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井口奈己「左手に気をつけろ」インタビュー 私の映画は元々プリミティブなんです

取材・文/やまだおうむ
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こどもが思いきり暴れる映画を──
それがミッションでした

──実は、私の中には8mm版「犬猫」(2001)を拝見して以来、ずっと“お洒落な井口さん”というイメージが刷り込まれておりまして、一番驚いたのは、特に前作「こどもが映画をつくるとき」(2021)の“暴力性”というのでしょうか。ヴァイオレントといってもいいというか・・・・・・。やっぱり何か心境の変化みたいなものはあったのでしょうかね。

井口 お洒落でしたか(笑)? 元々私の映画は「プリミティブ」な方だと思うんですけど、「こどもが映画をつくるとき」がヴァイオレントということですか?

──「左手に気をつけろ」にも、それを感じました。1960年代にはこどもがいっぱい出て来て大暴れする「わんぱく戦争」(1962 イヴ・ロベール)とか、テレビで中川信夫監督が撮った「コメットさん」の「オモチャの反乱」(1967)とか、1960年代にはこどもたちが物をぶっ壊しまくる作品があったと思うのですが、それが突然現代に蘇ったみたいな。どういったところから、そこに辿り着いたのか。やっぱりこれは、その前に「こどもが映画をつくるとき」というこどものドキュメントを撮ったことで発見していったということはあるのでしょうか。

井口 そうですね。2016年3月に金沢でこども映画教室の講師をしたんです。その時に目撃したこどもたちが映画作ってる状況とか作品とかを見て、私にものすごくフィードバッグがあったんです。その時の記憶が鮮烈にあったので、宮崎文化本舗の石田さんと臼井さんが宮崎で映画撮りましょうって提案してくれたときに、コロナ禍であったこともあり、映画教室なら3日で終わるしスタッフも最小人数でいけるしってことで提案したところ、こども映画教室さんが引き受けてくれてドキュメンタリー映画制作ありきでワークショップをやってもらったんですけど、宮崎のこどもたちが想像以上にのびのびしてて、赤裸々に映画を作る過程での人間関係を見せてくれたんです。その撮影の時に、私たちドキュメンタリーチームはこどもたちと没交渉にしていたので、「左手に気をつけろ」でも基本こどもたちにのびのびしてもらうために没交渉にしていました。

──「こどもが映画をつくるとき」の、こどもたちが作った映画のぶっ飛び具合には驚きました。

井口 宮崎でのこども映画教室に参加してくれた人たちは小学2年生から6年生までの男女で、ユーチューバーになりたい人とかアニメが好きな人とかで、特に映画好きみたいな人はいない感じだったんですよね。それがカメラとマイクを渡されて「ちょっとやってみるか」ってだんだん映画が出来ていく中で、瞬間瞬間にいろんな気持ちになって、楽しかったり、打ち負かされたり、怒ったり、昼飯食べて仲良くなったり、映画を作っているっていう背骨があるから、赤裸々に見せてくれて、そこには作った映画を褒められたいみたいな欲はなくて、本当に素晴らしいものを見せてもらいました。彼らが作った映画ものびのびとした傑作ですよね。

──脳髄を心地よく破壊されました。よく、地方でCMの監督なんかでこどもを集めてワークショップをやったりしていますが、その中で作られた「こどもの撮った映画」とは決定的に違うんです。あの連中がこどもに作らせているのは、大人が作らせた大人の映画でしかないんですよね。

井口 そうなんですよ。

──それに対して、何かアナーキーなんです。

井口 私が金沢で講師をやったときに一番に言われたことは、参加するこどもたちに映画作りのサジェッションをしないでくださいってことでした。こどもたちに映画の作り方を強要しない。それを関わっている大人たちが毎日ミーティングして共有していました。こどもたちに「こうやったほうがいいよ」とか「ああやったほうがいいよ」とか「こういうふうに出来るよ」とか大人が言っちゃうと、こどもって別に映画が作りたくてやってるわけじゃないから、「そうなんだ・・・・・・」って大人が言う通りになっちゃうんで。そういうのを用意周到に排してる。

──曽根中生の「博多っ子純情」(1978)や「“BLOW THE NIGHT!”夜をぶっとばせ」(1983)にも通じるようなものがありますよね。何か人間社会の秩序を根底から揺さぶってくる凄みがある。

