見出し画像

発達障害の感覚による困り感~評価編~

発達障害(特にASD)の中には感覚特性によって困っている人が、かなりの割合でいる事が分かってきており、感覚特性への配慮の必要性などが少しずつ注目されてきています。でも、実際どんな配慮は支援ができるのか、わからないという方多いのではないかと思います。
感覚特性への支援はまず「知る」ところからはじまります。
この記事では、発達障害の中で特にASD(自閉スペクトラム症)の感覚特性の評価について説明していきます。ASDの感覚特性について知ることができ、支援者であれば、感覚特性の評価の仕方についての理解が深まると思います。


(1)なぜ感覚特性を評価するのか?


自閉スペクトラム症(ASD)関連の当事者たちは、感覚特性によって生じる生活の困り感が強い事が言われてきました。言語表出ができるASD当事者が多く自叙伝を出していますが、その中で、ほぼすべてに感覚による困ったエピソードが書かれています。僕が支援しているASDの方にも、感覚の問題によって、かなり苦しい思いをされている方がたくさんいらっしゃいます。
例えば、
・顔に水がかかるのが嫌でプールの授業に参加できない
・人の声がうるさすぎて教室に入れない
・体育館の反響音が耐えられない。
・人に触られるのがどうしても嫌で、家庭科の授業は参加したくない
・動いていないと身体が落ち着かない
などです。
これらは、コミュニケーションや社会性とは別の問題です。
診断基準が、現在のASDになる前の広汎性発達障害(自閉症、アスペルガー症候群)時代では、診断基準にいわゆる「3つ組の障害」(3つ組とは「社会性」「コミュニケーション」「想像力」)がありました。感覚の特異性は特に含まれていなかったのです。それまで、社会性やこだわりといった所に焦点があたり、感覚特異性による困り感が軽視されていたかもしれません。
このように、ASDの当事者は感覚による生活の困難さが生じているため、支援や配慮をする必要性が高いといという事、これがASDの感覚を評価する最も大きな理由です。そして、医療機関で評価をする立場では、医師が診断するための重要な情報となるために評価します。診断を受ける目的は、サービス、支援、配慮を受けれたり、支援の大まかな方向性が示されるなど、クライアントにとってメリットが生じる事です(レッテルを貼ることが目的ではありません)。医師は診断をするときに雰囲気で診断しているわけではなく、根拠となる情報を基に行います。感覚の特異性が診断基準に入ったことで、感覚特性に関する情報が加わることで、ASDの診断に繋がる事があります。

(2)感覚の特徴

感覚とは何かというと「どう感じているか?」です。
しかし、その人がどう感じているかというのは他人にはわからない事です。
これまで、ASDの感覚評価が難しかった理由は以下の事が考えられます。

・主観を数値の置き換える難しさ

感覚にしても他の領域にしても検査ツールを使った評価は、数値に置き換える事が一つの目的となります。
なぜ数値化するのか?1つは「量的に比較」するためです。
例えば「感覚過敏」という事を示す場合、過敏といっても人の捉え方によって違ってきてしまいます。この人が「過敏だ」といったら過敏になるという事ではないわけです。誰かの主観によって決まると色々な弊害が起きてきます。よくあるのが、「気持ちの持ちようでしょ」「みんな我慢しているのだから我慢できるでしょ」と捉えられる事があります。そうすると、みんなと同じように勉強出来たり、社会活動に参加するための配慮や支援を受けられなくなってしまいます。なので、「どの程度?」を示すためには数値に置き換え、一般の人のサンプルと比べてどの位離れているのかを示す必要があります。一般のサンプルとどのくらい離れているかが、支援を必要性を示すための根拠となります。このように多数の人のサンプルと比較するために数値化が必要となってきます。
また、支援をした結果改善したのか、していないのかの効果判定といった前後の比較をするためにも数値化する事があります。Evidence Based Practiceが近年言われていますが、医療の枠組みで行うためには、効果を示す必要があります。効果を示す一つの方法として数値化して前後で比較して示すというやり方がありますが、この時に数値化することで前後の比較が可能となります。

