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蘆溝橋に端を発する支那事変は日本軍の計画的侵略か?


日本軍が、計画的に中国を【侵略】する為にこの【蘆溝橋事件】を利用したという【東京大学】を始めとする【侵略史観】が今なおあるが、それ以降の南京攻略戦まで続く日本の軍事行動と日本政府の対応は、後手後手に回り場当たり的な対応に過ぎないことが判る。
日本国が、蘆溝橋に端を発して【侵略】を行ったというのは、時系列的に言っても当時の状況を理解せずに【侵略史観】を言いたいが為の、穿った見方に過ぎないことが判る。

それより以前の【満洲事変】からの【計画的侵略】という【想像】が、【史実】・【通史】として、教育機関・メディアを中心にまかり通っているが、京都大学御出身で、現在帝塚山大学で非常勤講師をなさって居られる宮田昌明先生の著作『満洲事変 「侵略」論を超えて世界的視野から考える』(PHP新書)を読むと判るのだが、明治以降における国際社会(日清・日露・WW1・シベリア出兵)や国際経済(不況・金本位体制)の激しい変化に翻弄されながら、対応を選択していったという日本国の政府・軍部の人々の国外・国内の動きがみえてくる。その選択が正しかった・誤っていたは、結果を知った後世では評価によって別れるが、国際社会の状況はポーカー(カードゲームの一つ)によく似ていて、他国の手札の読み合いになり、しかもイカサマ・騙し・共謀もOKという状態などで、その選択が出来たのか出来なかったのかということは本当に難しいと言う事が判る。

【教育】として【近代史】を教える際には、【侵略史観】は、単純に【日本軍部】や【日本国】を【悪者】にするという【勧善懲悪論】で簡単至極だが、当時の状況は、その様な【簡単】というわけではない。
日本と戦争をした【米国】も経済を含める国内事情や他国との外交関係も一様ではなく、イギリスやソヴィエト連邦を含める他国もまた一概に単純に言える話ではない。
その為、【教育者】には【広く・深い知見】が必要であり、より自身が【当時の史料】の探究の上、語るべきだと考える。

南京攻略戦において【南京事件】を【忘却】せしめようとすると主張する人物達が居るが、【「南京事件」はあった】のは確かである。
ただし、【戦時宣伝】により始まった【虚偽と事実】が分けることの出来ない【事件】であり、【戦後教育】による【不当な殺害・残酷な殺害】ということを示す【虐殺】を含む【事件】が在ったと言うことでは無い。

※因みに、【蘆溝橋】は【盧溝橋】が正しい表記らしいが、日本軍が過去に使っていた表記なので当方もそれに準ずる。
画像は、『支那事変皇軍』という【国内向け】のプロパガンダ書籍より。

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