井口 「左手に気をつけろ」のエグゼクティブプロデューサーをやってくださった美術家の金井久美子さんと小説家の金井美恵子さんのお二人は「こどもが映画をつくるとき」に出ていた、自由奔放な女の子が気に入ってると仰っていて、「あんなふうにこどもが暴れる映画撮ったらいいわよ」と。

──「左手に気をつけろ」はそこから始まったんですね。

井口 そうです。なので今回こどもが暴れるというのが命題としてありました。まずこどもが全編ずっと暴れてるにはどうしたらいいのかと考えました。ジョン・カーペンターの「光る眼」(1995)のことを思い出して「ザ・フォッグ」(1980)のことも思い出し、こどもが集団で疾風のようにやってきて連れ去るみたいなイメージを考えて、あとはスペイン映画の「ザ・チャイルド」(1976 ナルシソ・イバ二ェル・セラドール)も、昔テレ東のお昼の時間帯に観てたことがあったんですけど、大人をこどもたちが襲ってたなと。それと、サイレント映画が私は好きなんですけど、短編を作りましょうっていう企画だったので、こういう時には好きなことをやってもいいかなと思ってサイレント映画的な映画を作ってみようということで、エミール・コールの「かぼちゃ競争」(1907)っていう映画が凄い好きだったので、全編追いかけ回すみたいなイメージを足して、こどもが大人たちを集団で襲う、いつ襲われるか分からないイメージにして、大人たちのドラマを作ったんです。ちなみに大人パートはボリス・バルネットの「帽子箱を持った少女」(1927)とルネ・クレール「巴里祭」(1933)を参考にしました。

──単なるガキの映画ではないというところがミソですね。・・・・・・でっかいかぼちゃが転がっていくようなことも、隙あらばやりたかったということですか。

井口 他人の部屋に(こどもたちが)上がり込んで走るとかやりたかったですけど、それはなかなか出来ないんで(笑)。

──それ、観たかったです。

「こどもが映画をつくるとき」 ©2021ナミノリプロ 

アナーキーな作品だけに、撮影体制は万全で

──写美(東京都写真美術館)で行われた恵比寿映像祭での金井久美子さん、美恵子さんと井口さんとの対談の時に、「こどもが映画をつくるとき」の撮影時に、男の子たち一人ひとりに対する撮影の合間の女の子たちのコメントのシビアさ加減にいたたまれなくなったので、そこは編集でカットしました、と仰っていたのが強烈に記憶に残っているのですが、今回の撮影でもそういったエピソードはありましたか。

井口 そうですね。今回こども間での辛辣エピソードは残念ながら見逃してるんですが、冒頭のシーンで自販機の前でこども警察に捕まるおじさんとのエピソードがあって、私が「このおじさんは悪い人だからみんなで捕まえてください」って言ったら、こどもたちが「このおじさんは悪い人じゃないよいい人だよ、可哀想ー」って口々に言ってて、こどもたち人を見る目あるなって思いました。

──線路際をこどもたちが走って行くシーンは壮観でしたが、ああいう撮影は今のご時世、なかなか難しくなっているのではないでしょうか。

井口 線路脇でこどもが走っているところは、道路使用許可を取ってスタッフも増員して万全の体制で撮影しました。こどもを大怪我させないように撮影するのは絶対事項でした。

──その辺りは厳格にやっていたんですね。

井口 そうですね。特にこどもが絡むところは、こどもに危険が及ばないように・・・・・・。怪我とかしないようにとか。大学生とか若者のスタッフが一杯いて、実はこどもの周りに配置して貰って。

──アナーキーな作品だけに、色々な配慮もされていたんですね。

井口 そうですね。

──あと、これはヴァイオレンスと繋がるかもしれないんですけど、今回の映画は、強烈な音楽性を感じました。90年代の映画作家は、青山真治監督をはじめ、音楽に非常に造詣の深い方が多いと思うんです。でも、その中にあって井口さんは、どちらかというとストイックに音楽を抑制している感じがしたんですけど、今回の映画は音楽を解放する方向に向けてお話の構成をされている。これは、それまであまりなかったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか、その辺りは。

井口 劇伴ってことですか?

