのも皮肉で象徴的でした。
ヘンゼルとグレーテルのお話は単なる童話ではなく、実際に起こった子どもによる世捨て人の老婆の焼殺事件の恐怖の記憶だということが今では広く知られています。
壁の向こうから聞こえる音が想像させることへの恐怖は感じましたが、本当に恐ろしくなったのはヘスの仕事ぶりをよく見ていて、残酷なことを確かにしているのですが、客観的には人間の持つ残虐性などは微塵も感じられず、むしろ理性的で官僚的であることに気付いたからでした。
しかもヘスは、そんな仕事をむしろ官僚として真面目にこなしています。
ホロコーストを行ったナチスの関係者を猟奇的な精神病理の持ち主、今で言うシリアルキラーとして見ることは長く囁かれてきました。
しかし、無慈悲にユダヤ人の大量虐殺を行ったのが、実は異常な犯罪者などではなく普通のどこにでもいる官僚だったことのほうが実は恐ろしいことのように思えました。
そして彼らの背景には、歴史のその後を知っている私たちは知っている「ナチス・ドイツ」の崩壊など想像できなかった、当時はナチス・ドイツが支配する世界が未来永劫続くと当たり前に信じていた人たちにとって「ユダヤ人を駆逐する」ということが官僚としての"常識"で"違和感がなかった"という事実があるように思えます。
むしろナチスが猟奇的なシリアルキラーだらけの異常な集団であってくれたほうがマシだとさえ思いました。
これはホロコーストの加害者が、実はささやかな家庭の幸せを享受しようとしていた、今の世界のどこにでもいる官僚と変わらない平凡な人だったことを示しています。
確かに仕事として「人を大量虐殺する」という決定的倫理観が欠落しているナチスならではの特殊な部分はありますが、現代社会であってもそれを命じる指導者が現れれば、虐殺は極端ですが、無慈悲なことだとわかっていても官僚はやはり真面目に仕事をし保身に走り昇進を望むのではないか、と思えました。
これは考え過ぎかもしれませんが、そんな想像は間違った指導者が現れればユダヤ人に起こった出来事は決して他人事ではない、実は現代でも自分にも起こりうる可能性があることが示唆されているように思え、その恐怖には背筋が寒くなりました。
この映画が延々と描くヘス家族の淡々とした毎日の描写、そんなヘスが普通の官僚でしかなかった事実。
それに観客が気づき自分に置き換えて想像して初めて気づく恐怖こそが、この映画の持つ本当に描きたかったことではなのではないか?と思いました。
ヘスは仕事を終え帰宅するために闇が支配する階段を降り、踊り場で嘔吐します。
その時ヘスにとっては瞬間的なイメージとして頭の中に入ってくるのは、現在のアウシュビッツ博物館の姿です。
たくさんの虐殺されたユダヤ人の記憶が保存されているということは、これから永遠にそれを行った加害者であるルドルフ・ヘスのこともいつまでも世界は犯罪者として忘れないことを意味しています。
ヘスは自身の処刑前に書いた自伝で「自分はナチスに騙された被害者である」と書いていて、当初それは悪あがきのように思えました。
しかし、ヘスがナチスが滅ぶことなど想像できなかった時代の実は真面目なただの官僚だったことを考えると、ささやかな家族の裕福な生活を望んだだけの自分とその家族が「残忍な犯罪者とその家族」として記憶され続けることはヘスにとっては不名誉などという軽い言葉では言い表せられない、地獄のような悪夢のように思えます。
ヘスの嘔吐にはそんな未来の現実を垣間見てしまった不快感が示されているように思いました。
そんなイメージを見せたのが神なのか、悪魔なのか、はたまた虐殺された人たちの怨念だったのかは不明ですが、処刑されたヘスの精神、魂が地獄に堕ちて、いつまでも永遠に汚れ切った存在として苦しみ続けていると想像させるラストには、やはりナチスに対する激しい怒りと嫌悪、加害者たちが絶対に許されることなどない事実が描かれているように思えました。
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