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野中先生が最後に記した"これからの"日本的経営

野中先生が永眠された。

最後の著作となってしまった「二項動態経営」は、年末年始にさらっと読んで終わりになってしまっていたので、改めてしっかり読もうと思い、この記事を書くことにしました。

といっても野中先生の著作を解説するなんてことは私にはできませんし、なによりこの「二項動態経営」は一回読んですべてが分かるというような種類の本ではなく、同じく野中先生の名著「失敗の本質」のように何度も読むことで理解を深めていくような本だと感じています。

そこで、人事プロフェッショナルとして「なんか大事そう」と感じたところを抜粋し、いまのわたしの理解をコメントしていきたいと思います。

と、逃げ口上はこのぐらいにして。

本書籍の中心的なテーマは、これからの日本的経営に求められる「ヒューマナイジング・ストラテジー(戦略の人間化、人間くさい戦略)」です。

「ヒューマナイシング・ステラテジーは、人間の『思い』がもととなって生み出されるもの」であり、「われわれがヒューマナイジング・ステラテジーを提唱するのは、過去30年にわたって低迷した日本企業が復活をとげるためには「人間らしさ」を取り戻すことが不可欠だと考えるからである」とのこと。なんとも人事プロフェッショナル"魂"が奮い立つテーマではないでしょうか。

ヒューマナイシング・ステラテジーの具体的な特徴は以下の3点に整理されています。
①戦略とは、「思い」をもつ人間一人ひとりの生き方(a way of life)を、相互主観性を媒介にして組織の客観へと昇華させ、新しい現実を共創するために集合的に意味づけ・価値づけを行うことである
➁戦略とは、主観的な「幅のある現在」の時間軸において、文脈に応じて「いま・ここ」の判断を行い、変化の只中でより「善い目的(真・善・美)」を追求し、実践するオープンエンドの価値創造プロセスである
③戦略とは、「共通善」を掲げてその実現を志向する人間の「生き方」であり、未来創造の物語り(ナラティブ)によって表現される

以下、特徴を一つひとつ見ていきたいと思います。


①戦略とは人間の「思い」を価値づけすること

本書籍では、ヒューマナイシング・ステラテジーを実現するための姿勢として、タイトルにも含められている「二項動態」の大切さが繰り返し主張されています。

「二項動態」的思考と実践が一つの方向性を示してくれる。つまり、物事や問題に対して、「あれかこれか」という二項対立ではなく、「あれもこれも」で双方を両立させ、全体の調和を追求し、新たな価値を見い出す二項動態を追求していく姿勢 である

P82

「健常者」と「障害者」という二項対立の対立軸を決めているのは、近代的なエゴイズムにすぎない。実際にはグレーゾーンに存在しているひとが多数いるのに、どちらかの区分に自らを合わせないといけない窮屈さを押し付けられているのだ

P90

わかりやすいのでついつい二項対立的に物事を整理しがちではありますが、それが多数の人を窮屈にしているという指摘は、人事プロフェッショナルとしてよくよく気を付けないといけないと思いました。

二項動態とは、一見矛盾する事柄や状況や目的に応じて、異質な両極端の特質を活かし、飛ぶ発想で新たな地平を見い出すことを意味している。物事や問題を「あれかこれか」で捉える二項対立ではなく、「あれもこれも」の二項動態で、状況に応じて何をなすべきかを機動的に判断し、行動する「生き方」を指している。それは異質なものとの出会いから新たな意味や価値を生成するイノベーションプロセスのものだ 

P97

二項動態とは異質なものから新たな意味や価値を生み出そうとする生き方だといいます。

おそらくわたしも含めて多くの"社会人"は二項対立的な姿勢で物事を効率的に処理することが優秀さだと思い込んでいるところが少なからずあると思いますが、価値を生み出すためには二項動態的な姿勢こそが必要だとしています。