話を戻すと、感覚は主観的な要素が強いため、客観的な数値に置き換えるのが難しいという事は想像がつくと思います。なので、実は、後ほど紹介する「感覚プロファイル」という評価ツールはどう「感じているか?」を測るのではなく、感覚刺激に対する反応の頻度を数値にして測っていきます。「どう感じているか」を直接的に測らない理由としては、自分の感じ方が他者の感じ方と違うという事を認識しにくい事があります。例えば、ASDの中に「雨が痛い」と感じている人がいます。でも、その人は長年、触覚過敏があると訴えなかった。なぜか?みんなも雨が痛いと感じていて、みんな同じように我慢しているのだと長い間思っていたからだそうです。また、ASDの場合、自分がどう感じているかに気づいていない事があります。毎日教室にいると腹痛と発熱の症状が出る方がいました。その方に、「辛くなったら保健室にいってね」と助言しました。でも、症状が出てから保健室に行きます。なぜか、「つらくなったら」がわからなかったからです。なので、どう感じているか気づいていないという事も想定して、現時点では感覚特性は刺激に対する反応の頻度を測定の対象としています。

・環境や文化の影響を強く受ける

例えば欧米であればハグをするという文化がありますが、それを極端に嫌がると触覚過敏による生活の困り感として現れる事があります。しかし、日本ではハグをする文化がないので、人とハグする事が苦手でも困り感として現れる事はありません。
別の例を挙げると、欧米に比べて日本は室内がとても明るい事が知られています。照明をたくさんつける文化があるので、光への過敏性が高い人は生活が辛くなります。
このように、困り感が生じるかどうかは文化や環境の影響を強く受けます。
前にも述べたように感覚を評価するというのは、「困り感」を明確にし、支援していく事が目的なので、困り感が生じていなければ、あえて問題として扱う必要はないのです。それは「個性」や「嗜好性」と言ってもいいのかもしれません。

・情緒の影響を受ける

感覚は不安やポジティブな情緒の影響を強く受けます。
人から触られるという感覚刺激を例に挙げてみると、苦手な人に触られると「嫌」ですよね。でも、好きな相手から触られると「うれしい」ですよね。こんな風に、感覚刺激の受け取り方というのはその時の情緒の影響を強く受ける事がわかっています。でも、こうなると一貫性がなくなるわけなので、「精度」が低くなり、評価が難しかったのです。だから、そんなに精度が高いわけでもない事と、「感覚」特有の背景というのを理解して評価・解釈する必要があります。

(3)感覚の種類

感覚にはどんな種類があるか紹介していきます。細かく分けると感覚にはたくさんの種類がありますが、ここでは、「5感+2感」を紹介していきます。
5感は、視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚ですね。
+2感は、前庭感覚、固有受容感覚です。
①視覚:目で捉える感覚。見える感覚です。
②聴覚:耳で捉える感覚、音ですね。
③味覚:口腔感覚で、「味」の感覚ですが、実は臭覚と密接な関係があります。
④臭覚:鼻で感じる「匂い」を感じる感覚です。
⑤触覚:皮膚などで感じる感覚です。「触る」だけでなく、広い意味では「振動」「痛み」も触覚(皮膚感覚)に含まれれています。
⑥前庭感覚:耳の奥の三半規管で感じる感覚です。自分の身体の傾きや回転、身体の加速度などの感覚です。
⑦固有受容感覚:あまり聞きなれない感覚だと思います。筋肉や関節の中にセンサーがあり、筋肉や関節がどのように動いているかを感じる感覚です。暗い部屋で電気のスイッチを探そうと、手を伸ばしてスイッチを押そうとします。その時、視覚的に自分の手がどこにあるかを確認できないのに、どのように手が動いているかが分かるのは、この固有受容感覚のおかげです。この感覚が”鈍い”とどうなるでしょうか?身体を上手く動かすことが苦手になります。つまり不器用として現れます。

受容する感覚刺激を身体の中と外という側面から分けてみると、
視覚・聴覚は自分の身体の外の情報を得る感覚なので、「遠位感覚」と言います。
一方、触覚・前庭感覚・固有受容感覚は、自分の身体の中もしくは、身体がどうなっているかの情報を得る感覚なので「体性感覚」と言います。作業療法でよく用いられる感覚統合療法では、この体性感覚にアプローチしていく事を重要視しています。

(4)4つの反応特性

近年、感覚特性を評価するときに「感覚プロファイル」というツールを用いる事が増えてきました。感覚特性の評価で、日本で使える唯一標準化された検査ツールだからです。日本全国の人と比べて、「どの程度」という事を示すことができます。
その感覚プロファイルでは、感覚への反応特性を以下4つに整理しています。
低登録・感覚探求・感覚過敏・感覚回避
この4つの反応特性を「4象限」と言います。
それぞれの特性について解説していきます。

ここから先は

3,765字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?