──マダムロスさんっていうんでしょうか、「いいよ、いいよ」と煽ってくるヴォーカルに、観ているこちらも乗せられていくんです。あそこなんかは、ジャンル映画に忠実なカタルシスを感じました。これまでの井口作品は、ちょっと斜からご自身の趣味を見詰めていらっしゃったようなところがありましたが、今回ばかりは、井口さんは真正面から趣味性に向かわれている。

井口 鋭いです(笑)。サイレント映画とかジャンル映画とか、あと自分の趣味性みたいなものが、ストレートに入ってるっていうのは、「左手に気をつけろ」が自主映画だったから、ってことですね。もうほんと、やりたいことだけを入れてみたみたいな。

「左手に気をつけろ」

初期衝動に忠実に

──最近、批評家の方や、批評的な視点を持った脚本家の方と喋ると、もう長らく、商業映画やジャンル映画がつまらないと・・・・・・。昔だったら、これをやらないと、とか、このタイミングでこれとこれだけはやっておかないと、お客さんが絶対入らないから、そうするように、と上から言われて作っていたのが、今は逆に、そう作ろうとしても、作ることが非常に困難になっているっていうことも感じるのですが、その辺のやりにくさっていうのは、あるのでしょうか。それとも、そうしたことは、既に井口さんがデビューされた2001年にはあったのでしょうか。

井口 商業映画の場合だと、作るまでの間に説得しなきゃいけない人が一杯いて、出資者も凄く多いんで。製作委員会システムだったりするから、この人誰ですか、みたいな人からとんでもない提案をされたりする。そういうのがあると、こっちにもまるく収め、あっちにもまるく収めっていうと、なかなか尖りにくいってことはあるかもしれないですね。(ちょっと考えて)これは言っていいのか・・・・・・。ある商業映画の人間関係で嫌になったことがあって、もう辞めちゃおうかなと思った時もあり、そういう時は映画に対する情熱も低くなってたんですけど、あるいはこども映画教室をやったことによって、“単に映画を観る”、“単に映画を作る”初期衝動みたいなのを思い出して、自分が面白いという映画を作りたいと思うようになったのかもしれません。

──“単に映画を観る”初期衝動というのは?

井口 映画の始まりの頃というのは、世界中の人たちが動く画が見たいって熱望してて、動く画を見た瞬間に爆発したと思うんですよね。何かが。サイレント映画って、その勢いに乗って作られた暴力性というか、凄いプリミティブなところがあるので。

──確かに。

井口 観ることによって、もう一度情熱を取り戻せた。それに対するお返しみたいな形で、今自分はこんなのが面白いと思っていますっていうのを、逆に作ってみたのが「左手に気をつけろ」なんです。

──名古屋愛さんや北口美愛さん、森岡未帆さんたちの会話の醸し出す空気が今回もすごくいい雰囲気ですが、台詞はいつも即興で作っていくのでしょうか。それとも台本にきっちり書き込んでお撮りになるのでしょうか。

井口 いちおう台本に登場人物たちが何をするのかは全部書いてあります。台詞は言って貰わないと話が伝わらないみたいなところは書いてあるんですが、それ以外の台詞を言ってもいいですよってことになってます。撮入して3日くらい経つと、それぞれの役者たちが役に馴染んできて合間の喋りも馴染んでくるんです。「左手に気をつけろ」は、サイレント映画を作ろうと思ったので、ほぼ台詞ナシみたいな脚本を書いていたんですけど、物凄く騒々しい映画になっていて自分でもびっくりしました。

──あともうひとつ、カラーリングされた世田谷線をあれだけ大胆に使った映画っていうのは、今まで観たことがなかったんですけど。あの色彩は普段見慣れているだけに、なかなか驚かされるところがありました。「だれかが歌ってる」もそうですが、以前井口作品を特徴付けていた華麗な色彩といいますか、それがちょっと抑制されているような気もしたのですが、その辺りは意識的にされたのでしょうか。

井口 キャメラマンは同じ鈴木昭彦さんなので、どうなのでしょうかね。初めの頃はフィルムだったというのもあるのですが・・・・・・。一応、仕上げてる時に色々試してみてるんですけど、色をちょっと濃いめに転がしたりとかしてるんですけど、やってるうちにだんだん薄いほうが落着いて観られるみたいなふうになっていって、意識的というよりは見た目で決めているみたいな・・・・・・。今の好みの顕れかもしれません。

──先日久しぶりに「人のセックスを笑うな」(2007)を観返して、松山ケンイチが自分の携帯を縛って出ないようにする場面の強烈なイメージに改めて驚いたのですが、新しいメディアの使い方にもヴァイオレントなものを感じます。もしかしたらそれは、色彩と同じように感覚的なものなのでしょうか。