しかしそのためには具体的にどうすればよいのでしょうか。

一人ひとり、持っている想いや主観は異なる。その異なる主観を持つ個人と個人が、全身全霊で知的にぶつかり合って、「われわれの主観」を醸成することが重要だ。それは、共感と対話による自在な意味付け、集合的に本質を直観する場で可能となる 

P134

全身全霊で知的にぶつかることで「われわれの主観」を醸成することが重要だという指摘は、コロナ禍によりリモートワークが広がった後、これからの働き方を考える上で欠くことができない点でしょう。

二項動態の姿勢で価値を生み出すためには「われわれの主観」を醸成する「集合的に本質を直観する場」を作り出すことが必要だとしたら、それはどうすれば実現できるのでしょうか。

つくりだされる場にもっとも大きな影響を与えているのは、その場のリーダーの存在ではないでしょうか。ヒューマナイシング・ステラテジーの二番目の「いま・ここ」という特徴と、リーダーの存在は深く関係しているようです。

➁戦略とは「いま・ここ」の判断で価値を追求すること

「いま・ここ」の現実において、変わり続けるダイナミックな文脈の只中で、未来の共通善の実現に向かって、その都度の最善である「より善い」を洞察・判断し、タイムリーに行動する実践知・賢慮が、二項動態を促進する実践知リーダーシップの本質である
1. 善い目的をつくる
2. 現場で本質を直観する
3.場をタイムリーにつくる
4.本質を物語る
5. 物語りの実現に向けて政治力を行使する
6.実践知を自律分散的に育む、組織化する

P103

これはもうそのまま、これからの人材要件、特に日本企業における経営人材要件を策定する際に常に参照したい内容です。善、直観、場、本質など、とても日本っぽいキーワードがちりばめられており、これまでわたしが扱ってきた欧米的(アメリカ的というべきかも?)なコンピテンシーとは随分と異なる趣です。

人間の想いから価値を生み出せるように、「いま・ここ」で集合的に本質を直観する経営の対極的にあるのが、というか対極的にならないように気を付けなければならないのが、人的資本開示でしょう。

人的資本の開示は、測定可能な定量情報に限られている。投資すべき対象となった「人」を見える化・指標化し、株主に説明することが求められるようになったからである。しかし、人の存在、活動、生き方は、指標のみで表現しうるものではないはずである。その意味において、指標化の効用のみならず、限界を認識しておく必要がある

P180

「伊藤レポート」では、8%というROEの具体的な数値目標が掲げられた。この数値目標を受け、日本企業はROE向上に向けた財務戦略や株主還元への取り組みを強化するようになった。その結果、日本企業のROEは改善し、ROE低迷の真因として指摘されたROSも上昇した。なぜ、日本企業のROEとROSは上昇したのであろうか

P197

分析の結果、JPX日経400の選定において閾値にある企業では、研究開発費が削減されていたことが明らかになった。ROEを高めるために研究開発費が削減されたという事実は、組織的知識創造活動と利益・キャッシュフローをの創出が二項対立に陥ったことを意味する(P197)

P197

ROE向上の真意は浸透せずに、「測りすぎ」の事態に陥り、企業が本来取り組むべき知識創造活動が疎かになってしまったのである

(P198)

この一連の引用は完全に自分用です。

人的資本が大切だと思うからこそやっていることが、結果的に二項対立的な経営に陥り、価値を生み出す上で大切な集合的な本質の直観を妨げることにつながっていた分析しています。

わたしの理解としては、人的資本を重視すること自体は二項動態の姿勢と相反するものではないものの、その開示の指標として二項対立的な姿勢に陥りやすいROEや人的資本ROIを持ち込むことに課題があるのでしょう。

二項対立的に物事をすぱっと整理して落ち着かせるのではなく、二項動態的に複雑なものは複雑なものとして、様々な矛盾を受け入れながら向き合うことが、とてもとても難しいことですが、人事プロフェッショナルにこれから求められる素養と理解しました。

