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中小企業のカスハラ対応の方向性「ファン化」について

 カスタマーハラスメント(カスハラ)の問題は、ますます顕在化しています。この背景には、消費者の権利意識の拡大、個人主義の進展、そして、お客様への服従的なサービス精神等が絡み合っています。
 中小企業者としてどのように対策を取っておく必要があるかという関心があり、不動産立教SB会の例会でクレド法律事務所所属の福田恵太弁護士のお話をお聞きしました。

 福田弁護士は、カスタマーハラスメントや不当要求対策の専門家で、東京都民事介入暴力対策特別委員会の副委員長として活動されております。この分野での知見や経験を活かし、企業や行政機関に対してハードクレームやカスハラに関する対応策を指導や講演、研修を行っています。​
 
 所用がありカスハラの概論と対策手順までの途中までしかお話が聞けませんでしたが、その内容を基に、そもそもカスハラが顕在化した背景や中小企業者としての捉え方や対応の仕方等をまとめてみます。


1.カスハラ対策が注目されるに至る経緯

 カスタマーハラスメントは、消費者と企業の関係が変容し、消費者が企業に対して過度な要求を行う状況を反映しています。カスハラは、単なる顧客対応の問題にとどまらず、社会全体の価値観の変遷がもたらした現象でもあり、企業としての対応が求められる重要な課題です。

 カスハラ対策は、東京都のカスハラ防止条例の制定や、厚生労働省が示したカスハラの定義によって法的な基盤が整備されてきました。さらに、大企業が基本方針や対応マニュアルを公表し、従業員の保護と顧客対応のガイドラインを明確化しています。

 カスハラは従業員の精神的・肉体的負担を増加させ、職場環境の悪化や企業の評判低下など、重大なリスク伴います。そのリスクを放置すると致命的な状況に追い込まれることになります。従いまして、適切に対処することは、従業員の保護だけでなく、企業の継続的で安定的な経営活動を支えるものでもあります。

2.カスハラが問題になってきた社会的背景についての考察

 カスハラが現代社会でこれほど深刻な問題となっている背景には、消費者の過剰な権利意識や個人主義が強く影響しているものと私は捉えています。平川克美さんと内田樹さんの著書から消費者の変化を読み、その背景を考察します。

(1)消費主義の拡大と空虚感
 平川克美さんの『小商いのすすめ』には、現代社会における物質的な豊かさの追求が、人々の満たされない欲望や空虚感を拡大させているといった考察があります。この空虚感が、消費者が企業に過剰な期待を抱き、それが満たされないときに無防備な店員に対して攻撃的な態度を取る原因になりそうです。

 飽食の時代といわれる当今の社会状況を見ていると、確かに全体としては物質的豊かさを実現できているのですが、豊かさを実感できないひとびとが溢れ、満たされない欲望だけが無際限に拡大しているような空虚感に襲われるというのが実態ではないでしょうか。はたして、これが成長した社会の姿だといえるのか、疑問が湧いてきます。

出所:平川克美『小商いのすすめ』P39-40)

 現代の消費者には物質的な豊かさの中にありながらも、自分自身の存在価値や幸福を感じられない状態にある者がおり、その不満がカスハラという形となっているのかもしれません。


(2)個人主義と消費者中心の価値観の拡大

 内田樹さんが指摘するように、現代の消費者は「消費主体」としての価値観が強まり、自己中心的な行動が常態化しています。消費者は、自分にとって価値や有用性があるものだけを追求し、それにそぐわないサービスや商品に対しては厳しい態度を取る傾向が顕著です。

消費主体にとって、「自分にその用途や有用性が理解できない商品」というのは存在しないのです。

出所:内田樹『下流志向』P44

 このような消費者中心の価値観が、顧客と企業との間に不均衡な関係を生み出し、顧客が過剰な要求を行うカスハラを助長しています。顧客は、企業が提供する価値を自身の期待に対して過度に評価し、期待外れであれば企業や従業員に強いプレッシャーをかける傾向にあります。

(3)等価交換の原則の過剰適用

 現代の消費者は、支払った対価に対して最大のリターンを求めるという「等価交換」の原則を極端に適用し、企業に対して不当な要求をする傾向があります。この過剰な等価交換の意識が、企業と顧客との間に不均衡を生じさせ、カスハラに発展する場面があります。

お金とは、負債関係を解消する道具であると言ってきましたが、まさに、等価交換の瞬間だけ関係を結び、それが終われば、関係が終了する。逆に言えば、関係を終わらせるためには、当事者間の負債関係を清算しなければならない。

平川克美『21世紀の楕円幻想論』P96

 等価交換は当事者間の関係を一時的に結び、支払いによって関係が終了するものです。しかし、現代の消費者は対価に対するリターンを過剰に要求し、取引関係が終わった後も負債の清算が終わっていないとして要求を続ける。この清算未了という主張の継続がカスハラへと発展するのではないでしょうか。

 これからに加えて、現代の消費社会では、「お客様は神様」という意識が消費者に根付き、企業側が常に顧客の期待に応えるべきだという過剰な要求が蔓延しています。これが、従業員を疲弊させる一因となり、企業側にとっては大きな負担となるのです。


