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「火だるま槐多よ」夢野史郎インタビュー 深淵のワンダーラスト【第五回】


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取材・文/やまだおうむ

【第五回】夜叉のいる青春
はじめに、「火だるま槐多よ」を巡って -5-

「東京戰争战後秘話」(1970 大島渚)©大島渚プロダクション

花片のカタストロフ

──「火だるま槐多よ」は、ある一面は“芸術家の映画”でありつつも、生前の槐多が創造した小説や絵のヴィジョンを呼び起こしながら、現代の若い男女が幻想を媒介に結びついて行く──、というサイキックもののサスペンスにもなっていて、大島渚の「東京戰争战後秘話」(1970)の匂いを感じました。

夢野 「東京戰争战後秘話」、大好きな映画ですよ。

──「刺青 SIーSEI」(2006 佐藤寿保)の、あのラストシーンには“おおっ!”となりました。

夢野 主人公の遺したキャメラを別の人間が拾って走り出すやつね。何かを受け継いでいくっていうか、そういう話に惹かれるものがあるんだ。

──佐藤監督と夢野さんの呼吸はいつもぴったり合っているように思うのですが、ホン作りの過程で感性の違いみたいなものが出ることはあるのでしょうか。

夢野 今回の「火だるま槐多よ」でいうと、若者たちが被った仮面が外れなくなって、それが、ミサイルが飛んできて衝撃で取れる場面があるけど、俺の中では、花が落ちてきて触れることで仮面が落ちるっていうイメージがあった。佐藤監督は、「ミサイルというのもありなんじゃない?」って。北朝鮮から飛んできたということでもおかしくないってことも具体的に話してて──。佐藤監督なら突拍子もない感じでは撮らないと思ったし、爆発でという方がインパクトがあるし、それはそれでいいかと。(少し言葉を止めて、)ただ、これは言ってもいいのか⋯⋯。佐藤監督から、若者たちが太陽を海辺で見ながら涙を流す、っていうシーンを作りたいって言われたときは、「それだけはやめて下さい」って言った。

──佐藤監督が大学時代に撮った8ミリの「明日なき欲望」(1980 脚本は佐藤寿保)を想起させるエピソードですね。処女作から既に堂々たる青春映画を撮っているので驚きました。

夢野 俺も面白いと思ったよ。「火だるま槐多よ」で佐藤監督は、“青春”をやりたいって言ってた。涙を流すのも、あの流れの中では解らないわけではないんだけどね。ただ、俺の中では日活青春映画のようにならないか危惧があった。

──槐多が晩年、療養生活を送った房総半島への思い入れが青春とつながっているような気はしました。

夢野 佐藤監督には、ああいう感覚もあるんだよなぁ。

「火だるま槐多よ」

鋸山に鬼を喚び起こす

──画面全体が、ガランスに染まってゆくところは、佐藤監督がピンク映画でやってきた世界の集大成にも思えました。しかし、今回はロマンチックですよね、その爆発の様が。

夢野 もし、これまでの俺と佐藤監督の作品で上手くいったものがあるとすれば、前にも話した佐藤監督の爆発力みたいな、“本当は押し込めたい!”みたいなものと、俺の観察力とが上手くいったのかもしれない。⋯⋯まぁ、俺の方も千葉の鋸山へ若者たちが行くっていう場面を書いて、それはかなり後のほうまで残っていたんだよ。鋸山の下には地獄谷があって、佐藤里穂が覗くと、風がバーッと⋯⋯。それで髪の毛がわーっとなって、彼女の顔が鬼みたいに見えるっていう。

──先日[※註]、「刺青 SIーSEI」では、歌舞伎舞踊の「滝夜叉姫」のようなことをやりたかったと仰っていたのを思い出しました。

夢野 舞台で滝夜叉姫が、長い棹に付いた燭台に照らされて奈落から上がってくるのを見た時は、息を呑んだ。江戸時代の、外から陽光を取り込んで、後は蝋燭の灯りだけという照明の中で、歌舞伎の隈取りは恐ろしいほどリアリティを持ったということがその時はじめて分かったんだ。

──電気の下じゃ、真実 ほんとうの色は解らない⋯⋯「刺青 SIーSEI」のシナリオで、そう語られた後、絵皿の墨の絢爛たる色彩の描写が始まりますね。

夢野 今の俺たちから見ると、何か隈取って滑稽じゃない? でも違うんだよ。闇の中で一番怖く感じられるように描かれてる。そのリアリティを今出すにはどうしたらいいか? そう考えた。それで、国会図書館で明治時代の刺青の図案のマイクロ・フィルムを探して色々見たけれど、結局、タイとか東南アジアの複雑で細い線で描かれた図案で行くしかないと思った。ただ、当時、ああいう南方系の図案を描ける刺青絵師が見付からなくて、ちょっと違ったものになったけど。

──ヒロインが鬼になるシーンを脚本家として見送ったのは、現場の技術的な問題からですか?

夢野 特殊撮影やCGを使って却って不自然になったら逆効果だしさ。でもそれよりも今、鋸山や地獄谷もあれだけ観光地化が進むと、もうなかなか鬼が立ち上がることは難しいんじゃないかと思ったんだよ。

──いや、でもどう考えても普通じゃない映画になっていると思います。

[※註]本インタビューに先立って行われた打合せ時の発言。

「刺青 SIーSEI」(2006 佐藤寿保)©2005 アートポート

SPECIAL THANKS/佐藤寿保 今泉浩一
小林良二 登山里紗 切通理作
神保町ブックカフェ二十世紀&ネオ書房

次回は、2月22日の掲載予定です
《写真無断転載厳禁》

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<著者プロフィール>
やまだおうむ
1971年生まれ。「わくわく北朝鮮ツアー」「命を脅かす!激安メニューの恐怖」(共著・メイン執筆)「ブランド・ムック・プッチンプリン」「高校生の美術・教授資料シリーズ」(共著・メイン執筆)といった著書があり、稀にコピー・ライターとして広告文案も書く。実話ナックルズでは、食品問題、都市伝説ほか数々の特集記事を担当してきた。また、映画評やインタビューなど、映画に関する記事を毎号欠かさず執筆。

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