③戦略とは未来創造の物語りで表現されること

二項対立の誘惑をしりぞけ、二項動態の姿勢を保つことで「いま・ここ」の判断をする上でのキーワードとして「物語り」が挙げられています。

「物語り」的な要素は、個人的にも経営人材育成で最近やたらと向き合うことが多いテーマではありましたが、「ここでくるか」と驚きました。

物語(ストーリー)と物語り(ナラティブ)は異なる。ストーリーは、複数の出来事を時系列に記述する。一方、ナラティブはプロットに従って、出来事と理由・因果を説明する。出来事を相互に関連づけ、それぞれにふさわしい価値を与えることができるのが物語りである。経営学においても、戦略は物語りによって意味あるものとなる

P164

物語る行為は、「なぜ」を明らかにし、意味を共創する。ナラティブは、直線的に自己完結することはなく、他者や状況と相互作用しながら、文脈に応じて展開していくダイナミックプロセスである

P166

戦略とは、筋書きが絶えず変化する連続ドラマとして捉えるべきである。あらかじめ規定された環境で計画どおりに物事が予定調和ず進むことは、現実には決してない。完全情報、完全競争における合理的選択を前途する経済学をルーツに持つ分析思考の戦略論は、現実世界では役に立たない。戦略とは、外部環境に適応するものでも、内部環境に制約されるものでもないのである。出来事を意味あるものにして変化を自ら想像するのは、「物語り」である

P167

「われわれの主観」で意味を共創するための媒体として「物語り」が重要だということなのでしょうか。

ここで定義されている「物語」と「物語り」の違いや、「連続ドラマ」としての戦略について、現時点で私は消化不良な感じです。

人材育成、特に経営人材育成において、戦略と「物語り」の関係については今後しっかり自分として腹落ちした状態で、経営者の方々と向き合うことが大切だと改めて感じました。

物語りで語られる戦略には、組織がめざすパーパスとの一貫性が求められるが、同時に決して直線的だったり、つじつま合わせを重視しすぎたりしてわかりやすいものである必要はない。むしろ、多少矛盾をはらんだり多義的だったりするほうが、その本質を知的コンバットや、実践の中で試行錯誤することを促す。動く現実のなかで集合的に戦略が意味付けられていくからである

P168

戦略にはパーパスとの一貫性が求められるが、つじつま合わせを重視しすぎたりわかりやすいものである必要はないとの指摘は、またまた二項対立的な姿勢に戻ってしまいそうな自分にはお祓い? お守り? 厄除け? 的なありがたいアドバイスです。

一見きれいに整理されているが中身がなくなってしまっている状態ではなく、なんだかよくわからないけど何か大切なものが含まれている状態と向き合い続ける「知的コンバット」力を身に付けたいものです。

パーパスの実現に向けた「物語り」において、現状に満足せず日々新たに「生き方」を追求するためには、組織のメンバー一人ひとりに「何をなすべか」という行動指針を示すことが重要だ

P231

そして、最後にやはり「行動指針」。

実践知リーダーシップについては本著作に書かれていますが、二項動態を実践するための行動、つまりコンピテンシー、場合によっては性格特性的な要素も含めて、これからの人材に求められる要件を自分なりに言語化することが人事プロフェッショナルとして避けることのできないポイントだと感じました。

まとめ

野中先生の最後の著作となってしまった「二項動態経営」を人事プロフェッショナルの観点から抜粋・コメントしてみました。

ある意味でとても人事的な内容だと感じたのは、わたしが人事領域の人間だからなのでしょうか。

わたしとしてはこれから求められる日本的経営の本質の近いところに「人事」の要素が多くあると信じ、折に触れて「二項動態経営」を読み返し、自分なりの理解を深めていきたいと思います。

特に「物語り」については、次回読んだときにはもうすこし自分なりに深い解釈ができるようになっていたいものです。


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