井口 私が映画で常にやりたいと思っていることがあって、それは人が偶然出会うとか、すれ違うということなんですよね。偶然すれ違って別々の人に会っちゃうとか──。だけど携帯があると、偶然すれ違うとか、待ち合わせでずれて違うところへ行っちゃうとかが難しくて。連絡取り合えるんで・・・・・・。なので、なるべく不自然じゃないように、だけど目に見えるように、“(松山ケンイチが携帯を)使わない”っていう理由を観客に見せたいっていうことで、縛ったり、落としたりしてたんですけどね。

「左手に気をつけろ」

ヴァカンスを待ちながら

──ところで、「人のセックスを笑うな」や「ニシノユキヒコの恋と冒険」(2014)もそうでしたが、「左手に気をつけろ」のクライマックス・シーンを観ながら改めて思ったのは、井口さんはヴァカンス映画を撮りたくてしょうがないのではないかと・・・・・・。

井口 はい。私も作りたいです。海でも山でも。ロメールも「アデュー・フィリピーヌ」(1962 ジャック・ロジェ)も大好きなので。

──でも、そういう企画っていうのは今までなかったんでしょうか。一杯ありそうな気がするんですが。

井口 なかったです。

──それはちょっと信じがたい話ですね。あれだけ色んなところで発言されているのに。

井口 日本人ってあんまりヴァカンス行かないですからねえ。

──ところで新作は? 差し障りのない範囲で教えて頂けますか。

井口 新作は、準備中です(笑)。

──新作長編、心待ちにしております。もちろん、中編や短編もどんどん観たいですが。

井口 頑張ります!

「左手に気をつけろ」

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『左手に気をつけろ』2024年公開作品

【あらすじ】
12歳以下で構成された「こども警察」が左利きだけを逮捕して回る“近未来”、姿を消した姉を探す妹は、親友の彼氏に心惹かれるが、ある日親友が左利きだと知る。そして、彼女の行く手には奇妙な世界が待っていた・・・・・・。

〈スタッフ〉
監督・脚本・編集/井口奈己
撮影・仕上げ/鈴木昭彦
撮影/深谷祐次 鈴木隆斗 井口暁斗 真弓信吾 
録音/伊藤鳴海 奥田夏輝 木村愼 五味采樺 重盛康平 清水裕紀子 城野直樹 浪瀬駿太 林怡樺 山中ひより 吉川啓太 若井幸博 渡邉響己
音楽/Yuke Myras 大滝充
エグゼクティブプロデューサー/金井久美子 金井美恵子

〈出演〉 名古屋愛 北口美愛 松本桂 寺田みなみ 南山真之 中村千遙 高橋佳奈 柿沼七恵 浦上皓平 大村望 アキフクダ 土田環 遠藤文乃 高橋未夢生 竹内羽香 見延英俊 堤湧 森岡未帆 Tamaki 中野画美 竹林久仁子 

全国順次上映中(2024年8月31日現在)
©文化振興ネットワーク、CULTURAL DEVELOPMENT NETWORK

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いぐち・なみ
1967年東京生まれ。秋葉原、上野、御徒町界隈で育つ。2001年、構想・撮影に1年半、編集に1年半かけて8㎜映画「犬猫」を自主制作。この作品は、当時新人監督の発掘に意欲的だった中野武蔵野ホールでレイト・ショー公開されるや、観客の熱狂的な支持を得、自主映画としては異例の、日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。2004年、数々のセルフ・リメイクで有名なマキノ雅弘監督に倣い、35㎜版「犬猫」(2004)を発表、大きな評判を呼ぶ。続いて撮った、「人のセックスを笑うな」(2008)、「ニシノユキヒコの恋と冒険」(2014)でも、洒脱な語り口で多くのファンを魅了した。

<著者プロフィール>
やまだおうむ
1971年生まれ。「わくわく北朝鮮ツアー」「命を脅かす!激安メニューの恐怖」(共著・メイン執筆)「ブランド・ムック・プッチンプリン」「高校生の美術・教授資料シリーズ」(共著・メイン執筆)といった著書があり、稀にコピー・ライターとして広告文案も書く。実話ナックルズでは、食品問題、都市伝説ほか数々の特集記事を担当してきた。また、映画評やインタビューなど、映画に関する記事を毎号欠かさず執筆。


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