3.カスハラ及びハードクレームへの対応手順と留意事項

 
カスハラにつながるような不当なクレームに対する企業側の対応の流れを整理します。

(1)  事実を正確にとらえる
 
 不当な要求をする顧客からの要求を受ける際、冷静かつ丁寧に対応し、主張や要求を正確に記録します。5W1H(誰が、何を、どのように、いつ、どこで、なぜ)を意識し、感情的にならず、事実の把握を徹底します。お客様対応対応係などの専門部署が当たります。

(2)事実を基に検証する

 確認した事実を基に、問題の原因や会社の責任を社内の責任ある立場のメンバーで検証します。必要に応じて関係当事者から追加の情報を収集し、客観的な判断を行います。 

(3)方針を設定する

 検証結果に基づいて、法的リスクや企業姿勢に照らし、対応方針を決定しますが、寄せられた要求が正当かどうかという点も含めて検討し、要求の正当な範囲に適正範囲で応えるような方針を決め、対応する社員と共有します。

(4)該当顧客に回答する
 
 企業として決定した方針に基づき、担当者から当該顧客に回答します。誠実かつ冷静さを意識しつつも、その対応内容は変更せず、一貫性を保つことが重要です。当該顧客からの納得を得ることを目標にしすぎず、企業としての立場を明確に示します。

 福田弁護士からのお話で参考となった学びは、不当共有をする顧客は、上記1.の事実を正確に捉えようとしているにもかからず、その手順をすっ飛ばして上記4.の回答を引き出そうとしたりしますので、翻弄されないことが大事です。また企業側の出した回答の内容が当該顧客からの要望に折り合わせなくても、無理に折り合っていこうとはせず、会社の方針をお伝えきれば、それで十分という点です。

5. 中小企業のカスハラ対策

 中小企業にとって、カスハラ対策を実施することは特に重要です。
まず、中小企業は大企業と比べて社員数が限られているため、個々の負担が大きく、カスハラによるストレスや疲弊が業務全体に直接的な影響を与えます。
 
 また、人材確保が難しい中で、従業員の離職を防ぐためには、カスハラから従業員を守ることが不可欠です。特に、従業員が安心して働ける環境を作ることで、職場の士気が向上し、結果として業務の効率や生産性も向上します。

 さらに、カスハラへの不適切な対応は、企業の評判を損なう可能性があります。中小企業は地域社会や顧客との関係が深いため、風評被害を含め顧客離れや取引の減少は経営基盤を揺るがすことにもなりかねません。

 加えて、採用が思うように進まない現状では、既存の従業員がカスハラ対応に過度な時間を費やすことで、通常業務が滞るリスクが高まります。カスハラ対策を明確にし、迅速に対応できる仕組みを整えることで、従業員が本来の業務に集中できる環境を提供することが、中小企業の運営において非常に重要です。

 このように、中小企業においてカスハラ対策を導入することは、従業員の保護、企業の信頼維持、業務効率の向上の観点から不可欠であり、企業全体の持続的な成長を支えるための重要な施策です。

  
6.最後に~中小企業は「ファン化」を意識する~

 カスハラ対策の実務については、マニュアル、書籍、研などを通じて学べる機会が増えていくでしょう。本項の結論として、中小企業がカカスハラ対策として「顧客のファン化」を推進することは、非常に効果的な長期戦略であるということです。

 カスハラの原因は、顧客が過剰な要求や理不尽な態度を取ることにありますが、顧客を「ファン化」していくことで、こうした問題を未然に防げるようになっていきます。

 「ファン化」とは、顧客に対して単に商品やサービスを提供するだけでなく、信頼関係を築き、企業の価値観やビジョンに共感してもらうことを目指します。このような過程が、顧客と企業の関係を強固にし、顧客が自己中心的な要求を控えるように導くのです。

 中小企業、特にサービス業や飲食・小売業などは、顧客との関係性が密接であることが多く、企業が顧客に提供する価値が直接的に評価されやすい環境にあります。そのため、顧客に対して誠実で一貫した対応を行い、他の企業にはない独自の魅力を伝えることが重要です。こうした価値提供に基づいた「ファン化」は、企業に対して理不尽な要求をする顧客を自然に減らしていき、「選ばれる企業」になっていく道筋を作ります。

 また、「ファン化」は単なるリピーターの獲得にとどまらず、企業にとって顧客基盤を形成することに繋がります。この基盤が安定することで、クレーム対応に過度な経営リソースを割く必要がなくなり、社員の負担の軽減につながります。特に人材が限られている中小企業にとって、この点は非常に重要です。社員が過剰なクレーム対応から解放され、本来の業務に集中できる環境を整えることで、企業全体の生産性も向上します。

 以上、「ファン化」は、カスハラを防ぐだけでなく、企業全体の運営効率を向上させる戦略的な位置づけとなります。カスハラ対策と企業の発展を両立させることを中小企業経営者は考えてみると良いでしょう。

ビジネスでは、固定化した関係をつくることがとても大事です。固定化した関係の人が多いほど、経営が安定するからです。

出所:船井幸雄「必ずこうなる だからこう対処しよう」(P219 )



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